第23話 助けられる

「二人の邪魔をしたら悪いですし、私は失礼させて貰いますね」


エミーリアとクリストフ殿下の時間を邪魔するのは悪い。

ガゼボを離れると厄介な人間達に囲まれる。


「ビューロウ伯爵令嬢、ちょっと良いですか?」


名前を呼ばれて振り向くと怒りを露わにする三人のご令嬢達が立っていた。

エトムント殿下の追っかけ。しかも家は貴族派に所属している。よく私の陰口を言っている人達だ。

普段は近寄って来ないくせに。

おそらく側にエミーリアが居ないから声を掛けてきたのだ。王太子の婚約者の反感を進んで買いたい人は居ない。私が一人になるのを待っていたのだろう。

全くもって厄介な話だ。


「何か御用ですか?」


エミーリアのように上手くは出来ないが抑揚のない声で尋ねる。

睨み付けられると思って居なかったのだろう三人のご令嬢達は一瞬怯えた表情を浮かべた。


「用事がないならもう行きますよ」


今は彼女達に構っている暇はないのだ。

悪口は言われ慣れている。言われたところで気にしないので好きに言って貰って構わない。ただ絡まれるのは時間の無駄なのでやめて欲しいところだ。


「ちょっと待ちなさいよ!」


私の言い方に苛立ったのだろう三人の中心に居る伯爵令嬢が一歩前に出てくる。

不味いと思うのと同時に頰を引っ叩かれていた。

動体視力は良い方である為、避ける事も出来た。今のはわざと受け入れたのだ。

止めたら止めたで「腕を強く掴まれた」と騒がれるに決まっている。そっち方が面倒だ。


「え、エトムント殿下に近付くのはやめなさいよ!」


私が避けなかったのが意外だったのだろう。動揺しながら言ってくる伯爵令嬢。

普段なら苛立たず笑顔で「分かりました」と答えられるだろう。それなのに今回はムカついた。

どうして何の権限も持たない彼女にエトムント殿下へ近付く事を制限されるのだと腹が立つ。


「どうして貴女にそんな事を言われないといけないのですか」

「ど、どうしてって…」

「エトムント殿下が私に近付くなと仰るのなら近付きませんよ」


本人に言われたら大人しく身を引くしかない。

言われていないのだから彼女の言う通りにする筋合いはないだろう。


「貴女みたいな粗雑な伯爵令嬢がエトムント殿下の側に居るだけで迷惑なのよ!」

「そうよ!剣を振る事しか出来ないくせに調子乗らないで!」

「エミーリア様にくっ付いている事しか脳がないくせに!少しはあの方を見習ったらどうなの!」


苛立つが彼女達の言い分は間違っていない。

私は粗雑な令嬢だし、剣の腕くらいしか誇れる面がない。エミーリアの親友を名乗っているが比べるとどうしようもない人間だ。

言い返す言葉が見つからない。


「言い返したらどうなの?ああ、図星だから言い返せないのね!」


悔しい。

少しでも自分に誇れるところがあれば、女としてエミーリアに勝てる部分があったならここまで言われる事はないのに。

唇を噛む事しか出来ない情けない自分に腹が立つ。


「さっさとエトムント殿下の側から消えなさいよ!」


伸びてきた手が私の身体を突き飛ばした。

ぐらりと揺れて倒れ込む。ぶつかった先は地面じゃなかった。


「貴様らは何をやっている」


怒りの篭った低い声が頭上に響いた。


「え、エトムント殿下…」


意外な人物の登場に顔を真っ青にした伯爵令嬢が震えた声を漏らす。

どうして、ここに居るのよ。

見上げた先にあったのは怒りに顔を歪めたエトムント殿下だった。慌てて離れようとしたのに何故か抱き寄せられてしまう。

この状況を他の誰かに見られたらあらぬ誤解を招くのに。

戸惑う私を他所に頭の上では会話が繰り広げられる。


「わ、私達はビューロウ伯爵令嬢とお話を…」

「話すだけで突き飛ばす事になるのか?」

「それは…。彼女に酷い事を言われて咄嗟に…」


あくまでも自分を被害者にするつもりなのだろうか。

明らかに嘘だと分かる態度を取っているくせに馬鹿な子達だ。


「何と言われたのだ?」

「えっと…」

「え、エトムント殿下に近付くなと言われました」

「それは貴様らが言った事だろう」


聞いていたのは良いのだけど離して欲しい。

何とか抜け出してみようとするが思ったよりも力強く抱き締められている為、逃して貰えない。

意外と鍛えているのね……ってそうじゃなくて。


「エトムント殿下、離して…」

「そもそも貴様らに私の名前を呼ぶ許可を与えた覚えはない」


私の言葉に被せるように大きな声を発するエトムント殿下。わざと掻き消されたような気がする。

彼に睨み付けられた伯爵令嬢達は青くなっている顔を更に青くさせた。


「私の周りをうろちょろとしているのは貴様らの方だろう。これまでは大目に見てきたが我慢の限界だ。二度と私に近寄るな」

「な、何故…」

「迷惑だからに決まっているだろう」


エトムント殿下は女嫌いではあるが貴族令嬢を無理やり引き離すような真似はしなかった。

他国で変な問題を起こしたくなかったのだろう。

温情を与えていた彼が近付くなと言った。真の怒りを勝った証拠だ。


「今すぐエリーザに謝り、私の前から消えろ」

「え、エトムント殿下…」

「同じ事を二度も言わせるな。貴様らが言うのは謝罪の言葉のみだ」


取り付く島もないというエトムント殿下に伯爵令嬢達は泣きそうになりながら私に頭を下げてくる。


「も、申し訳ありません」


三人は怯えた様子を見せながら走り去って行った。








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