第26話 陽関三畳

「やらなければならないこと……? それも連合の命令なのか?」


 問われた師はわずかに考えるような仕草を見せた。


「ある意味では、そうだ」


「そういう誤魔化しはやめてくれよ。あんた、俺たちに話してないことが多すぎないか!?」


 思わず責めるような口調になったラドルファスの袖を、サフィラが諫めるように引いた。我に返った青年は、じっとシルヴェスターの反応を伺う。いつものように怒鳴られるかと思いきや、彼は長い息を吐いた。


「……別にお前を信用してないわけじゃねえ。ペルーダの件も、アストラでもお前はそれなりに上手くやった」


「じゃあどうしてなんだ? 俺だってあんたの力を疑ってなんかないさ。でも極夜病のこともあるし……」


 歩き出すシルヴェスターを追いながら、青年はなおも尋ねた。──いつまでも誤魔化されたままではいられない。自分に実力があるなどと自惚れはしないが、サフィラの身を守るためにも情報は必要だ。そもそも、ラドルファスはシルヴェスターのことを何も知らない。


「話すべき時になったら話す。連合については……信用するなとだけ言っておく。アルフレッドにも忠告されたんだろ?」


 ラドルファスは彼の警告を思い返す。同時に、別の情報にも思い至った。これならシルヴェスターにはぐらかされずに済むかもしれない──しかし、重要だろうカードをここで切っていいものか。迷いつつも、青年は自分の予感に従うことにした。


「ああ。……トールヘイズのこともな」


 その名を聞いた途端、シルヴェスターはすっと目を細めた。覚悟の上だが、鋭い視線を受けたラドルファスは平静ではいられない。


「アルフレッドが喋ったのか? どうやら相当お前を評価してるらしい……だが詮索はここらで止めとけ。行方不明になりたくないならな」


「…………」


 ラドルファスは答えを返さなかったが、詮索を止めるつもりはなかった。それが伝わったのだろう、師は銀髪を揺らしながら溜息を吐いた。


「善意の忠告だぞ……まあいい。ただ細心の注意を払えよ、連合は​──ギルバートは目的のためなら何でもやる男だ」


 ギルバートを見たのは、父が死んだすぐ後の一回だけだった。その上、直接話したわけでもないそのため、ラドルファスは慎重にシルヴェスターの言葉を噛み砕く。現役で戦い続ける彼に畏敬の念を抱く夜狩りは多い​──しかし同時に、師のような危惧を向ける人間もいる。どちらが真実なのか。


「こんなくだらない話は終わりだ」


 きっぱりと言ったシルヴェスターは、行く手の巨大な廃坑を指した。両脇に頑丈そうな祭壇が設けられたトンネルは、覆うような暗闇に閉ざされている。


「ここを通ればレーヴの中心地に出られる。今回の任務は説明したな? 今レーヴの【夜】の数が異常になっている。あの黒フード野郎が関係してる可能性が高いわけだ。案内人を探すのを忘れるなよ」


「あんたは別のルートを?」


「ああ。レーヴには街といえる場所はない。中心地はあるが、人はあちこちの通路や階層に散らばって住んでいる。つまり道も無数にあるってわけだ」


 疑問が解消したわけではないが、ラドルファスはひとまずシルヴェスターに従うことにした。すなわち、二手に分かれるということだ。連合に命じられた仕事があるらしい彼と、黒フードの男を追うラドルファスという形である。彼と離れるのは好都合でもあった。ラドルファスは決意していた──本人から事情を聞き出すのが不可能なら、自分で調べるしかない。


「分かったよ。で、設定はさっき考えたやつでいいんだよな?」


 ラドルファスは、連合に失望して逃げてきた夜狩りということになっている。いわゆるフリーの夜狩りだ。【影】も多く住むらしいセクト=レーヴでは、サフィラの存在もプラスに働くだろう。


「ああ。連合と繋がりがあるってバレないようにしろよ。こっちの目的が片付けば合流する」


 そう言ったきり、シルヴェスターは廃坑と反対方向に歩いていく。ランディが器用にウィンクを飛ばし、その後を追った。ラドルファスは、その背中をぼんやり見つめながら、言いようのないもどかしさに襲われた。蜃気楼のように、そこに見えるはずの状況を掴めていないというもどかしさだ。


 連合のことも、シルヴェスターやサフィラのことも。──「銀蛇の夜会」のこともだ。彼が自分を頼ってくれないと感じるのは、まだ自分に覚悟が足りないからなのか。夜狩りとしての覚悟が……?


「シルヴェスター!」


 はっとしてラドルファスは隣を見る。銀髪の夜狩りの名を呼んだのはサフィラだった。


「絶対、無理しないで! あなたもラドも、無茶ばっかりだから」


 シルヴェスターは立ち止まりもしなかったが、驚いたことに右手を挙げてサフィラに答えた。満足したように息を吐くサフィラに、青年は思わず零した。


「お前があんなことを言うなんて思わなかった」


「言いたかったのは、ラドでしょ?」


 ふっと紫の瞳に見つめられ、ラドルファスは虚を突かれた。──サフィラの言う通りかもしれない。ああ言うだけで十分だったのに、自分が焦っていたばかりに……


「焦りは禁物。わたしにも知りたいことがある。わたしの力は、もしかしたら危険なものかもしれないから……。ここでなら、情報が集められる。彼や他の夜狩りに追いつくためなら、いくらでも協力する」


 ◇◇◇


 廃坑を抜けた瞬間、一気に視界が広がった。思わず感嘆の声をあげたラドルファスは、天井を見上げる。地下空間特有の閉塞感を感じさせない、ラドルファスの身長の何十倍はあろうかという天井は、崖を逆さまにしたように起伏に富んでいた。眼前には無数の宙に浮いた通路が張り巡らされ、高層住居や塔が繋がれている。30メラほど下にも同じような通路が走り、そのさらに下は暗闇に閉ざされている。


「すごい……! どうやってこんな……」


「そりゃお嬢ちゃん、今じゃこんな建築物は作れっこないさ。帝国の遺産だよ」


 サフィラの疑問に答えたのは見知らぬ声だった。警戒を強めながら声の方向を確認すると、そこには無精ひげを生やした男が立っていた。軽装で敵意は感じられないが、こんな廃坑になんの用事があるというのか。


「そんな警戒しないでくれよ。俺は放棄地区の見張り番さ。ここから《夜》が侵入したら、中央回廊に繋がる通路を落とすのが役目だ」


 男の示した先には、中央に佇む一際巨大な建造物があった。そこから真っ直ぐ伸びている通路が、中央回廊というらしい。廃坑の入り口は小高い場所にあり、そこからセクト=レーヴの門ともいうべき建造物には跳ね橋のようなものが掛かっている。


「にしても……放棄地区から来るなんざ、どういう事情なんだ?」


「俺たちは夜狩りなんだ。こいつを邪険に扱う連合に嫌気がさして逃げてきたんだが、追っ手を撒くのに放棄地区を通らないといけなかったんだ」


 そういう設定になっている。サフィラは同調するようにこくりと頷いた。その様子を見て、男は納得したように何度も頷く。


「なるほどな。フリーの夜狩りってわけか。そりゃ放棄地区を通っても無事だよな」


「なあ、よければ教えてくれないか?放棄地区はどうして使われなくなったんだ?」


「簡単さ。【夜】共が……」


 男が最後まで語り終える前に、一瞬通路が激しく横に揺れる。続いて、中央回廊の方から悲鳴が響き渡った。








 


 


 

 


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