第31話 大きな壁

「それでは始めましょうか」


私の言葉にエトムント殿下は真面目な顔をして頷いた。

よく考えたらこの特訓で彼の剣の腕は分かるじゃない。

そう思ったが勝負をする事が決まってしまっている以上は止められない。止めたところで素直に聞いてくれるような二人では無いと思うけど。それにしたってどうして今まで考え付かなかったのだろうか。

自分の阿保っぽさに頬を引き攣った。


「どうかしたのか?」

「いえ、何でもありません」


剣を構えて向かい合う。その瞬間に頬が緩みそうになった。

クリストフ殿下が褒めるだけあるわ。

剣を構えたエトムント殿下から感じるのは強者の迫力だった。おそらく純粋に打ち合いのみだったら私も勝てないだろう。

ただ魔法を使ったらどうだろうか。


「エトムント殿下の準備運動も兼ねて軽く打ち合いましょう」

「分かった。エリーザ嬢から来てくれ」

「分かりました」


離れた位置から間合いを詰めてエトムント殿下の懐に忍び込み下から振り上げる。反射神経が良いのかあっさりと避けられてしまった。

怪我をさせないように避けられる速度にしたけど簡単に避けられると面白くない。

エトムント殿下を見ると驚いた表情をしていた。


「速いな」

「速さには自信がありますから」


力の弱さを補う為には速度を上げるしかなかったのだ。

小さい頃はよく走り込みをしていたっけ。

懐かしいと思っていると今度はエトムント殿下から距離を詰められた。

避け切れないと剣身で受け止めるが力の差を見るに長くは持たない。


「やりますね」

「これでも手加減しているぞ」

「分かっていますよ」


剣に硬化魔法をかけて勢いよく押し返すとエトムント殿下の訓練用の剣は簡単に折れてしまった。

やり過ぎたかしら。


「すみません、最初から魔法をかけるように…」

「かけていた」

「え?」

「打ち合っている間に折れないように硬化魔法をかけていたんだ」


あれでかかっていたの?嘘でしょ?

私の感知能力が低いだけかもしれないがエトムント殿下の剣からは魔力を感じられなかった。

エミーリアだったら気が付いていたのだろうか。

自分の手を見つめるエトムント殿下はどこか落ち込んでいるように見える。


「代わりの剣を貰って来ますね」

「すまない…」


エトムント殿下の側を離れるとエミーリア達の座っているところまで向かう。

老執事の人に代わりの剣を用意して貰うようにお願いして深く息を吐いた。


「大丈夫?」

「私は大丈夫だけどエトムント殿下が…」

「何かあったの?」

「想像以上に魔法の使い方が苦手みたい」


苦笑しながら答える。

魔法があまり発展していない国の魔法について詳しくなかったけど。


「まさかあそこまでとは…」

「それは魔法から教える必要がありそうね」


エミーリアの言葉に大きく頷く。

指南一日目、大きな壁にぶち当たった瞬間だった。

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