第16話 初めての馬車

 そろそろか。


 時計を見るともうすぐ昼になる。今から二人のいる宿屋に行けばちょうどいい時間になるだろう。


 俺は数枚の金貨とカバンを持ち、鍵を閉めて宿屋に向かうことにする。


 なにもなければいいけど、また木人みたいなやつが襲ってきたら嫌だな。


 なんかしつこそうな感じだったし、人気がないところは注意が必要だな。



 そんなことを考えていたら二人の泊まっている宿屋に着く。


 まだチェックアウトはしていないのか、表には出てきてないようなのでしばらく待つことにする。


 少し早く着きすぎたか。女の子ってのは準備に時間がかかるって言うし、呼ぶのも急かすみたいで悪いしな。


 少し待っていたら、リネットが相変わらず眠そうな顔で宿屋から出てきたので挨拶を交わす。


 「よぉ。約束通り来たぜ」


 「あら、早いのね。姉さんもすぐにくるからちょっと待ってて」


 「それで、馬車の方はどうだった?」


 「なんとかなったわ。そろそろ迎えにきてくれるはずよ」


 そう話してるとサーシャが宿屋から出てきて、俺に「おはようございます」と挨拶をする。


 「おはよう。サーシャ昨日はよく眠れたか?」


 「はい、馬車の手配もできましたし、ゆっくり寝ましたわ」


 「それは良かった。寝不足だと長旅になったときキツいからな」


 この会話にリネットが不満そうな顔をして俺に文句を言う。

 

 「あなた、私と姉さんで随分差があるのね」


 「そうか? そんなことないと思うけど」


 「私のときは真っ先に馬車の心配して、姉さんには『よく寝れたか?』って、全然違うじゃない」

   

 「いや、馬車はリネットが『なんとかなったって』言ってたし、別にサーシャだけ気にかけたわけじゃないよ」


 リネットは「もういいわ」と頬を膨らませ顔を背ける。


 参ったな。そんなつもりはなかったのに、こんなに怒られるなんて。

 

 それとも最初によく寝れたか聞けば良かったのか?


 「まあまあ、リネットもそんなに拗ねないで。昨日はなんだかんだで楽しみにはしてたじゃない」


 「な、なに言っての姉さん! こんな大変なときに楽しみにするはずがないでしょう」


 「あら、途中でどこの町に寄っていこうかって地図を広げて見てたじゃない」


 「ち、違うわよ、あれは馬車がある町を探してて、ついでにどんなお土産があるかを見てただけよ」


 「ふふっ、本当に素直じゃないわね。あっ! 馬車がきたみたいよ」


 宿屋の前に馬車が停まりサーシャが改めて行き先を確認した後、俺達は荷物を馬車に入れ乗り込む。


 馬車がゆっくり走りだし、街道を抜けると舗装されてない道に入っていく。


 ちょっと揺れるけど小窓から入ってくる風が気持ちいいな。


 「今日は何時間くらいで次の町に着くんだ?」


 「途中休憩を入れて夜になるかと思います。宿が取れるといいんですけどね」


 「そっか。じゃあしばらく揺られる感じだな」


 「そうなりますね。でも目的地まではわりと近くて、早ければ明後日には着きそうです」


 「どうせなら、その目的地に転移すれば良かったのにな」


 「本来ならバラバラに行動する予定でしたし、別々ならばついでにこの世界の情報も集めることもできますしね」


 「俺もこの世界のことについては詳しくないからな。何か知ってることがあれば教えてあげたいけど俺が知りたいくらいだし」


 「いえ、私達のことを黙っててくれるだけでありがたいですよ。それにわかってるのはこの世界の危機だけなんで、かなりの情報が必要になりますしね」


 「そのために仲間が先行してこの世界にきてるんだもんな。何事もないといいな」


 「そうですね……」


 サーシャが心配そうに言うと、リネットが元気付けるように「大丈夫よ」とサーシャの肩を叩く。


 「こんなところで心配しても仕方ないし、もしかしたら忙しいのかもよ」


 「なぁ。一つ気になる事があるんだが、聞いていいか? 言えないならそれでいいけど」


 「なによ? 協力してくれてるし大体のことなら答えてあげるわ」


 「最初から思ってたけど、わざわざ危険をおかしてまでこの世界を助ける必要性ってあるのかなって」


 「そのことね。私達の世界では、この世界が少し後にちょっとした危機に瀕することが判明したの。それだけなら確かに介入する必要はないんだけど、規模が大きすぎるとそうはいかないの。例えばこの世界で陸が半分無くなるような災いがあったら、私達の世界でも形を変えて同じようなことが起きるのよ」


 「そんなことあるのか? ちょっと信じられないけど」


 「信じなくてもいいけど、あなたの世界でも同じことが起きるでしょうね。要はあなたの世界を含めて異世界同士が繋がってるのよ」


 「あれだ。平行世界みたいなやつだな。もしもだれそれが死ななかったら、今の世界とは違う別の世界が存在するはずみたいなやつか」

 

 「んー。私達の世界の学者は『お互い重なりあってはいるけどその距離は無限に離れている』って言ってるわ。何て言えばいいのかしら、平行世界を横だとしたら異世界は奥行きとかに存在することになるのかしらね」


 「またちょっと違うんだな。奥行きというか重なってるんだろ?」


 「私も詳しくはわからないけど、異世界と平行世界の明らかな違いは『世界観』ね。この世界のギフトは私達の世界にはないけど、この世界の平行世界はギフトはあるでしょうし、それありきの世界を構築してるはずよ。だから重なってはいるけどそれぞれの世界は全然別物になるってことかしらね」


 「だからこそ、この世界と俺の世界が繋がってるっていうのがしっくりこないんだよな」


 「そこは同感ね。ただ、この世界の一番偉い人が大量虐殺したり権力を失ったとしても私達の世界にはなんの影響もないわ。干渉するのは天変地異みたいな出来事だけらしいわ。この世界の人間が地殻変動を起こすくらいのなにかをした場合とかね」


 「ん? 待てよ確か今回盗まれたギフトは天災系とか言ってたぞ。人が使う天災ってのはどうなんだ?」


 「盗まれたギフトってのが天災系なら可能性は高いわね。あなたは同じ目的じゃないかって言ってたものね」


 「いずれにせよ、この世界の危機は他の異世界の危機でもあるってことか」

 

 「そういうことね。だから私達がリスクを負ってでもこの世界にきたってことよ」


 「なるほどな。ところで、異世界に行ってその世界を助けるみたいなことは結構やってるのか?」

 

 「いや、今回が初めてのはずよ。基本的に自然現象なんて止めようがないし、異世界に転移するのは禁止されてるわ。ただ、これからこの世界で起きる厄災は人類の脅威らしくて、私達の世界でもかなりの被害が出ると予測されてるの」


 「そんなのをどうにかする任務に抜擢されるってやっぱりエリートなんだな」


 リネットはいつもの得意気な顔で鼻を鳴らす。


 「言ったでしょ? エリートだって。あまりこの世界に干渉しないように少数精鋭で影から助けるのが私達ってこと」


 「まぁ、俺にいきなりバレたけどな」


 リネットがそれは「言わない約束よ」と言い、両手を頭の後ろで組んで目をつぶる。


 「ちょっと話すぎたみたいね。少し寝かせてもらうわ」


 どうにかしたいけど、彼女達に協力することくらいしか出来ない自分にもどかしさを感じつつ、頭の中でリネットの話を整理する。

 




 


 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る