第7話 ウィステリア再び

 「おはようございます」


 突然起こされ、ぬぅっと目の前に見知った少女が俺の顔を覗きこんでいる。


 「ひい! ビックリしたぁ! ウィステリアさんじゃないですか。なんなんですか、いきなり。どうやって入ってきたんです?」


 「鍵が開いておりました。ノックをしたのですが応答がありませんでしたので、勝手ながらお邪魔させていただきました」


 「な、何をしに来たんですか? セレーナに何か頼まれたんですか? もしかして昨日の掃除の続きじゃないですよね?」


 「やはり気になる箇所がいくつかありまして、このような家に住んでもらうわけにはまいりません。起こしてしまい申し訳ありませんが、ソウタ様はそのまま寝ていて下さい」


 メイド服に包まれた少女は無感情にそう語ると、「すぐに終わりますので」と静かにモップとホウキを持って奥の部屋に入っていく。


 しかし、そんな彼女の背中に火がついてるように見えるのは気のせいだろうか。


 「ちょっまっ! いやもう大丈夫ですよ。後はこっちでやりますから!」


 ベッドから起き上がって彼女を止めようとするも、昨日セレーナが困った顔で言ってた言葉を思い出す。


 そういや『掃除のこととなるとうるさい』って言ってたな……。


 今日また来たことを考えると、説得するのは無理なのかもしれない。


 今帰ってもらっても明日また来そうだな……。

 

 俺は彼女を説得するのを諦めて、ベッドから起き上がると高級そうなソファーに腰をおろす。


 起きたのがわかったのか、掃除を一旦停止させてウィステリアが何やら台所でごそごそし始める。


 しかしアリエルといい、この世界は変わり者が多いのか? 

 

 さて早く起きてしまったし、どうするかな。


 昨日貰った本を見る限り、あの金のプレートがあれば買い物もあらゆる手続きだって出来るような超便利な優れものみたいだし、とりあえず生活用品でも見てみるかな。 


 そんなことを考えてると、ウィステリアが「どうぞ」とテーブルに飲み物を置いてくれる。


 「あっ、どうも。ちなみにセレーナにはここに来ること言ってあるんですか?」


 「いえ、今日はセレーナ様の計らいで昨日の労をねぎらってお暇をくださいました。それから、私もセレーナ様と同じ接しかたで結構ですので」


 せっかく休みになったのに、またここで掃除をやりにきたら本末転倒だろうに。


 「わかった、じゃあそうさせてもらうよ。そういえば朝ごはんは食べたのか? なにか買いに行こうかと思うんだけど、食べてないなら一緒に買ってこよう」


 「私は結構ですが、ソウタ様が食べたいものがあればお作り致します」


 女の子の、といっても少女だが……。手料理なんて母と由香以外に作ってもらったことなんてないし、せっかくだからお願いするか。


 「いいんですか? じゃあなにか適当作ってもらおうかな。必要な食材を教えて下さい」

 

 「かしこまりました」と言い、紙になにかを書いて俺に渡す。


 「町もぶらつくんで少し時間がかかるかもしれないけど、間違えないように買ってくるよ」


 「その間に掃除のほうをやらせていただくので構いません。わからない食材は買ってこなくて大丈夫です」


 「分かった。じゃあ、行ってくるよ」 


 ウィステリアにそう言い残し、一応貰った金貨を数枚握りしめて家をあとにする。


 外に出て渡された紙を見て見ると、簡単だが店の地図と食材が売っている店の名前が書かれてる。

 

 まだ十五歳くらいだろうか、もしかしたら由香より年下かもしれないのに、俺よりしっかりしてるな。


 ともあれ、これがあれば多分大丈夫だろ。


 地図をたよりに店に着き、食材を持って店の主にプレートを見せる。


 一瞬訝しげな表情を見せるが紙を持ち出してきてサインを求められる。


 次の店に行くとやはり同じような対応され、そそくさと商品を渡される。


 うーん、買いづらい……次の店から金貨を使おう。勇者候補ってもっと国民から英雄扱いされるんじゃないのか?

 

 渡された紙に書かれた物を無事全て買うことができたので、町を軽く見学してから家路に着くことにする。


 それにしても、雰囲気は違うが生活スタイルは基本的に地球とそんなに変わらないな。


 服屋とか民芸品なんかも普通あるみたいだし、慣れれば生活するには支障はなさそうだ。


 家に帰るとまだ部屋の掃除をしているウィステリアの姿が見える。


 「ただいま」と持って帰った食材をウィステリアに渡す。


 「おかえりなさいませ、もう終わりますので座ってお待ち下さい」


 「一応書かれたものは全部買ってきたよ。なんか手伝えることがあれば言ってくれ」

 

 しかしあれだな、自炊にも慣れないといけないが、飯屋も結構あったし、うまそうな匂いがしてたから今度はそっちも行ってみたいな。


 しばらくゴロゴロしていたら、台所の方から良い匂いがしてくる。   


 腹が減ってるのもあるが、どんなものを作ってるのか興味もあるので台所に赴く。


 ウィステリアはすでに結構な量のスクランブルエッグと、ベーコンのようなものを焼いて皿に盛っている。


 「後はパンを焼いてサラダを作りますので座ってお待ち下さい」


 「へぇ、地球の料理とそんなに変わらないんだな、朝飯は大体こんな感じで一緒だよ」

 

 「そうなのですか」


 ウィステリアはそう言いながら、テキパキとオーブンからパンを取り出しサラダを仕上げる。


 「じゃあ俺持っていくよ。いやぁ、美味しそうだ。ウィステリアも一緒に食べないか?」


 「いえ、私は大丈夫です」


 グゥ~っとどこからともなく音が鳴る。


 ん? 今のは俺じゃないぞ。


 「今お腹鳴った?」とウィステリアに聞くが、肯定も否定もせず無表情のままだ。


 表情からは読み取れないが、なんとなく恥ずかしそうな感じが伝わってくる。


 「そりゃあ、朝からこんなに働いたらお腹も空くよ。作ってもらった俺が言うのもなんだけど、一緒に食べよう」


 俺は棚からもう一人前ずつの食器を出してテーブルに並べ、ウィステリアをむりやり椅子に座らせる。


 「よし! それではお腹も空いたし食べよう」


 できたてのパンをサクッと頬張る。


 うん!モチモチとした食感と上に塗られたバターの香りが口のなかに広がる。


 「初めての味だけどうまいね。こっちのバター少し甘さがあるんだな」


 「マロ二カウのミルクから造られたバターです。お口に合ったようで良かったです」


 ウィステリアにも食べるよう勧めると「では」と言って食べ始める。


 「しかし、このプレートを見せたらあまり良い対応されなかったよ。あまり勇者候補ってよく思われてないのか?」


 「仕方がありません。国同士の争いに巻き込まれるようなものですし、異世界の人間を勝手に召喚して協力を強いるのですから」


 「平和に暮らしたい人達からしたらたまったもんじゃないってことね。まぁ、少し違うけど地球でも同じことが言えるからそれと一緒だな」


 「あまり気にする必要はないかと思います。ソウタ様は召喚された側で争いに巻き込まれたわけですから」


 「それはそうだけど……。そうだ! 俺でもお金を稼ぐ方法ってないかな? どうせなら自分で稼いで使いたいし、なにもしないのに使うのは悪い気もするしな」


 「そうですね……」

 

 ウィステリアは少し考えた後、ある提案をしてくれる。


 「素材集めとかいかがでしょう? それならば特に申請も要りませんし、すぐ始められることができます」


 「それはどんなものを集めるんだ? 俺でも出来そうならやってみたいけど」

  

 「素材は自然でしか手に入らない薬草や食材などたくさんあります。単価は安いですが簡単に手に入るものもあるのでソウタ様でも十分可能かと思います」


 「ほお、それならついでにこの世界も探索出来るし悪くないな。それでどこにいけばやれるんだ?」

 

 「マテリアル協会に加入したお店であればどこでも大丈夫だったはずです。確かアリエル様のお店もそうだったと思います」


 うげ! あの人か……。とはいえこの世界の数少ない知り合いだし。聞いてみるか。


 

 

 

 



 

 

 

 

 


 




 

 


 


 



 


 


 


 

 


  


 



 

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