第41話 兄の心配
「今日は隣国の王子と勝負する事になっている」
朝、学園に向かう為の馬車に乗り込むと目の前に座った兄に言われる。
こちらに向けられる視線と声色、身に纏っている雰囲気すら殺気立っているのは何故だろうか。
「知っていますよ」
「勝負は授業中に行われる」
「ええ、クラスメイト達が観に行けない事を悔しがっていましたよ」
エトムント殿下と兄の勝負については数日前に学園の掲示板にて発表されている。
授業内の模擬戦である為、自身の受けるべき授業に出ず観に行かないようにと注意喚起が書かれていた。そのせいで多くの生徒が残念がっていたのだ。
「そうだ、多くの生徒が観に来れないというのに学園長はリーザの観戦許可を出している。一体何故だ?」
「私がお二人の勝負を観られるようにクリストフ殿下が学園側に掛け合ってくださったからです」
「そんな事を聞いているんじゃない。どうして俺達の勝負を観ようとしているのか聞いているんだ」
「ルド兄様の妹だからですよ」
本当はエトムント殿下を焚き付けた張本人として、彼の剣術の指南に関わった身として観に行くのだけどそれを兄に言ったら間違いなく激昂する。
今だって私と彼の関係について疑って怒っているのだから。
「あの青二才に無理やり誘われたからじゃないのか?」
「彼はそんな事をするような人じゃないです」
やや強引なところはあるがそれでも本気で嫌がるような事はしない。
私の好きな人に失礼な物言いをする兄に苛立ち睨み付けると眉間に皺を寄せて睨み返される。
「どうしてあの男を庇う」
「庇っているわけじゃありません」
冷たく突き放すと深く溜め息を吐く兄は髪をくしゃくしゃに掻き毟る。
「リーザ、あの男に関わるのはやめておけ」
「何故ですか?」
「あの男の婚約者の座を狙っている貴族派の馬鹿共に狙われるからだ」
頻発している中立派の令嬢を狙った誘拐未遂事件についての話をしているのだろう。
エミーリアからの情報とヨハナの調査報告のおかげで私もある程度は知っている。
黒幕についても予想が出来ている状態だ。
「何かあったのですか?」
「婚約者の居ない令嬢が誘拐されかける事件が頻発している。被害者全員が中立派の家だ」
「犯人は見つかっているんですか?」
眉間に皺を寄せて目を逸らされる。おそらく犯人は分かっているが証拠が無くて捕まえられないと言ったところだろう。
「実行犯を捕まえられてもその背後に居る人間が捕まえられていない」
ヨハナの報告によると実行犯達は捕まった直後に舌を噛み切って自殺を図っているそうだ。
雇い主に忠実というわけじゃない。捕まったら自殺する魔法をかけられていたのだ。
おそらく血の契約書を使ったのだろう。あれは契約内容を一項目でも破れば署名した者を破滅に導くものだ。契約者自身の血と魔力で署名をする為、端的に言えば側に居なくても契約相手を殺せる代物。
存在を知っているのは侯爵位以上の高位貴族もしくは名家に分類される貴族のみ。
相手が高位貴族の曲者だからこそ黒幕を捕まえるのに困難しているのだ。
「詳しい事は話せないが被害者のご令嬢達は全員エトムント殿下の婚約者に立候補する事をやめているらしい」
表立って騒がれてはいないが被害者の令嬢達は全員衣服を剥ぎ取られて襲われかけたらしい。強姦未遂として扱われていないのは被害者達の名に傷を付けないようにする為だろう。襲われた恐怖から彼女達は引き篭もりがちになってしまったそうだ。
兄は私をそんな目に遭わせたくないのだ。
「お前に被害者になって欲しくない。これ以上エトムント殿下と関わるのはやめろ」
兄が言い終わるのと同時に馬車が停車する。
学園に到着したのだ。
「お断りします」
「なっ…」
兄が心配してくれる気持ちは嬉しい。心配を無碍にしている事も分かっている。
ただ私はエトムント殿下との関わりを無くしたくない。
少しでも多くの思い出を胸に刻み込みたいのだ。
「先に降りますね」
「リーザ、待て!」
兄の制止の声を振り切って馬車から逃げ出した。
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