幕間9 胸の奥の熱さ※エトムント視点

何故こうなった。

目の前に座る人物の表情を伺いたくて見ると目が合う直前で逸らされてしまう。

やはり嫌われているのか…。

今はビューロウ伯爵令嬢とのお茶会の最中。

どうして彼女とお茶会をする事になったのかというと陛下の無茶振りのせいだ。

どうやら私と彼女の噂が落ち着きを見せ始めたのが原因らしい。貴族派を牽制する為には私達の噂は必須。噂を焚き付ける為に学園のガゼボにて二人きりで話す事になったのだ。

目論見通り周囲からは私達を見て楽しそうにはしゃぐ声が聞こえてくる。しかし私達の間に流れる空気は最悪なものだ。


「その…」

「は、はい!」


声をかけると勢いよく姿勢を正すビューロウ伯爵令嬢。私と目を合わせたくないのだろう斜め後ろに視線をやっていた。


「すまなかった。こんな事態になってしまって…」


私のせいで何度も迷惑をかけている。

謝罪をするとビューロウ伯爵令嬢は焦ったような表情を作った。


「エトムント殿下が謝る事ではありません。悪いのはこちら側です。ウィザードの政治事情に巻き込んでしまって申し訳ありません」


真面目な人だな。

自分は巻き込まれたのだと言っても良いのに。


「ビューロウ伯爵令嬢が謝る事ではないだろう。気にしなくて良い」

「ウィザード王国の臣下として謝罪は当然の事です」

「真面目だな」

「普通の事だと思いますけど」


普通は嫌な相手とお茶会の席を用意されたら不満気な表情を見せるのに彼女はそうしない。

こちらの失態から出来上がった噂のせいで巻き込まれたのに私を責めたりしない。

王子である私と二人きりになったというのに擦り寄ってこない。

本当に変わった人だ。


「私の知っている貴族のご令嬢は謝罪をしないと思うぞ。むしろ私と二人きりになれて嬉しそうにする」


傲慢で我儘な女に囲まれて育ったせいかそう考えてしまうのだ。

私の答えにビューロウ伯爵令嬢は呆れたような表情を見せた。


「自信家ですね」


思わず本音が溢れ出たという風だった。

慌てて口を塞ぐビューロウ伯爵令嬢には悪いが面白過ぎる。

擦り寄るどころが辛辣な言葉を浴びせてくるとは本当に彼女は変わった令嬢だ。


「本当に君は…変わったご令嬢だな」


笑いながら言うと若干拗ねたような表情を見せてくるビューロウ伯爵令嬢。今にも「褒めてませんよね?」と言ってきそうな雰囲気を身に纏っていた。

それがおかしくてまた笑っていると突き刺すような視線が右側から感じる。そちらを見ればこちらを睨み付けてくる人物と目が合った。

あれはルドヴィッグ殿か?

こちらを睨み付けているのは剣術の特別講師として学園に来ているビューロウ伯爵家の天才騎士だった。

何故かクリストフとエミーリアに押さえ付けられている。


「ところであれが何か分かるか?」

「あれ?」


彼の妹であるビューロウ伯爵令嬢に尋ねれば私の視線を辿ってくれた。

兄の存在を視界に入れた瞬間、彼女は嫌そうな表情を見せる。


「私の兄とリア、クリストフ殿下ですね」

「それは知っている」


有名な三人だ。知らないわけがない。

私が聞きたいのは別の事だ。


「どうして君の兄がクリスとリアに押さえつけられて居るのだ…」

「こちらに来させないようにする為でしょう」


しれっと答えるビューロウ伯爵令嬢から聞かされたのはルドヴィッグ殿が彼女を溺愛しているという話。そして男を近づけないようにしているという話だった。

話を聞いた私は頰が引き攣らせる。


「私は君に近づく男として睨み付けられているのか」

「不躾な兄ですみません。後で叱っておきます」


頭を下げて謝るビューロウ伯爵令嬢に首を横に振る。

ルドヴィッグ殿が私を睨み付けているのは妹を心配しての事。

私も妹を持つ身だ。彼の妹を心配する気持ちはよく分かる。


「いや、構わない。仲が良い兄妹で羨ましいよ。私は弟達と仲良くないからな」


私には二人の異母弟がいる。母親が違う彼らとはあまり仲が良くないのだ。

母親同士の仲が悪いと言う理由もあるが実際はそれだけじゃない。


「私は正妃の子だからゾンネの王太子になれたようなものだ。もし弟が正妃の子であったら選ばれなかっただろうな」


よく分からないがビューロウ伯爵令嬢に秘めた気持ちを聞いて欲しい気持ちになった。

いきなりの重い話。

反応に困っている彼女に「少しだけ話を聞いてくれないか?」と言うと小さく頷いてくれた。


「弟二人はいわゆる天才と呼ばれる人間だ。第二王子は武が、第三王子は学が秀でている。努力で取り繕うしかない私とは違う…」


優秀な弟達は自分達が王太子に選ばれなかった事を悔しがっている。そして秀でた才能を持たず正妃の子であるだけで選ばれた私を嫌っているのだ。


「それは…」

「幼い頃はよく比べられたものだ。辛くて逃げ出そうとした事もある」


優秀な弟達と比べられる事が辛かった。

逃げ出したそうとしたが許されるわけがない。王太子として選ばれた私は努力を続けるしか出来なかった。

どんなに勉学、剣術を鍛えても私には大きな欠点がある。

それは女嫌いだという点だ。


「秀でた才も持たず女嫌いで婚約者も居ない私に臣下達は呆れているだろうな」


自嘲気味に笑う私にビューロウ伯爵令嬢は何も言わなかった。いや、言えないのだろう。


「すまない。こんな話をされても迷惑だったな」


困らせると分かっていても聞いて欲しかったのは彼女から辛辣な言葉を貰いたかったからかもしれない。

私の背中を強く押してくれるような酷い言葉が欲しかったのかもしれない。

酷い自我だ。


「いえ…。ただエトムント殿下の気持ちは少しだけ分かりますよ」

「ビューロウ伯爵令嬢?」


動揺したのは彼女が私に同情を見せたから。

普通の令嬢が言うような事を言った彼女に衝撃を受けたのだ。

自分勝手に寄せた期待を裏切られたと思ってしまった。

しかし、それは大きな間違いだった。


「私の周りの人達って凄い人ばかりなんです。家族も友人も…。平凡な私は幼い頃から周囲と比べられて育ってきました。中には辛辣な言葉をかけてくる人も居ました。辛くて逃げ出したくなる事もありましたよ。だから少しだけエトムント殿下の気持ちが分かります」


ビューロウ伯爵家はゾンネでも有名な一族だ。

当主の伯爵は最強の騎士団長、夫人は有名なデザイナー、息子は次期騎士団長と期待されている天才騎士。

じゃあ、娘は?

そういえばビューロウ伯爵令嬢の話だけは聞いた事がなかった。

それに彼女の友人は国内外で有名な完璧と称される侯爵令嬢エミーリア。

才能ある人達に囲まれているビューロウ伯爵令嬢が周りから何も言われないわけがない。


「って…伯爵令嬢如きが烏滸がましいですよね」


悲しそうに笑うビューロウ伯爵令嬢。

王子である私と伯爵令嬢である彼女。

立場の違いがあるのだ。当然かけられた言葉の辛辣さも違う。

それでも私は彼女を烏滸がましいとは思わない。気持ちが分かる以上、思えるわけがないのだ。


「君も辛かったのだろう。烏滸がましいとは思わない」

「エトムント殿下…」

「陳腐な慰めの言葉をかけられるかと思ったが全然違ったな」


ただの同情なら要らなかった。

上辺だけの慰めの言葉を貰っても腹立たしかった。


「君に話したのは正解だった」


予想していたものと違ったがビューロウ伯爵令嬢に話したのは間違いではなかった。


「少しだけ気持ちが楽になったよ、ありがとう」


偶然ではあるがビューロウ伯爵令嬢の隠された一面を知る事が出来た事に嬉しいと感じた。

笑いかけると彼女は驚いた表情を見せた後、いつも以上に優しく微笑む。


彼女の微笑みに胸の奥が熱くなったのは気のせいじゃないのだろう。

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