第15話 胸の奥の擽ったさ

気不味い。

目の前に座る仏頂面の顔をちらりと見るが目が合う直前で避けてしまう。

今は昨日クリストフ殿下に頼まれた通りにエトムント殿下とお茶会をしている最中なのだ。

クリストフ殿下の目論見通り周囲にいる人達からはきゃっきゃっと楽しそうな声が聞こえてくるが私達二人の間に漂っている空気は最悪なものであると言える。


「その…」

「は、はい!」


声をかけられて反射的に姿勢を正す。

まともに目を見れないので彼の斜め後ろに向けた。


「すまなかった。こんな事態になってしまって…」

「エトムント殿下が謝る事ではありません。悪いのはこちら側です。ウィザードの政治事情に巻き込んでしまって申し訳ありません」


謝ろうと思っていた事を謝るとエトムント殿下は柔らかく笑った。


「ビューロウ伯爵令嬢が謝る事ではないだろう。気にしなくて良い」

「ウィザード王国の臣下として謝罪は当然の事です」

「真面目だな」

「普通の事だと思いますけど」


迷惑をかけたら謝るのは当然の事よね?

ここに居るのが私じゃなくても謝ると思うけど。


「私の知っている貴族のご令嬢は謝罪をしないと思うぞ。むしろ私と二人きりになれて嬉しそうにする」

「自信家ですね」


思わず本音が溢れ出た。

彼の容姿の良さ、立場を考えれば普通の貴族令嬢は喜ぶに決まっている。

慌てて口を塞ぐがもう遅い。不機嫌になっていないだろうかとエトムント殿下を見ると何故かお腹を抱えて笑いを堪えていた。


「本当に君は…変わったご令嬢だな」


くすくすと笑いながら言われる。

変わったご令嬢って褒めてないでしょ。

ただ普通と変わっているのは否定出来ないので反論しようがないし、機嫌を損ねなくて良かった事を喜ぶべきなのだろう。


「ところであれが何か分かるか?」

「あれ?」


エトムント殿下の視線を辿るとそこに居たのはクリストフ殿下とエミーリアに取り押さえられている兄だった。

不機嫌丸出しの表情でこちらを、エトムント殿下を睨み付けている。

不敬罪も良いところだ。


「私の兄とリア、クリストフ殿下ですね」

「それは知っている」


有名人三人組だ、説明する必要はなかった。

そもそもエトムント殿下が聞きたいのはそういう話じゃないのだろう。


「どうして君の兄がクリスとリアに押さえつけられて居るのだ…」

「こちらに来させないようにする為でしょう」


兄が私を溺愛している事、男性を近づけさせる事を良しとしていない話を簡単に説明するとエトムント殿下は頰を強張らせた。


「私は君に近づく男として睨み付けられているのか」

「不躾な兄ですみません。後で叱っておきます」

「いや、構わない。仲が良い兄妹で羨ましいよ。私は弟達と仲良くないからな」


悲しそうに呟くエトムント殿下。

ゾンネ王国には三人の王子と一人の王女がいる。

第一王子エトムント殿下と第一王女は正妃の子で、第二と第三王子は側妃の子だったはず。

正妃と側妃の仲が良くない事は世界的に有名な話だ。子供同士の仲に亀裂が入っていてもおかしくはない。


「私は正妃の子だからゾンネの王太子になれたようなものだ。もし弟が正妃の子であったら選ばれなかっただろうな」


これは聞いても良い内容なのだろうか。

反応に困っているとエトムント殿下は「少しだけ話を聞いてくれないか?」と苦しそうに言った。

話して彼が楽になるならと頷く。


「第二王子は剣の腕が、第三王子は魔法の腕が秀でている。努力で取り繕うしかない私とは違って弟達は天才と呼ぶに相応しい人間だ」

「それは…」

「幼い頃はよく比べられたものだ。出来損ないだと罵られる事もあったし、正妃の子でなければ良かったと蔑まれた事もある。それが辛くて逃げ出そうとした事もあった」


ああ、この人は私と似ているのね。

ただ一国の王子である分きっと私より辛い目に遭ってきたはずだ。

劣等感に苛まれ苦しい思いをしながらも血の滲むような努力を続けて今に至るのだろう。


「秀でた才も持たず女嫌いで婚約者も居ない王太子に臣下達は呆れているだろうな」


自嘲気味に笑うエトムント殿下に何も言う事が出来ない。

慰めの言葉をかけるべきなのだろうがそれで彼の心が癒やされるとは思わない。むしろ傷つけてしまう可能性があると分かるからだ。


「すまない。こんな話をされても迷惑だったな」

「いえ…。ただエトムント殿下の気持ちは少しだけ分かりますよ」

「ビューロウ伯爵令嬢?」


彼だけに語らせるのは不公平だと思った。

ただこれは建前であって本当は私の話も聞いて欲しいだけなのだ。


「私の周りの人達って凄い人ばかりなんです。家族も友人も…。平凡な私は幼い頃から周囲と比べられて育ってきました。中には辛辣な言葉をかけてくる人も居ました。辛くて逃げ出したくなる事もありましたよ。だから少しだけエトムント殿下の気持ちが分かります」


私の話にエトムント殿下は目を大きくさせて驚いた表情を作った。


「って伯爵令嬢如きが烏滸がましいですよね」


王子のエトムント殿下と伯爵令嬢の私。

立場が違い過ぎるのだ。今更になって知ったような口を聞いてしまった事を後悔する。

謝ろうと口を開くが先に声を出したのはエトムント殿下だった。


「君も辛かったのだろう。それを烏滸がましいとは思わない」

「エトムント殿下…」

「てっきり陳腐な慰めの言葉をかけられるかと思ったが全然違ったな」

「慰めの言葉をかけられたら貴方の矜持に傷を付けてしまうと思って…」


言葉を返すとエトムント殿下は「その通りだ」と言う。

下手に慰めようとしなくて良かった。


「君に話したのは正解だった。少しだけ気持ちが楽になったよ、ありがとう」

「い、いえ…」


どこか嬉しそうに笑うエトムント殿下。

初めて見るわけでもない笑顔なのに胸の奥が擽ったくなった。

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