幕間18 好きな人の侍女※エトムント視点
エリーザを待っているとやって来たのは彼女の侍女であるヨハナだけだった。
「エリーザ嬢は?」
「着替えをされています」
にこりと微笑むヨハナ。侍女というのは主人の着替えを手伝うものじゃないのか。
そう思うが女性の着替えについてあれこれ言うわけにもいかず「そうか」と返事をした。
「エトムント殿下に一つお聞きしたいのですがよろしいでしょうか?」
女性は苦手だ。ただ私の上辺だけしか見ない女性が苦手というだけ。ヨハナからは一切媚びた視線を感じられない。
加えてエリーザの専属侍女だ。冷たくあしらうのも失礼だろうと「何だ?」と尋ね返した。
「エトムント殿下はリーザ様、我が主人の事をどう思っていらっしゃるのでしょうか?」
「真面目で友人思い、心優しい女性だと思っている」
素直にエリーザの印象を言うとヨハナは眉を下げて「質問の仕方を間違えましたね」と呟いた。
どうやら彼女の望む答えを返せていなかったようだ。
「私がお聞きしたいのはエトムント殿下がリーザ様を好いておられるのかどうかです」
「は?」
「エトムント殿下、リーザ様を好きですか?」
真っ直ぐに見つめて尋ねてくるヨハナ。悪ふざけで、揶揄う為に聞いているようには感じられなかった。
彼女がただの侍女であるならば答えてやる義務はない。しかしエリーザの侍女である。
はっきりと言っておくべきだろう。
「ああ、好きだ」
「そうですか」
短く返事をしたヨハナは目付きを鋭くさせてこちらを睨み付けた。私が持っていた二本の剣のうち一本を目にも留まらぬ速さで奪い取るとこちらに向けてくる。
「私、リーザ様の事は大切に思っているんですよ」
殺気に近い恐ろしい雰囲気を身に纏ったヨハナ。
まるで別人だな。
エリーザから剣を握ると人が変わると聞いていたがここまでとは思っていなかった。
「エリーザ嬢が大切だから私に手を引けと言っているのか?」
「そうではありません。ただ…」
ヨハナはふらりと身体を揺らしたかと思うと一瞬で間合いを詰めてきた。私の前に立つと喉元に剣を寄せ、じろりとこちらを見上げてくる。
「雑魚に大切な主人を任せたくないだけです」
不敬罪も甚だしい行為。迷いなくやったところを見るに自身の首が飛ぶ事を厭わないのだろう。
ヨハナが自分よりもエリーザを大切に思っている証拠だ。
「私は雑魚だと?」
「少なくとも私よりは弱いですね」
冷たく見つめてくるヨハナは「私に勝てないようならルド様に勝つのは不可能ですよ」と言い放った。
ここまで言われて黙っておくような人間じゃない。
ヨハナの剣を払い、距離を置くと剣を構えた。
「戦ってもいないのに雑魚呼ばわりされたくない」
確かに私は弱い。原因は魔法を上手く使いこなせないせいだ。魔法に関してはエミーリアとエリーザに協力してもらって成長してきている。
今の私なら侍女相手に負けないはずだ。
「私に勝てると思っているって事ですか」
目付きを鋭くさせたヨハナは全身に強化魔法をかける。魔力量は決して多くない。それなのに強靭な鎧を身に纏っているかのようだ。
勝てる気がしないと冷や汗が流れた瞬間には地面に叩き付けられていた。
持っていたはずの剣は遠くに吹き飛び、真っ二つに割れている。眼前には鋭く尖った剣が映り、その先には冷たくこちらを見下ろすヨハナの姿があった。
「私はリーザ様の護衛も務めていますのでそこそこ強いですよ」
剣を振る間もなくあっさりと敗北させられた。
小さな声で「これでそこそこなのか…」と呟く。
私に突き付けた剣を引いたヨハナは深く頭を下げる。
「大変失礼致しました。如何なる処分もお受け致します」
「いや、気にしなくて良い」
「あ、ありがとうございます…」
深く頭を下げるヨハナに「私にエリーザ嬢を諦めて欲しくてやったのだろう」と吐き捨てるように言うと彼女は黙って首を横に振る。
「リーザ様を諦めて欲しくて言ったのではありません」
「それならどうして…」
「リーザ様を諦めて欲しくないから強くなって欲しいのです」
どういう意味だと聞こうとした瞬間「エトムント殿下!」と駆け寄ってくるエリーザの姿があった。
「ヨハナ、何をしているの?」
私達の間に立ったエリーザはヨハナをきつく睨み付けた。
ヨハナの手に収まった剣、そして遠くに落ちた真っ二つに折れた剣を見つけるとエリーザは怒りに満ちた表情を浮かべる。
「ヨハナ、エトムント殿下に剣を向けたの?」
このままではヨハナが怒られてしまう。彼女は主人の為を思って私に弱さを教えてくれたのだ。
「エリーザ嬢、私が彼女に相手になってくれとお願いしたんだ」
「ですが…」
「許してやってくれ」
苦笑いで言うとエリーザは表情を歪めて「分かりました」と返事をする。
真っ二つに折れた剣のところに走って行く彼女を追いかけようとするヨハナを引き止めた。
「ヨハナ、私はエリーザ嬢を諦める気はない。強くなって君を認めさせる気だ」
彼女がどういう意味で私に諦めて欲しくないと言ったのか分からない。
ただこちらとしても諦める気はないのだ。
真っ直ぐ見つめて言うとヨハナはくすりと笑った。
「期待していますよ、リーザ様の王子様」
最後の言葉の意味を私が知るのはもう少し後の事だった。
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