第34話 ついて来る兄

エトムント殿下の特訓を請け負うようになって一週間が経過した。魔法の荒っぽさは無くなったが兄の境域に達したかと聞かれたら全然だと答える他ない。

魔法大国で二十年以上暮らしてきた人間と比較する方がおかしい話だけど。今のエトムント殿下が勝てる割合は一割に届くか届かないかくらいだ。


「もう少しやり方を変えないと駄目かしら」


エミーリアに「基礎は教えたから後はリーザが頑張って」と投げられてしまったのだ。元々私が教える予定だった事を手伝ってくれただけでも感謝するべきなのだろう。しかも公務の合間を縫って来てくれていたのだ。全てが終わって暇になったら何かお礼をさせて貰わないといけない。


「また王城に行くのか?」


週末になりビューロウ伯爵邸から王城に向かうつもりで玄関まで歩いている途中で兄から尋ねられる。

ここ一週間帰りが遅いからか父と兄に何をしているのか問われてエミーリアの手伝いをしていると答えた。彼女自身が言い訳に使ってと言っていたから好意に甘えているのだ。


「悪いですか?」

「いや、悪くはないが…。そうだ、久しぶりに俺と」

「お断りします」


どうせ遊びに行かないかという誘いだろう。今は兄と遊んでいる暇はない。全てを聞く前に断るとあからさまに落ち込む兄に罪悪感が芽生えないわけじゃないが気にかけている余裕がないのだ。


「そ、それなら帰ってきたら一緒に剣の稽古をしよう!」

「お断り……」


疲れて帰ってきているのに兄の相手を出来る余裕があるか分からない。断ろうと思っていたのに途中で口が止まったのは現状の兄の剣がどれくらいのものなのか知る良い機会だと思ったからだ。

私相手に本気を出すとは思わないがお強請りでもすれば技くらいは見せてくれるだろう。


「分かりました。帰ってきたらやりましょう」

「本当か?」

「ええ。ですが明日に響かない程度にしてくださいね」


明日は学園に行かないといけない。遅くまでは付き合っていられないだろう。それでも良いのか兄は嬉しそうに笑って「分かった」と頷いた。

屋敷を出ると前に座ったヨハナに怪訝な表情を向けられる。


「ルド様のお誘いを断ってよろしかったのですか?」

「悪いとは思っているけど今はエトムント殿下優先よ」

「そうですか」


エトムント殿下を優先したいという気持ちに偽りはない。しかしそれ以前に隣国の王子との約束を蹴って兄と遊びに行く選択を取れる人は居ないと思う。

屋敷からだいぶ離れたところで見えるか見えないかのところをついて来る馬車の存在に気が付いた。


「どうしてついて来ているのよ」

「リーザ様が本当に王城に向かっているのか気になったのでは?」


ちらりと見えた馬車の紋章はビューロウ伯爵家のもの。ついて来ているのは休日で暇を持て余している兄だろう。


「騎士団に顔を覗かせる為に王城に向かっているという可能性もありますけどね」

「ヨハナ的にはどう思う?」

「前者ですね。後者はついでといったところでしょう」


兄が私の行動を怪しむのも心配するのも分かるけど過干渉過ぎるのは悩みものだ。

嫌いじゃないけど控えて欲しい。


「一度リアの執務室に寄ってから訓練場に向かうわ」


エトムント殿下と会っていると知られるわけにはいかないのだから。

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