第32話 キスは突然に

唐突に現れたクリスによって目の前の三人は顔色をさらに悪くさせた。


「く、クリストフ殿下…。あの、これは違うのです…」


三人組の中心にいた子爵令嬢がクリスに声をかける。しかし彼は声を聞かなかったかのように三人を無視して私と向き合った。


「リア、大丈夫?変な事されてない?」

「何もされていないけど…貴方の事を悪く言われたわ」


私を悪く言う事は何もされていないの範疇だ。

不味いとは思ったけど、気にしてはいない。


「だからあんなに怒っていたのか。リアは俺が好きなんだな」


嬉しそうに笑うクリスに申し訳ない気持ちが溢れ出てくる。私の噂のせいで彼が貶されてしまった。

やっぱり私は彼の隣に立つべきじゃないのかもしれない。

暗い考えが頭の中を支配し始めるのと同時に両頬に軽い痛みが走った。クリスが抓っているのだ。


「リアが何を考えているのか想像出来るけど、離れる事は許さない。昨日言ったはずだ」


離す事は出来ないと言われた。私と離してほしくないと伝えた。

でも、クリスが悪く言われるくらいなら私は。


「昨日の今日で離れようとするとは……罰が必要だな」

「クリス……んっ…」


腰に腕を回されて、全身がくっ付いたのと一緒に唇に柔らかなものが触れた。

経験はないけど、何が触れたのか分からないほど鈍感ではない。

しばらく禁止と言ったのに。

こんな人が大勢いる前でキスするなんて…。


「んんっ!」


クリス越しに見えたのは「へぇ」と楽しそうな声を出すエリーザと焦った様子のエトムント殿下の並ぶ姿だった。

恥ずかしくなってどんどんと胸を叩いてみるが角度を変えて余計に密着されてしまう。

触れ合うだけの長いキスが終わり、体の力が抜けた。縋り付いたのは目の前に立つクリスだ。

彼は私の体を抱き締めたまま絡んできた三人組の方に振り向く。


「エミーリア・フォン・ホルヴェーク侯爵令嬢は本日付けで僕の婚約者となる。誰であろうと彼女を愚弄する事は認めない。当然くだらない噂も禁止とする」


クリスの言葉に周囲で見守っていた人達が騒つき始める。

婚約者となるって私も初耳なのですけど…。


「あの本日付けって…」

「はしゃいだ俺の両親のせいだ。今日の放課後、王城で両家の顔合わせと婚約書類への署名と捺印を行う事になっている」


昨日の今日で婚約者になるって急に決めて良いのかしら。

しかし陛下達が許可するなら咎められる人はいないだろう。

それに私もクリスと早く婚約出来るなら嬉しい。

二人で笑い合っていると叫び声を出す人がいた。


「ふざけないでください!」

「クリストフ殿下、お考え直しください!」

「その女は男を誑かす悪女ですわ!」


私に絡んでいた三人組だった。

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