第37話 気になる人と侍女
着替えを終えて訓練場に戻ると座り込むエトムント殿下と剣を片手に彼を見下ろすヨハナの姿があった。
まさかエトムント殿下と戦ったの?
さっと顔を青褪めさせる。
今の彼ではヨハナに太刀打ち出来るわけがない。彼女が手加減を出来るような人間なら良いけど生憎と本気で潰しにかかる性格だ。
「エトムント殿下!」
二人のところに駆け付けるとヨハナは気不味そうに目を逸らした。
「ヨハナ、何をしているの?」
彼女の手に持たれた剣、遠くに落ちているのは真っ二つに折れた剣、そして座り込むエトムント殿下。
それが意味するのはたった一つだけだ。
ヨハナを睨み付けて「ヨハナ、エトムント殿下に剣を向けたの?」と尋ねる。彼女は眉間に皺を寄せた。
殴り飛ばそうかと思っていると口を開いたのはエトムント殿下だった。
「エリーザ嬢、私が彼女に相手になってくれとお願いしたんだ」
「ですが…」
「許してやってくれ」
苦笑いを浮かべるエトムント殿下。二人の間に何があったのか分からない。ただ彼が許すと言ったのだ。
許せない気持ちはあるが「分かりました」と返事をする他なかった。
この場に居たらヨハナに手を上げてしまいそうだ。
真っ二つに折れた剣を拾いに行こうと駆け出した。
「ヨハナ、何を考えているの?」
剣を拾い上げて振り向くとエトムント殿下と話し込むヨハナの姿があった。
厳しい表情を浮かべる彼にヨハナはくすりと笑う。
さっきまで戦っていたはずなのに妙に仲良くなっている二人に心が騒つく。
「リーザ様」
私の視線に気が付いて駆け寄って来たのはヨハナだった。彼女を睨み付けて「何?」と低い声を漏らす。
エトムント殿下に剣を向けた事が許せなかった気持ちもある。ただ彼と楽しそうに話す姿に苛立ったせいで声が低くなったのだ。
これが嫉妬なのだろう。
まさか侍女に嫉妬するとは思わなかった。
「怒っていますよね?」
「当たり前でしょ。侍女が隣国の王子に怪我をさせたらどう責任を取るつもりなのよ」
ジゼルの家族は勿論の事、下手したらビューロウ伯爵家にも飛び火する可能性があるのだから。
考えなしの行動をするような子じゃないと思っていたのに。
「も、申し訳ありません」
「どうしてエトムント殿下と戦ったのよ」
「あの方の強さを確かめたかったのです」
「首を飛ぶのは嫌だって手伝うのを断ったじゃない」
どういう風の吹き回しなのだろうか。
ヨハナを見るとしょんぼりと肩を落とした。
「とにかく今回はエトムント殿下が許してくれたから良いけど今度勝負をする時は私にも許可を取ってからにしなさい」
私が居ればヨハナの暴走を止められるけど見ていないところで何かあったら大問題だ。
「はい、分かりました」
「新しい剣をお願い」
折れた剣を渡すと走って行くヨハナ。代わりに私のところにやって来たのはエトムント殿下だった。
「彼女の事を叱ったのか?」
「はい。私の侍女が無礼な真似をしてしまい大変申し訳ありません」
深く頭を下げるとエトムント殿下は「気にしなくて良い」と笑った。
「君の侍女は主人思いの良い子だな」
「そうですか?」
首を縦に振って頷くエトムント殿下。ヨハナの事を考えて穏やかに笑う彼にまた心が騒ついた。
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