幕間10 よく分からない気持ち※エトムント視点
先程とは違うむず痒い空気に二人して黙り込む。
「ビューロウ伯爵令嬢…」
「はい?」
「その、良ければエリーザ嬢とお呼びしても良いだろうか」
自分の中にある何かに突き動かされて口にする。
彼女は一瞬驚いた表情を見せた後、エメラルドの瞳を柔らかく緩めて頷いた。
「構いませんよ」
いきなりの頼み。
変に思われなくて良かった。
もし「いきなりどうしたのですか?」と聞かれていたら返答に困っていただろう。
しかし何故エリーザを名前で呼びたくなったのだ?
おそらく自分と似たような境遇を持つ彼女と近付きたかったから。
どんな理由であっても自分から近付きたいと思った女性はエリーザで二人目だ。自分の中で彼女の存在が大きくなり始めている事に気が付いて頰が熱くなった。
「あの、顔が赤いですけど具合でも悪いのですか?」
「平気だ!」
指摘された事が恥ずかしくて思わず強めに言ってしまう。
驚いたエリーザは伸ばしていた手をぴたりと止める。
行き場のなくなった手はおそらく私に触れようとしたものだ。
私に熱があるかどうか確かめたかった。
それくらいの意味しか持たない手なのだろう。彼女が私相手に下心を持つわけがないのだから。
「すみません、出過ぎた真似を…」
「あっ、いや…。声を荒げてしまってすまない」
申し訳なさそうに謝るエリーザに咄嗟に謝ると首を横に振られる。
「いえ、エトムント殿下が女性を苦手と知っているのに触れようとした私が悪いのです」
彼女はただ気遣ってくれただけなのに。
落ち込んだ表情をさせてしまっている事に胸が痛くなる。行き場のなくなった手がゆっくりと引っ込んでいく様子をじっと見つめた。
声を荒げなければ触れて貰えたのだろうか?
それは惜しい事をしたような…。いや、私は何を考えているのだ。
まるで彼女に触れて貰いたかったみたいな考え方をする自分にまた顔が熱くなる。
「それで体調の方は本当に大丈夫ですか?先程より顔が赤くなっているような…」
「暑いだけだ」
気持ち悪い考えを悟られてはいけないと咄嗟に誤魔化す。
今日は涼しい日なのに暑がるとは不審に思われているだろうな。
下手に突っ込まれては反応に困る。話題を変えようとした瞬間また突き刺すような視線を感じた。
「エリーザ嬢…」
「何でしょうか?」
「その、君の兄からの視線が痛いのだが…」
ルドヴィッグ殿を見ると今にも私を殺しに来そうな雰囲気を身に纏っている。
もしかして私がエリーザを意識している事に気が付いたのか?
敵意を剥き出しにされている理由がそれしか思い付かなかった。
それにしても彼を押さえ付けているクリストフはやけに疲れた表情を見せている。付き添っているエミーリアも頰が引き攣り始めていた。
ルドヴィッグ殿を押さえるのは大変なのだろうな。
そう思っていると目の前に座るエリーザから深い溜め息が聞こえてくる。馬鹿にしたような視線を自分の兄に向けるのは少しだけ面白い。
「本当に不躾な兄で…。嫌な気分にさせていますよね」
「エリーザ嬢が謝る事ではない。ただ視線が気になって話に集中出来ないのだ」
ルドヴィッグ殿の殺意の篭った視線が気になる。
顔が赤いのは上手く誤魔化せたがこれではエリーザとゆっくり話が出来ない。
「見えないように壁でも作りますか?」
「いや、そこまでしなくても良い」
「そうですか?」
嫌いな相手に気を遣わなくても良いのに。
「出来るだけ気にしないようにする。気を遣わせてしまってすまない」
「さっきから謝ってばかりですね。王子なのですから簡単に謝らないでください。その、反応に困るので…」
私が簡単に謝る相手は限られている。
そう思うとエリーザは既に自分の中で特別な存在なのだろう。
苦笑いで伝えてくる彼女は本当に困った風だ。
これ以上困らせるわけにもいかず「分かった」と素直に返事をした。
また会話が途切れてしまう。
何か話題はないのか。彼女が楽しめるような話題は…。
女性慣れしていないせいか全く話題が思い付かなかった。どうしようかと思っていると彼女から声をかけられる。
「そういえばリアに聞いたのですけどエトムント殿下は剣術が得意なのですよね」
「それなりに得意な方だ。才能は弟の方があるけどな」
自虐気味に伝えるとエリーザは申し訳なさそうな表情を見せた。
言うべき事じゃなかったな。
自分の会話の下手さに呆れていると突拍子もない事を言われる。
「今度、私と勝負して貰えませんか?」
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