第24話 自覚

バタバタと足音が遠くなって行く。

私に絡んでいた伯爵令嬢達は居なくなったというのに全然離してくれないエトムント殿下に動揺が走る。

この状況は何なの?

誰かに見られたら困るのに、離して欲しいと思うのにどうして無理やり引き剥がせないのだろう。


「あ、あの、エトムント殿下……」


見上げるとそこにあったのは傷付いた表情だった。

どうしてそんな顔をしているのよ。

辛そうなエトムント殿下に胸が痛くなる。


「すまない、私のせいであんな事に…。顔に傷まで作ってしまって…」


撫でられた頰に痛みが走る。

そういえば引っ叩かれたんだっけ?

幼い頃から剣の稽古を受けている身としてはこれくらいは大した傷じゃない。魔法ですぐに治せるような傷だ。痕になったりしないのに。


「気にしないでください。エトムント殿下のせいで絡まれたわけではありませんし、これくらいの傷ならすぐに治せます」


私よりもずっと傷付いた表情をするエトムント殿下。

決して彼のせいで叩かれたわけじゃないのに私の事で傷付いて欲しくない。


「それに避けようと思えば避けられたのにそれをしなかったのは私ですから」

「どうして避けなかった?」

「避けたところで厄介事が増えると思ったからです」


私の頰が犠牲になってそれで終わるのならそれで良かった。

まさか突き飛ばされるとは思わなかったけど。


「私の立ち回りが悪かったのです。だからエトムント殿下は気にしないでください」


ぴたりとくっ付いていた胸元を押して距離を取る。

感じていた温かさがなくなり身体中が冷えていく。心の中にも冷たい風が吹いたような気がした。


「君は何も悪くないだろ!」

「悪いですよ。せめて私がもっとまともな令嬢であれば、誇れる部分があればこんな風に絡まれる事はありませんでした」


エミーリアと肩を並べる存在とまでは言わないがせめて足元に及ぶ存在であれば、大人しくて淑女らしい人間であればあそこまで言われる事はなかった。

彼女達の言葉を否定して堂々とエトムント殿下の隣に立てたのに。何も言い返せなかった自分が悔しい。


「エリーザ嬢は美しい心を持った人間だ!人の悪口ばかりを言う薄汚れた令嬢達よりも君の方が綺麗だ!」


この人、大声で何を言ってるのよ。

私の両肩を掴みながら叫ぶように言うエトムント殿下に動揺が走る。

私が美しい心を持っている?綺麗?

そういうのはエミーリアに相応しい言葉だ。


「私はエリーザ嬢の事をまだよく知らない。でも、少なくとも私が今まで出会ってきた令嬢達の中で君は…」

「美しいとか綺麗という言葉は私よりもエミーリアに相応しい言葉です!」


エトムント殿下が好きなのはエミーリアなのだ。

私を特別に思っている。

そんな風に言わないで欲しい。勘違いしそうになってしまう。


「確かにリアに相応しい言葉だな」


ほら、やっぱりそうじゃない。

どうせ私はエミーリアのようにはなれない。

落ち込む私に「でも」と言葉を続けるエトムント殿下


「エリーザ嬢にも相応しい言葉だ。君は友を強く思う美しい心を持っているし、優しくて真面目でとても綺麗な人だ」

「な、何を言って…」

「そんな君だから私はもっと話したいと思うし、知りたいと思っている。だから…」


逸らしていた視線をエトムント殿下に向けると真っ赤な顔と対面する。

何て顔をしているのだとこちらまで頰が熱くなった。

彼の言う「だから」に続く言葉が気になって仕方ない。


「だ、だから、その……友人から始めて貰えないだろうか」


ガクッと倒れそうになった。

友人って…。

今更になって言う事なのだろうか。そんな気合を入れた表情で頼む事でもないのに。


「駄目だろうか?」

「いえ、駄目ではないですけど。てっきり…」

「てっきり?」


首を傾げるエトムント殿下に「何でもありません」と首を横に振った。

てっきり婚約者になって欲しいと言われると思った。

口が裂けても言えない台詞だ。


「友人になるという事で良いだろうか?」


わくわくと期待した表情で尋ねられてようやく分かった。

おそらくエトムント殿下は普通に話せる女友達が欲しいだけなのだろう。

つまり私は恋愛対象にならないという事だ。

こんな風に考えるあたり私は…。


「良いですよ。友人になりましょう」


繕った笑顔で手を差し出す。

王子に失礼かと思ったが友人になりたいと言い出したのは彼の方だ。これくらいは許されるだろう。

私の右手を両手で握り締めてくる。

大きいのね…。

簡単に包み込めてしまう大きな手。

ゴツゴツと硬いのに安心させてくる手。

手から全身に伝わる温かさにどきりと胸が高鳴る。


「今日から私達は友人だ。また何かされたら頼ってくれ」


眩しいくらいの笑顔に泣きたくなった。



私はエトムント殿下を好きになり始めているのだ。

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