第32話 気遣う侍女

軽く見た程度だけどエトムント殿下の剣の腕前は騎士団の人間に通用するものだ。但し魔法抜きの戦いをした場合の話である。

魔法ありで試合をするとしたら一分も経たないうちに倒されてしまうだろう。


「手伝いましょうか?」


エミーリアの言葉に首を横に振ろうとしたが出来なかった。剣術を教えるなら彼女より自信がある。しかし魔法の腕では敵わない。

どうしてエトムント殿下が兄に勝ちたいと思っているのか分からないけど勝利を望むと言うのなら出来る限りの事はしてあげたいのだ。

そう考えるとエミーリアに協力を頼むのが一番なのだろう。


「そうね、手伝って貰っても良い?」


クリストフ殿下には悪いけどエトムント殿下もエミーリアと居られる機会が多い方が良いに決まっている。

こんな風に考えるとは思わなかったわね。

エトムント殿下が留学してきた頃な自分が見たら「馬鹿じゃないの?」と言って来そうなものだ。

私の返事にエミーリアは悲しそうに笑う。


「私が教えるのは基礎だよ。残念だけど剣術で使う魔法は得意じゃないから」

「リア…」

「そっちはリーゼの専門でしょ。ちゃんと教えられるようにしておかないと駄目よ」


立ち上がって微笑むエミーリア。私が気を落としている理由を察しているのか気を使ってくれる友人に苦笑した。

エトムント殿下のところに向かって歩き出すエミーリアをぼんやり眺めているとヨハナが近寄って来る。


「行かないのですか?」

「私が行っても邪魔になるだけでしょ」

「邪魔って…」


エミーリアと話すエトムント殿下を見ると少しだけ頰を赤らめて慌てた様子を見せた。

好きな人に対しては正しい反応だ。

胸が痛いし、嫌だと思ってしまう。

私と同じように会話続ける二人を見ていたヨハナは微妙な表情を浮かべた。


「リア様はクリストフ殿下の婚約者ですよ。二人で話させるのは如何なものかと」

「でも」

「それにリア様からエトムント殿下の指南を引き継ぐなら近くで見守っていた方が引き継ぎも楽です」


さっさと行ってこいと目で訴えかけてくるヨハナはエミーリアとは違った意味で気を使ってくれているようだ。おそらく私の胸の中に芽生えている気持ちに気が付いての言葉だろう。

幼馴染というのは厄介だ。

隠しておきたいものでも簡単に暴かれてしまうのだから。


「それに自分から教えると言ったのでしょう?ぼんやり見守っているというのは無責任ですよ」

「痛いところを突くわね」

「分かっているならさっさと行ってください」


勢いよく背中を押されたの同時に駆け出した。

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