第18話 任してくれとは言ったものの……

 ヤツの攻撃が遠距離メインならば、懐に入られるのを嫌がるはず。向こうから動く様子もないし、試しに仕掛けてみるか。


 俺はやや前傾姿勢をとり、的を絞らせないように正面からではなく相手の死角に入るように回り込みながらジリジリと近づく。


 男はどこからか針を手に持って飛ばしてくるが、手の動きと針の直線的な動きから軌道を予測してかわす。


 こんなものか? 一気に踏み込んで斬りかかるのはまだ危険だからここは突きにいってみるか。


 剣の先端が届く距離まで近づき、少し踏み込んで男の脇腹付近を狙う。


 しかし、下から出現した針が防御壁となり攻撃が届かない。


 ダメか……懐が深いな……。


 足下から針が出現するが、これがくるのは想定済みなので、後ろに回避をして再び同じ動きで近づいていく。


 「常に死角を意識した動きと、下からの攻撃を注意して先読みさせないようにリズムを変えての移動か。中々面白いね」


 「そんな悠長なこと言ってていいのか? このままだと俺にやられるかもしれないぜ」


 「そうだね。でもお兄さんも早くしないとお仲間がやられちゃうかもよ」

 

 そう言うと手から細かな針を無数に飛ばしてくる。


 これは打ち落とすのは無理だと判断して、走りながら避けるが数本腕に刺さる。


 そこまで痛くないので威力はないようだが、そのうち針人間にされそうだ。


 大見得をきってみたものの、近づかないかぎりこちらから攻撃する手段がないことを考えると、相手の方が優位であることは間違いない。


 やつが言うようにリネット達の方も気になるし、この程度だったら多少のダメージを負う覚悟で仕掛けるか。


 相手の手の動きに注意しつつ、回り込みながら一気に間合いを詰める。


 飛ばされた針が数本刺さるも、構うことなく相手の肩に向かって剣を振り下ろす。


 だが、ハリネズミの背中みたいなものが男の上半身を覆い剣を防がれてしまう。


 男が何かを呟く


 「爆ぜろ……ポルケピック!」


 しまっ!


 ハリネズミの背中のようなものに付いていた無数の針が太い針になり、近距離で爆散し身体に突き刺さる。


 痛みに耐えながら一旦後ろに下がって体勢を立て直す。


 自分の体を見ると、身体の至るところに針が刺さっていて、そこから出血もしている。


 ヤバイな、これ以上長引けば出血で気を失うぞ。


 とりあえず剣を構えて次の攻撃に備えようとするも腕が上がらない。


 「そろそろ効いてきたころかな? 小さい針に刺さるとその箇所は麻痺するから気を付けてね? ってもう遅いか。はははっ!」


 男が笑いながら手を挙げる。

   

 すると、手のひらに持っていた針が徐々に長さと太さが増していく。


 「慎重でなかなか近づいてくれなかったからちょっと困ったよ。でもお姉さん達の話をしたらすぐ突っ込んでくるなんて、よっぽど心配だったのかな?」


 腕だけじゃなく足も麻痺しているし、血も流れてるから身体が冷たくなってきてる感じもする。


 調子に乗って護衛なんて引き受けた罰だな、自分なんて所詮こんなもんさ。


 分かってはいたが自分にも何か出来るんじゃないかと勘違いしたのが運のつきだ。


 まぁいいや、自分にしてはよくやった方だと誉めてやろう。どうせこの状態から巻き返すの無理だしな。


 ……そういや魔法があったな。望み薄だけど最後に一矢報いたいな。


 相手の位置を再度確認し、目を閉じて意識を集中させる。


 こんな状況なのに頭の中がなぜか落ち着いてるのがわかる。


 そして、相手の目の前に大きな火の玉をイメージする。

 

「目をつぶるってことは覚悟が出来たのかな? 大丈夫、一撃で心臓を貫くからそう苦しまずに逝くと思うよ」


 相手の言ってることには耳を貸さずに動ける左手を前にかざし、手のひらから魔法を放出するイメージをする。


 もっとだ、もっとエネルギーを圧縮した火の玉を想像するんだ!


 「ははっ、それで受け止めようとしてるかい? やっぱりお兄さん面白いね。でももうお別れだ」


 今! 


 「これが最後だ! 《フレイムボム》!」

 

 ペンダントの魔法石が一瞬輝き、相手の目の前に今にも破裂しそうな炎の塊がキュイーンと音を立てて出現する。


 「なんだ? これ」


 男は咄嗟に槍のように大きくなった針を投げるのを止めて、針の防御壁を出す。

 

 だが、炎の爆発の方が早く男に直撃する。


 炎に包まれて吹き飛ばされた男は地面に倒れて起き上がってこない。


 やったか? 立ってくるなよ。


 「……やるじゃん。今のは予想外だよ」


 男は倒れたままそういい放ち、焦げた服を払いながらゆっくり立ち上がる。


 「こういうのって瀕死で使うもんじゃないでしょ。油断したつもりはないけど、こんな隠し球を持っていたとはね。でも残念なことに僕の勝ちだ」


 ダメか。さすがにもうやれることはない。


 でも少しダメージを与えられることが出来たはずだ。これでリネット達が少しでも楽に戦えるならそれでいい。


 男は顔を押さえながら先ほどの針を拾い、俺に向かって投げようとする。


 その矢先、それよりも先になにかが男の手元に刺さる。


 「ちっ! 次はなんだ!?」

 

 助けに来たリネットが後ろから俺に声をかける。 


「遅くなったわ。大丈夫? ……じゃなさそうね」


 「まあなんとか無事だ。あと一歩遅かったから死んでたけど」


 「後は私に任せて。姉さんもすぐ来るからそれまでの辛抱よ」


 リネットは男と対峙して戦闘態勢をとる。


 「さて、あなたを倒して何者なのか聞かせてもらいましょうか」


 「……いや、今日はもう引き上げるよ。いいのをもらったからこれ以上は僕も分が悪い」


 「なに言ってるの? 逃がすわけないじゃない」


 「まあ、何者なのかは言えないけど僕の名前はエイド。覚えといてねソウタ。また来るからその時はもっと面白い殺し合いをしよう」


 エイドと名乗った男はそのまま煙のように消えていく。


 「ちょっ! 待ちなさいよ!」


 リネットは気配が完全に消えるのを確認した後、俺の方に駆け寄ってくる。


 「随分やられたわね。出血は見た目ほど酷くないみたいだけど、身体中針まみれになってるじゃない。歩ける?」


 「だいぶ動けるようなったけど、麻痺をする攻撃を受けたからまだうまく動けないな」


 リネットは大きい針を抜いてくれていたら、サーシャが小走りでやってくる。


 「ソウタさん! ケガをしてるじゃないですか」


 サーシャは持っている杖を両手で握りしめ、俺に向かって「ヒールブリーズ」と唱える。

  

 暖かい風が俺を包み込み、徐々に身体の痛みと傷口が塞がっていく。


 「どうですか? まだどこか痛むところはありますか?」


 「いや、少し麻痺が残ってるけど今ので普通に歩くことくらいは出来そうだ。ありがとう」

 

 サーシャはホッと胸を撫で下ろし、俺の腕を自分の肩に回してリネットと共に宿屋に向かう。


 「一人で歩けるから大丈夫だよ。それに女の子に肩を貸してもらうのは恥ずかしいし」


 「ダメですよ。傷口は塞がっても受けたダメージと、失った血は返ってこないんですから」


 部屋でシャワーを浴びて、替えの服に着替えた後ベッドに横たわる。


 コンコンっ、とドアのノックが鳴り、ドアの隙間からサーシャが話しかけてくる。


 「着替え終わりましたか?」


 「ああ、入ってきても大丈夫だよ」


 「失礼します。麻痺の方はどうですか?」


 「さっきよりマシになってきたから、多分時間経過で自然と治りそうだ」


 「もし治らなければ言ってくださいね。今日はもう襲ってこないと思いますが、交代で見張ってますのでゆっくり寝てください」


 「だったら俺も交代で見張ろう。二人も疲れてるだろうしな」


 「いえ、それは心配しないでゆっくり寝て傷を癒してください」


 「分かったよ、じゃあ一回寝させてもらおうかな。実は結構眠たいんだ」


 「はい、安心して寝てくださいね。私達も休みますから」


 そう言って部屋の椅子に座るサーシャ。


 ……気になって寝れないな。


 「あの、サーシャ? 部屋に戻らないのか? すまないけど気になってさ」


 「え? あぁ、そうですよね。では、なにかありましたら大声で呼んで下さい」


 サーシャはこちらを心配そうに部屋に戻ってゆく。


 まだ身体に力が入らないし頭もフラフラして動くのがやっとだ。


 明日のことも考えると、ここは甘えさせてもらって体力をしっかり回復することに専念しよう。


 

 

 


 

 


 

 

 

 



 


 


 


 




  


 

 

 

 


 


 

 

 

 


 

 

 

 


 

 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る