第27話 伯爵令嬢の勘違い

「剣術の指南ですか?」


三人組に絡まれた翌日のお昼。エトムント殿下に呼び出されたのはいつものガゼボではなく図書室。入り口から一番離れた書棚のところで落ち合うと頼まれたのは剣の稽古についてだった。

人気のないところに呼び出して何の話よ。

ドキドキと浮かれた気持ちもあったけど別に色気ある話ではないみたいだ。

ただ剣の稽古については私も言おうと思っていた事なので驚いた。


「そうだ。ルドヴィッグ殿と模擬戦を行う事が決定したから彼の剣について詳しい人に指南を頼みたくて…」

「それで私ですか?」

「女性である君に頼むのは情けないと思うが協力して貰えないだろうか?」


元々こちらから言おうと思っていた事だ。断るつもりはないけどエトムント殿下はどうして私を選んでくれたのだろうか。他に頼めそうな人はいっぱい居るのに。その中で何故私に白羽の矢が立ったのか。


「どうして私なのですか?他に適任者が居ると思いますけど」

「もしかして嫌だったか?」

「いえ、そうではなくて。私よりも兄の剣術を知っている人はたくさん居ます。それなのにどうして私が選ばれたのか分からなくて…」


首を傾げるとエトムント殿下は顔を真っ赤に染める。変な事を尋ねたわけじゃないのにこんな反応をされると思わなかった。

もしかしてエミーリアに会える機会を少しでも増やしたいのだろうか。クリストフ殿下が場所を提供してくれると言っていたが私達を二人きりにさせるわけにはいかない。よく王城に訪れているエミーリアが一緒に居てくれる事が多いだろう。

それを狙っているのかもしれない。

流石に私の考え過ぎだろうか。無駄に想像力の逞しい自分の考えに苦笑いをする。


「幼い頃からルドヴィッグ殿の剣を見てきたのは君だろう?」

「クリストフ殿下も同じですよ」

「しかし君の方が彼についてよく知っているはずだ」


もしかしてエトムント殿下って兄の事をより深く知りたいのかしら。

兄の私生活について知りたいと言うのなら確かにクリストフ殿下よりも妹である私の方が適任者だ。

実は兄に強い憧れを持っていてだからこそ認めて貰いたくて勝ちたいのかもしれない。

色々と辻褄が合うような合わないような感じだ。


「あ、兄について色々と知りたいって事ですよね?」

「そうだ。色々と教えて欲しい」


間違いない。エトムント殿下は兄に近付きたがっているのだ。おそらく恋愛感情はないと思うけどそれでも今の彼が一番気になっている相手は私の兄。

ちょっとだけ負けたような気分になる。


「分かりました。兄について色々と教えさせて頂きますね」

「本当か?嫌じゃないのか?」

「全く嫌じゃないですよ。むしろこちらから兄の剣技について教えようと思っていたので」


これは嘘偽りのない言葉だ。私の返答に「そ、そうか。ありがとう」と照れるエトムント殿下。

いくら兄の事を知る為といっても女性に剣術の指南を頼むのは恥ずかしいだろう。彼が顔を赤くしている理由も納得出来る。


「場所はクリスが用意してくれている」

「はい、存じております。私も教えてられる場所がないかクリストフ殿下に相談しましたから」

「それなら話は早い。早速今日の放課後からお願いしても良いだろうか?」

「勿論です」


ヨハナに連絡を入れて稽古着を持って来て貰おう。

王城に行く時はエミーリアの馬車を借りたら不審に思われないはず。


「で、では、また放課後に」

「ええ」


立ち去って行くエトムント殿下。姿が見えなくなったところで書棚に額をぶつけた。


「まさかエトムント殿下がルド兄様狙いだったとは…」


複雑な気分だ。でも、剣術を教えられるのは安心だ。

少しでもエトムント殿下の事が知れたらと思いながら図書室を後にした。


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