第34話 婚約者へ

「リア、緊張してるのか?」


夕日が差し込む王城の長い廊下。隣を歩くクリスから尋ねられる。


「するに決まってるでしょ。談笑する為に来たわけじゃないのだから」


クリスと婚約する為に来ているのだ。

苦笑すると腰を抱き寄せられて「そうだな」と笑われる。


「それにしても学園での騒ぎがすぐに収まって良かったよ」

「無理やり収めさせた、の間違いでしょう」


あの後すぐに学園での騒動は落ち着きを見せた。

私を責め立てた三人組は謹慎処分を言い渡されたそうだ。

特に暴力を振るわれたとかではないですし、私としても穏便に済ませられて良かったと思うのですけど。

私が抱えている問題点はそこじゃない。


「人前でキスするなんて非常識だわ」

「結婚式の時は人前でするんだから…」

「初めてのキスだったのよ!」


もっと特別な感じでしたかった。

いや、ある意味で特別な感じだったけど。おそらく一生忘れる事ない体験だ。


「そ、それは悪かった」

「本当に悪いと思ってるの?」

「思ってるよ。ただ他の奴らにリアは俺の婚約者だと教えられて良かったとも思っている」


婚約が発表されたら自然にみんな知る事だと思うのだけど。それに見世物のようなキスはやめてほしかった。

あの後クラスメイトに揶揄われて大変だったのだ。

一番揶揄ってきそうなエリーザはエトムント殿下との噂のせいでそれどころじゃなさそうだったけど。


「着いたな」


大変な思いをしている友人の事を考えていると陛下達の待つ部屋の前に到着していた。

ここの部屋は前に元婚約者様との婚約破棄計画を立てた時に使用させてもらった部屋だ。

まさかこんな形で足を運ぶ事になるとは。

当時の私は思いもしていなかった。きっとあの時の自分に教えてあげても信じないだろうけど。


「さぁ、中に入ろう」

「ええ、そうね」


部屋の中に入ると手前側のソファに私の両親が、奥側の席に陛下と王妃様が座っていた。

クリスの話によれば陛下達は大はしゃぎだったらしいので、彼らの目が輝いて見えるのは気のせいではないのだろう。


「待っていたぞ」

「お待たせ致しました」


軽く挨拶をしてから向かうのは両親の間だ。クリスも陛下達の間に座っている。

改めて向かい合うとかなり緊張してしまう。


「リア、そこまで緊張しなくても良いのよ」

「は、はい…」


王妃様に声をかけられるが緊張するに決まっている。


「リア。我が息子クリストフを選んでくれた事感謝するぞ」

「は、はい」


本当なら選べる立場じゃないんですけどね。

勿論、感謝されるような事でもない。

むしろ選んでくれて感謝するのは私の方だろう。


「私のような者を選んで頂き誠に感謝致します」

「まぁ!そんな謙遜しなくても良いのよ!」

「うむ、気にする事はない」


気にしますよ。

助けてもらおうと両親の顔を見ると母は笑顔、父は厳しい顔付きをしていた。

もしかして父は今回の婚約に反対なのだろうか。


「では、早速婚約を…」

「その前に殿下にお尋ねしたい事がある」

「お父様?」


婚約書類の準備をさせようとする陛下の言葉を遮ったのは父だった。

相変わらず厳しい顔付きのまま睨み付けるのはクリスだ。それに臆する事なく見つめ返すクリスは「構わない」と言葉を紡ぐ。


「殿下は娘を、エミーリアを幸せにするはありますか?」

「無論だ」

「絶対に娘を裏切らないとその名に誓えますか?」


流石に失礼だと止めようとするが私の口を塞いだのは母だった。振り向けば「しーっ!黙って見ていなさい」と小声で言われてしまう。

黙って見ていなさいと言われても、これではまるで父が婚約に反対しているように見えるじゃないか。


「クリストフ・フォン・デッケンの名に誓ってエミーリア・フォン・ホルヴェークを裏切らないと、幸せにすると誓おう」


名に誓うというのは命を賭けるに等しい行為だ。

たとえ王族であろうと破れば罰を受ける対象となる。

それなのにあっさりと誓いを立ててしまうクリスに目を見開いた。

クリスをじっと見つめていた父の表情が柔らかいものとなっていき、最後は微笑んだ。


「それならば私が反対をする事はありません。どうか娘をよろしくお願い致します」


後ろから私の口を塞ぐ母に「リアが二度も裏切られないか心配していただけなのよ、責めないであげて」と言われてしまう。

私の為にやってくれたのは分かるが心臓に悪過ぎる。

ホッと息を吐いている間に机の上に書類が並べられていく。


「では、こちらに署名と捺印を」


この書類に名前を書くのは二度目だ。

ただ違うのは婚約者の名前のところだけ。

それだけの違いなのに緊張も、胸の温かさも違う。

丁寧に名前を書き、魔力を込めればホルヴェーク家の紋章が浮かび上がった。

残り数枚の書類にも同様の事をしていく。

全てに私とクリスの名前が刻まれると陛下と王妃様は満足気に笑った。


「これで二人の婚約は成立だ。改めてよろしく頼む」

「こちらこそよろしくお願い致します」


陛下の言葉に頭を下げると両親も続いて頭を下げていく。

顔を上げれば優しく微笑む愛しい人がいた。


「リア、一生大切にする」

「私も一生大切にするわ」


まるで結婚式の誓いのような言葉が部屋に響いた。


**********


婚約者争奪戦編はこれでおしまいです。

次はエリーザとエトムントの二人がメインの話となります。

基本的にはエリーザ視点で話が進みます。

引き続き宜しくお願いします。

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