幕間11 胸の奥の灯火※エトムント視点
「今度、私と勝負して貰えませんか?」
思わず言ったという感じだろう。
普通の貴族令嬢なら私の機嫌を取ろうと何も知らないくせに「凄いですね」とか「エトムント殿下も立派ですよ」と続けるのに。
意外過ぎる返しに笑ってしまう。
騎士家系であるビューロウ伯爵家のご令嬢だからこそ出た返しなのだろうけどおかし過ぎる。
「構わないが手加減出来るほど器用ではないぞ」
「じょ、冗談ですよ」
思わず揶揄いたくなって言うと睨みつけられてしまう。
また返答に失敗したか。
冗談だと分かっている事を伝えたくて「だろうな」と返した。
「勝負しようとは思っていません。ただエトムント殿下の剣の腕が気になります」
「私の?」
エリーザが私の事を気になってくれたのは初めてだ。
おそらく剣を嗜む者として気になっているだけなのだろうけど。嬉しさのせいで胸の奥がむず痒い。私自身も彼女に知って欲しいと思う。
「はい。いつか見せて……」
今見せて欲しいと言おうとしたのか?
何故止める。君が願うなら私はいくらでも…。
ぴたりと言葉を止めたエリーザは「やっぱり何でも…」と遠慮しようとする。
逃したくないと思ってしまった。
「見せるのは構わないがどこで見せたら良い?クリスと勝負でもしようか?」
遮るように尋ねてみるとエリーザは苦笑いを見せる。
「それは流石に目立ってしまいますよ」
「それもそうだな」
彼女の言う通りクリストフとの勝負は大事になりそだ。
他に良い人は居ないかと考えると視界の端にルドヴィッグ殿が映り込む。
「では、ルドヴィック殿はどうだ?」
エリーザとの共通の知り合いが良いと思っての提案だった。
面白そうですねと言う返事を期待したのに彼女から言われたのは全く違う言葉。
「ルド兄様と?やめておいた方が良いですよ、あの人は強過ぎます」
遠回しに絶対負けるから止めた方が良いと言われたのだ。
ルドヴィッグ殿は剣術の天才だ。確かに勝てる可能性は低いかもしれない。
本来なら止めるべきところなのだろうが何故か心の奥に靄が掛かる。
「折角の機会だ。ルドヴィック殿と勝負させて貰おう」
おそらく彼を倒さないとエリーザとの距離が縮められない。それは嫌なのだ。
そんな気持ちから出た言葉だった。
「兄が相手でも目立ってしまいますから…」
「剣術の授業中にやれば良い。あの人は今特別講師なのだから勝負しても不自然ではないだろ」
剣術の講師と生徒が模擬戦を行う。
不思議な話ではないのだ。
「そ、そもそも剣の腕を見せて貰う必要は…」
「見たくないのか?」
「見たいですけど無理して見せて貰わなくても…」
「私は見て欲しい」
初めて彼女が私に興味を持ってくれた事なのだ。
必死になってみっともないのは分かっているがどうしても彼女に自分の事を知って欲しかった。
「授業中だと私は見れませんよ」
「教師に言って特別に許可を貰おう」
公平を謳っている学園で権力を使うのは好まないが彼女に見てもらう為なら是非に使わせて貰おう。
「そこまでして頂かなくても。兄に勝てないみたいに言った事は謝りますから…」
「私はルドヴィック殿と戦いたいのだ」
ルドヴィッグ殿に勝てないと言われた事に腹が立ったのは事実だ。しかし今考えている事は違う。
エリーザに良いところを見せたい。
そしてエリーザを溺愛しているルドヴィッグ殿に打ち勝って彼女との距離を縮める事を認めさせてやりたいのだ。
「で、ですが、兄がエトムント殿下と戦うか分かりませんよ」
「エリーザ嬢の名前を出せば誘いに乗ってくるだろう」
エリーザを利用するのは気が引けるが彼女の名前を出せば間違いなくルドヴィッグ殿は誘いに乗ってくるだろう。
今日の彼の様子を見る限り私から誘い出さなくとも果たし状を叩きつけるような気がする。
私を止めようとしているのだろうエリーザが視線を送ったのはクリストフだった。
「く、クリストフ殿下が勝負を許可するなら見てみたいです」
クリストフなら止めてくれると考えたのだろうがおそらく彼は面白がって許可を出すに違いない。
「クリスの許可か。分かった、取るようにしよう」
「無理しなくても良いですからね」
不安気な表情を見せるエリーザ。
おそらく私が怪我をしないか心配してくれているのだろう。
「エリーザ嬢に良いところを見せたいからな。ルドヴィック殿には勝たせて貰おう」
どんな怪我をしても良い。
必ずエリーザに勝利を捧げよう。
胸の奥に燻る灯火が大きくなり始めた瞬間だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。