第38話 好き
エトムント殿下とヨハナが戦った日から一週間。
彼の魔法の腕は一週間前と比べ物にならないくらい上達していた。教えたのは私じゃない。
どういう風の吹き回しなのかヨハナが指導者として加わったからだ。身体強化も武器硬化も彼女が教えたからこそ強靭なものになっている。
このまま特訓を続ければ兄に勝てるかもしれない。
僅かな希望は私の心に影を落とした。
エトムント殿下が成長するのは嬉しい。でも、結局のところ私は役立たず。それが悔しくて堪らないのだ。
「エリーザ嬢?」
考え事をしている私に声をかけてきたのはエトムント殿下だった。さっきまでヨハナと打ち合っていたのにいつの間にか終わっていたらしい。
「何かあったのか?」
隣に腰掛けて尋ねてくるエトムント殿下に苦笑いを浮かべた。
「私、役に立たないなって思いまして」
自嘲気味に呟いた。
困惑した様子を見せるエトムント殿下は「どういう意味だ?」と尋ねてきた。
困らせつもりはなかった。ただうっかり口から溢れ出てしまったのだ。
「リアもヨハナもエトムント殿下の役に立っているのに…」
私だけが役に立っていないじゃないですか。
この言葉は飲み込んだ。
初めから分かっていた。平凡な私に教わるよりも才ある者に指南を受けた方がエトムント殿下の為になると知っていたのに。どうして自分が彼の役に立てると勘違いしたのだろうか。
「君は何の役にも立っていないと思っているのか?」
無言は肯定と同義だ。適当に嘘を付けば良かった。
何も言わない私にエトムント殿下は物悲しそうな表情を向けてくる。
どうして彼が落ち込んでいるのだろうか。
「私は君が役立たずと思った事はない」
「気を使ってくださらなくても…」
慰めの言葉は時に惨めな気持ちになる。
エトムント殿下は首を横に振って「気など使っていない!」と手を握ってきた。
たったそれだけの事で顔が赤くなる。
「私はエリーザ嬢がいるから頑張れるし、君の為にルドヴィッグ殿に勝ちたいと思っているんだ!」
頰を赤く染めながら言ってくるエトムント殿下。言葉の意味を上手く咀嚼出来ず「は?」と声を漏らした。
私が居るから頑張れる?
私の為に兄に勝ちたいと思っている?
どういう意味なのだろうかと考えている間にエトムント殿下は立ち上がってしまった。
「と、とにかく私にとっては…君が役立たずって事はない!」
逃げるようにヨハナのところに向かってしまったエトムント殿下。
黒髪から覗いた耳が赤く染まっていた。
まるで照れているように見える姿に頰が熱くなる。
「期待させるような事、言わないでよ」
こんな気持ち、知りたくなかった。でも、もう遅い。
一度意識したら抑えていた気持ちが溢れ出してくる。
私はエトムント殿下が…。
「好きなんだわ」
小さな呟きは誰の耳にも届かなかった。
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