第16話 勝負について

嬉しそうに笑うエトムント殿下に胸の奥が擽ったくなった。

変な感じだ。

先程とは違った変な空気が流れ始める。


「ビューロウ伯爵令嬢…」

「はい?」

「その、良ければエリーザ嬢とお呼びしても良いだろうか」

「構いませんよ」


別に名前で呼ぶくらいなら普通の事だ。

それに名前呼びの方がより親密な感じを醸し出すので貴族派を牽制するにはもってこいのはず。

おそらくエトムント殿下もそれに気が付いたのだろう。

ふと彼の顔を見ると何故か頰を赤くしていた。


「あの、顔が赤いですけど具合でも悪いのですか?」

「平気だ!」


即答されてしまう。

熱でもあるのかと思って確かめる為に伸ばしかけた手をぴたりと止めた。

行き場がなくなった手を見つめてようやく男性の顔に触れようとするのが間違っている事に気が付く。

エトムント殿下も女に触られるのは嫌でしょ。私ってば何やってるのよ。


「すみません、出過ぎた真似を…」

「あっ、いや…。声を荒げてしまってすまない」

「いえ、エトムント殿下が女性を苦手と知っているのに触れようとした私が悪いのです」


兄と騎士団の人間に囲まれて育ったせいかどうも男性との距離感がおかしい部分がある。気を付けようとしているが無意識のうちに貴族令嬢らしからぬ距離の取り方をしてしまうのだ。

他の知り合いはともかくエトムント殿下にはやっちゃ駄目でしょ。


「それで体調の方は本当に大丈夫ですか?先程より顔が赤くなっているような…」

「暑いだけだ」


今日は風もあって涼しい気がするけど彼は顔を赤く染めているのだ。本当に暑いのだろう。

魔法で風でも起こしてあげた方が良いのかしら。


「エリーザ嬢…」

「何でしょうか?」

「その、君の兄からの視線が痛いのだが…」


ふと兄を見ると今にも暴れ出しそうな雰囲気を身に纏っていた。常に余裕綽々なクリストフ殿下まで疲れた表情を見せ始めているし、エミーリアも苦笑いが止まらないみたいだ。

あの馬鹿兄は何をやっているのだと溜め息を吐く。


「本当に不躾な兄で…。嫌な気分にさせていますよね」

「エリーザ嬢が謝る事ではない。ただ視線が気になって話に集中出来ないのだ」

「見えないように壁でも作りますか?」


魔法は物凄く得意というわけではないが目隠し用の壁くらいなら簡単に作れる。


「いや、そこまでしなくても良い」

「そうですか?」

「出来るだけ気にしないようにする。気を遣わせてしまってすまない」

「さっきから謝ってばかりですね。王子なのですから簡単に謝らないでください。その、反応に困るので…」


今更過ぎるような気がするが友好国の王子に謝らせるのは良くない事だ。

苦笑いで伝えると「分かった」と返事を返された。

会話が途切れてしまう。

何か話題を探さないと、と思い付いたところで先日のエミーリアの言葉を思い出す。


「そういえばリアに聞いたのですけどエトムント殿下は剣術が得意なのですよね」

「それなりに得意な方だ」


才能は弟の方があるけどな。

そう続けるエトムント殿下に胸がちくりと痛む。振る話題を間違えたかもしれない。早々に切り上げて別の話題を振った方が良いだろう。


「今度、私と勝負して貰えませんか?」


この返事は女として間違いだ。

どうしてこんな事を言っちゃったのよ。

エトムント殿下のように暑くなったわけではないが汗がだらだらと流れ始める。

大きく見開いた目を次第に緩めるエトムント殿下。


「構わないが手加減出来るほど器用ではないぞ」

「じょ、冗談ですよ」


揶揄うように言われて睨み付けながら返事をする。

お転婆な部分が残っている私でも流石に王子と勝負しようとは思わない。

冗談だと分かっていたのだろうエトムント殿下は余裕あり気な表情で「だろうな」と返してくる。


「勝負しようとは思っていません。ただエトムント殿下の剣の腕が気になります」

「私の?」

「はい。いつか見せて……」


って私は何を言おうとしているのよ。

見せてください?見せて欲しいです?

散々酷い態度を取っておいてどの口が言えるのだろうか。


「やっぱり何でも…」

「見せるのは構わないがどこで見せたら良い?クリスと勝負でもしようか?」


遮るように言われてしまう。

王子同士の対決。

見たい気持ちもあるけど観客の数が凄まじい事になりそうなので却下だ。


「それは流石に目立ってしまいますよ」

「それもそうだな。では、ルドヴィック殿はどうだ?」

「ルド兄様と?やめておいた方が良いですよ、あの人は強過ぎます」


エトムント殿下と勝負となったら兄は間違いなく本気を出すだろう。怪我をさせてしまう恐れがある。

それに下手したらクリストフ殿下と戦うよりずっと目立ってしまう可能性が高いので却下だ。

暗に勝てないからやめておけという私の返事が癪に触ったのかエトムント殿下は不満気な表情を見せた。


「折角の機会だ。ルドヴィック殿と勝負させて貰おう」

「兄が相手でも目立ってしまいますから…」

「剣術の授業中にやれば良い。あの人は今特別講師なのだから勝負しても不自然ではないだろ」


授業中だと私は見れない。

いや、見ようと思ったら教室の窓から見れるけどまた教師に怒られるのは勘弁願いたい。


「そ、そもそも剣の腕を見せて貰う必要は…」

「見たくないのか?」

「見たいですけど無理して見せて貰わなくても…」

「私は見て欲しい」


兄に勝てないと言われたのがそんなに嫌だったの?

だから王子の矜持にかけて兄を打ち負かす機会が欲しいとか?

なきにしもあらずな話だ。

そう考えると失言で焚き付けてしまった私に責任がある。


「授業中だと私は見れませんよ」

「教師に言って特別に許可を貰おう」

「そこまでして頂かなくても。兄に勝てないみたいに言った事は謝りますから…」

「私はルドヴィック殿と戦いたいのだ」


そこまでして兄と戦いたいのか。

ここまで来ると純粋に強い人と戦いたいだけという線も出てくる。

私に剣の腕を見せるのはただの口実かもしれない。


「で、ですが、兄がエトムント殿下と戦うか分かりませんよ」


昨日叱られたばかりなのだ。

兄がクリストフ殿下の前でエトムント殿下と勝負するとは思わない。


「エリーザ嬢の名前を出せば誘いに乗ってくるだろう」


兄が私を溺愛している話はしている。私の名前を出せば兄を簡単に誘い出せると思っているのだろう。確かにあの馬鹿兄だったら簡単に誘い出されそうだ。

どうやって止めるべきだろうかと考えたところで視界に映ったのは兄を押さえ付けるクリストフ殿下だった。


「く、クリストフ殿下が勝負を許可するなら見てみたいです」


昨日の様子からしてクリストフ殿下だったら反対してくれそうだ。

王子同士だし、止めても角が立たないだろう。


「クリスの許可か。分かった、取るようにしよう」

「無理しなくても良いですからね」


エトムント殿下の剣の腕は本当に気になるが無理に兄と勝負して怪我をされるのは絶対に嫌だ。

彼に傷付いて欲しくない。


「エリーザ嬢に良いところを見せたいからな。ルドヴィック殿には勝たせて貰おう」


また胸の奥が擽ったくなったような気がした。

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