無価値の私

十六夜皐月

無価値の私

私には価値がない。

存在してる意味も、生きてる意味も、この世にいる意味も。

何もかも全て失った。


最初は中学生。

友達だと思ってた人達にレイプされた。

学校中に言いふらされて、周りから白い目で見られながら学校に通った。


「あいつから誘ってきたんだ」


2人がそういう事で、「拒否した」という私1人の主張は通らなかった。


何度も自殺しようとした手首には、未だに消えない傷跡がある。


次は大人になってから。

交際していた男。

最初は優しかった、本当に頼れる男だと思った。

それが段々金をせびるようになり、渡さないと殴ってくるようになった。

殴られたくなくて昼間の仕事をやめて日払いで貰える夜の仕事を始めた。

それでも、足りない足りないと殴る蹴るをされた。


「顔だけはやめてください」


と土下座した頭に携帯電話をぶつけられ、お腹を思いっきり蹴飛ばされた。

外でも誰がいようと殴られた。

カップルの通行人が居たから、助けを求めるように必死に


「やめてください!!!お願いします、お願いします、お願いします。」


と、声を荒らげた。

通行人が「なんかやばくない?」と声が聞こえた瞬間


「見てんじゃねーぞ!」


と男の一言で足早に逃げていった。


「助け求めようと声出してたんだろ、わかってんだよ」


他人なんて所詮他人なんだなぁと他人事のように感じたのを覚えている。

そのまま引きづられるように自宅に放り込まれて馬乗りになって殴られ続けた。

キャバクラ嬢になって、顔だけは殴られなくなったけど、身体中はアザができない程度の力加減で殴られる。

頭を張り手をされて、左耳の鼓膜が破れたこともあった。


機嫌が悪い時もいい時も、常に乱暴に抱かれた。

真剣に拒んだ時も頬を殴られて抵抗する気すら起きなくなった。

口に無理矢理物をくわえさせられ、嗚咽とともに吐瀉物が出た時も、彼が笑ってるので私も笑わないと殴られると思って笑顔でいた。

1度だけ、涙を隠しながら抱かれてた時に頬を思いっきり引っぱたかれて「お前は今、嬉しくて泣いてるんだよな?」ときかれて、「はい、そうです、とても嬉しくて泣いてます。」と答えるしか無かった。



そして男が思い出したように言った。


「お前、過去レイプされてたよな?それなら、1度も2度も変わんねーだろ」


そのまま、知り合いに連絡を取り風俗に売られた。


「この子なら、1日3万以上はいけますね」


抵抗する気も起きない私のことを見て、そう言われた。

だが、嫌々やらされていることに違いはない。

身も入らない私にリピーターは少なく、顔が好みだからという理由だけじゃこの世界では生きていけないのだと学んだ。

身体を売ってもあまり稼げなくて、それが輪をかけて男の怒りを買った。


「身体使っても金作れねーってどういう事だよ、お前、掛け持ちしろ」


キャバクラと風俗嬢の2足のわらじ。

甚だおかしい。

身体を売らないキャバ嬢が、他の所では簡単に身体を売っているなんて。

そんな滑稽なことがあるのだろうか、否、あるのだ。


私がそうだったように。

順調にキャバクラで成績が伸びだした頃から、男は私に対して優しくなってきたが、毎朝起きると財布からお金が抜かれていた。

いつもの事だ。


片道の交通費だけが入った財布と、ドレスを持って出勤する。


(日払い貰って来いってことだな・・・)

なんて行動を理解できるようになっていた。


キャバクラだけが私の生きがいだった。

知らない自分を見つけられて新鮮だった。

楽しくて楽しくて仕方がなかった。

売れれば売れるほど、楽しさは倍増していった。

でも、壊れた心は戻らなかった。

心の底から笑えることなんてない、いつもいつも張り付いたような笑顔で働いていた。


周りのみんなは私の事を「いつも明るいよね!」と評価してくれる。

でも違う、本当の私は、喜怒哀楽を見せたら殴られる生活をしているから、喜の感情しか表に出してはいけないのだ。


怒・哀・楽。


怒られて言い返せば殴られる。


哀しそうにしてると、不機嫌な面見せんなと殴られる。


楽しそうに、【一緒に】過ごしてないと殴られる。


ただのあやつり人形、それが私。

友達との連絡も制限された。

LINEもメールも全部チェックされた。

暗証番号を変えてみたら殴られた。


帰宅して、男の機嫌が悪いとされるがまま乱暴に抱かれる。

噛みつかれたり髪の毛引っ張られたり。

それが嫌で髪の毛を切ろうと美容室に行ったら、そのことがバレて呼び戻された。


「もし髪の毛切ってきたらお前を・・・どうするかわかるよな?」


わかります、殴るんですよね。


そんな日々もある日突然終わりを告げる。

ある朝、男が逮捕された。

混乱とホッとした気持ちとが入り交じった。


朝一番に警察に自宅に乗り込まれた。

詐欺の容疑で逮捕されるとの事で、ガサ状も持ってたので、家中調べられた。

内定期間が3ヶ月以上、全く尾行になんて気付かなかった。

朝から晩まで、私たちは警察に見張られてたんだって、本当にビックリした。


「すぐに帰ってくる」


そう言い残した男の言葉が、また私を縛り付ける。

そういう風に洗脳されていたんだと後になって気が付いた。


男が逮捕されて1ヶ月、帰ってこないことに警察に問い合わせをした私に警察はこう言った


「すぐには出てこないから安心しなさい。そして、こんな事言っちゃいけないけど、あなたはこの間に逃げなさい。そして、お金を送ることももうしなくていいんだよ。」


と。

留置所から送られてくる手紙には、いつもお金を送れと書かれていた。

毎回毎回、真面目にせっせとお金を送金していた。

闇金に借りたお金を返しつつ、留置所に何度もお金を送った。


男に国選弁護人がついた。

その弁護人が私にこう告げた。


「あなた、逃げた方がいいよ。弁護士は事実しか話せないから携帯の番号も変えなさい。連絡がつかないと言えるから」


と。

みんなが逃げろという意味が私には理解できなかった。

何故?なんでみんな逃げろって言うの?

逃げたら殴られるんだよ?蹴られるんだよ?また痛い思いさせられるんだよ?


でもそうじゃなかった、男には執行猶予なしの実刑判決が下ったからだ。



男から逃げた私は別の街に引っ越した。

そこで再度キャバクラ嬢としてリスタートしたのだ。

そこで出会った客の1人。

2年近く通いつめてくれてて、毎月10万は使ってくれるそこそこの太客。

飲み方は綺麗だし、客としては上質な奴だった。

しばらくしてから、私は逮捕された男から滅多刺しにされる夢を見るようになった。

私が殺すか殺されるか。

いつもそのどちらかで怖くて眠れなくなった。

私が頼ったのはその客だった。

眠れない夜、電話をしたら飛んできてくれた。

眠れるまでただただ抱きしめてくれた。

過去の話も全部話した。

全てを受け止めると言ってくれた。

支えてくれた、守ってくれた。

心療内科に通いだした私に付き添い、カウンセリングにも同席し、私に対して本当に全てを受け止められるように行動してくれた。


(この人なら、この人なら信じていいのかも・・・)


幸せだと感じる時間が続いた。

知り合って3年目、付き合いだして1年が経った頃、妊娠が発覚した。

私と彼の子供だ、すごく嬉しかった。

普通の幸せを手に入れられる事が嬉しくて嬉しくて報告した。


「俺、別居してる嫁と子供がいるんだ・・・最初に言わなきゃ行けなかったことなんだけど、ごめん」


また、私の心はボロボロと壊れていった。

でもその後に彼は続けた


「離婚の話をしてるから、離婚するから産んで欲しい」


大反対していた私の親にも彼は同じことを言った。

私もお腹に宿ったこの命を殺すことなんて出来なかった・・・。


「必ずケジメをつけるから」


妊娠検診にはついてくる時もあり、大きくなったお腹を触り、胎動も一緒に感じ、この子が産まれたら幸せになれるのかなぁと考えていた。


その後、無事に子供も産まれた。

生まれた子を抱き、「お父ちゃんだぞ」と伝える彼に、「まだそういうことは言わないで」と伝えた。



彼からは「離婚調停の申立をしようと思う」と話をされた。


本気なんだと思った。


別居してて嫁にも子供にもあってないから話がなかなか進まないんだと話す彼を「そうなんだ」と信じた。

毎月毎月、彼は私に送金してきたし、子供にも逢いに来た。


息子の初めての誕生日は、私ひとりでお祝いした。

2度目の誕生日は彼も一緒にお祝いした。

複雑な形だけど、そこには偽物ではあるけど家族のカタチがあった。



そして、子供の3度目の誕生日を迎える前に彼の妻と名乗る人間から電話がきた。


「どちらさまですか?」


と問いつめる女の声。


「そっちがどちら様ですか?」


と聞き返すと「彼の妻ですけど」と名乗った。

真夜中の電話に、私は迷惑さを感じそのまま電話を切り電源を落として眠りについた。


翌朝、あれが夢だったのか現実だったのか。

確かめる為に彼に電話をかけた。


「全部嘘だよ。だから、別居もしてないし、離婚の話なんかもしてない、周りが言ってたように全部嘘ついてたんだよ。絶対離婚しないっていうし俺も離れらんねーんだよ。」



また 心の中から、スーッと全ての感情が消えていった。

1度壊れて、一緒に直した心を壊されて、最後の最後にまた壊された。


あやつり人形の方がまだマシだった。

結局、私の心はズタボロに壊れたまま、悲しみも憎しみも怒りも何もかもなくなった。

あの時と同じだ。

喜の感情なら表に出せるがそれ以外の感情が表に出てこない。


どうしたら合法的に相手をおいつめられるか、非合法な方法だってキャバクラ時代に培った人脈で使える。


もはや、私に失うものなど何も無い。

人が真に怒りの頂点に達した時は、多分とても冷静になるんだと思う。

そして、そういう人間が人として超えては行けないラインを簡単に飛び越えるのだ。


殺す?誰を?

子供の父親?

いいや、違う。

1番苦しめるなら、向こうの子供を殺せばいい話なのだ。

実に簡単な答えで笑ってしまう。


包丁では、刃渡りが足りない。

でも、長過ぎて一撃で終わってしまっても困る。

苦しんで助けを求めてその断末魔を相手に聞かせることが大切だと閃いた。

だって、死体をみたって衝撃は少ないでしょ?

最後の最後まで泣きわめいて叫んで欲しい。

私の代わりに泣き叫び恐怖に脅え憎しみに身を包まれながら死に絶えるその瞬間まで「なんで私が?」って思いながら死んでいけばいい。


私も思っている、「なんで私が?」って思ってる。


でも、私はそれを口に出さないし出せない。

感情の表し方がわからないから、もう忘れてしまったから。


全部の元凶が彼だとしても、彼には苦しんで生きていてもらわなければ困る。

真夜中に電話してきた非常識な女にも苦しんで生きててもらわなきゃ困る。


「なんで私が?」


みんなにそう思って生きてもらわないと困るのだ、私と同じになって欲しいのだ。

この世に神も仏もない。

アイツらは、これから先、心の底から笑って過ごす日々を送れるのだろうか。

否、送れなくて構わない。


私の心をこんなに殺したのだから、その報いは受けるべきである。

人は皆平等だと言うけれど、平等じゃない。


私は、ただ【普通】の幸せを手にしたかっただけなのだ。

この手を血に染めても良いほどに、【普通】を手に入れたかっただけなのだ。


なのに何故、私が・・・私だけがこんな目に何度も合うのだろう。

神様がいるとしたなら意地悪だ。

私のサイコロにはきっと1の目しかついてないのだろう。


子供が生まれた時に、唯一2の目が出たのだろう。


これから先、私に【普通の幸せ】は待っていない。

残る人生、全てのサイコロの目は1ばかりなのだろう。


唯一の救い、唯一の私の希望は子供だけだ。


この子だけが暗闇にいる私を照らしてくれている。

でも、この子さえ居なければ私は闇に手を染めることが出来る。


私は、どうしたらいいのだろう。


この子のために、唯一の光に縋った方がいいのか。

自分の為に、この手を血に染めたらいいのか。


何度考えても答えが出ない。

誰か私を救って欲しい。

この暗闇から救い出して欲しい。

泣く事も出来ない、怒りを発散する事も出来ない、憎しみをぶつけることも出来ない。

ただただ感情に蓋をするしか出来ない。


【普通】の人に戻るには、私はいつまで遡れば【普通】になれるんだろうか。


きっと死ぬまで私は無価値でいらない存在のままなのだ。

子供だけが私を求めてくれる。

それでも、私には何も無い、誰か私に答えを教えて欲しい。


この暗闇から抜け出す方法を、どうしたら私を助けられるのか考えて欲しい。

私はもう自分に興味が無いから、救いを求めていない気もする。

私ならどうなってもいい、ゴミみたいな存在の自分に手を差し伸べてくれる人はいるのだろうか。


そして私は、変わりのない日々を送るため、大量の薬を飲みまた眠りについた。

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