第35話 不穏な話

エミーリアの執務室に訪れると驚いた表情で出迎えられた。


「リーザ、おはよう。どうしたの?」

「おはよう。ルド兄様に追いかけ回されているのよ」


簡潔に説明するとエミーリアは「なるほどね」と苦笑いを浮かべた。彼女の執務の邪魔をするつもりはないが匿って貰う事にする。


「エトムント殿下に知らせを入れておくわ」

「お願いしても良い?」


勿論と頷く友人には感謝しかない。

机に乗った書類の束を慣れた手付きで迅速に片付けていくエミーリア。相変わらず凄い人だと感心する。

ぼんやり眺めていると「リーザ」と名前を呼ばれた。

何か手伝った方が良いのかしら。


「エトムント殿下とは仲良くしているの?」

「仲良くって二日前まで一緒に居たじゃない…」


この二日間はエトムント殿下と二人だけで特訓している。付き添いで来てくれているヨハナが手伝って貰おうと思ったが「隣国の王太子相手に怪我させて首が飛ぶのは嫌ですから」と笑顔で断られた。


「二日間で変化があったかなと思って」

「無いわよ」


エトムント殿下に対する気持ちが膨らみつつあるのは自覚している。ただ今は恋に浮かれている場合じゃないのだ。

拗ねたように言うとエミーリアは「残念」と苦笑いを浮かべた。


「そういえばエトムント殿下のお見合いパーティーってどうなっているの?」


話題を変えようと思って話を切り出すとエミーリアは苦い表情を見せた。

何か問題があったのだろうか。


「貴族派の人間が不穏な動きをしているみたいなの」

「それは…厄介ね」


王族派、中立派と違って貴族派は犯罪に手を染める人間が多い。しょっちゅうエミーリアの命を狙っているのも貴族派の連中だ。

それにしてもエトムント殿下のお見合いパーティーが近づいている今彼らが問題を起こすとしたら。


「狙われているのは私かしら」

「ビューロウ伯爵家を落とせなくてもリーザ一人だったらどうにかなると思っている人間が多いのよ」

「仕方ないわよ、私はお父様達とは違って秀でた部分がないもの」

「リーザ…」


悲しそうな表情を向けられてハッと我に返る。

エミーリアの前で否定的な意見は避けているのに。

部屋の端に控えていたカルラにもヨハナにも苦い表情をさせてしまった。


「ま、まぁ、それは置いといて…。私は平気よ」

「狙われているのはリーザだけじゃないわ」

「どういう事?」

「中立派のご令嬢達が誘拐されそうになっている事件が頻発しているの」


全く知らなかった。

誘拐未遂の件を騎士団に所属している父と兄が知らない訳がない。私に情報を与えないのは余計な不安を煽らないようにする為だろう。


「お父様達も教えてくれたら良いのに」

「不安にさせたくなかったのでしょう」

「誘拐犯の背後に居る人間は捕まりそうなの?」

 

尋ねるとエミーリアは黙って首を横に振った。


「調査は進めているから何か分かったら教えるわ」

「待っているわ」

「とりあえず気を付けてね」


心配そうな表情を浮かべるエミーリアに「平気よ」と笑いかけた。

自分の身が危険に晒されて犯人が捕まるならそれはそれで良いかもしれない。

そう思ったが声には出さなかった。


「そろそろ訓練場に行くわ。邪魔してごめんね」

「ううん。話せて良かったわ」


また学園で会いましょうと挨拶をしてからエミーリアの執務室を後にした。

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