第31話 噂と怒り

次の日、学園に向かうと問題が起こっていた。


「リア!」


馬車を降りた私に駆け寄ってきたのはエリーザだった。


「リーザ、おはよう。慌ててどうしたの?」


焦った表情の彼女に首を傾げると腕を引っ張られる。

周囲からの視線が痛いのは何故だろうか。

連れてこられたのはいつものガゼボ。半ば無理やり椅子に座らせられて肩を強く掴まれた。


「リーザ?どうしたのよ?」

「大変な事になってるの!昨日のデート対決が学園の生徒に見られていたみたいで結構噂になっているのよ」

「なっ…」

「噂のせいでリアの悪い噂が流れまくりよ。二人の王子を誑かしてるとか、他にも男がいるとか、その、既に処女じゃないとか……」


そういえば、ここに来るまでの間に聞こえてきていたのは私の陰口だったような。

一応変装はしていたけどバレていたらしい。

非常に不味い事態だ。

どうするべきか考えていると私達を追いかけてきたのか三人の女生徒がこちらに向かってくるのが見えた。


「厄介なのが来たわね」

「あの子達は…?」

「エトムント殿下に言い寄ってフラれていた子達ね」


こちらを睨み付けてくる三人は元々私に良い印象を持っていないご令嬢達だった。


「ホルヴェーク侯爵令嬢、ちょっとよろしいでしょうか?」

「リア、相手にする事ないわ。逃げましょう」


エリーザが私の腕を引いてその場を立ち去ろうとするが「逃げる気ですか?阿婆擦れさん」と言われてしまう。私が言い返そうとする前に立ったのはエリーザだった。


「口の聞き方に気をつけなさい。エミーリア様は侯爵令嬢、貴方は子爵令嬢なのよ」

「…っ!そ、それはそうかもしれませんが、その人は男性を誑かしている悪女!阿婆擦れ女ですわ!敬意を払う必要はないはず!」


ハッセル子爵令嬢を阿婆擦れ呼びしていた私が阿婆擦れと呼ばれるとは思わなかった。

ただ二人とお出かけしたというのは事実だ。

どう否定しても悪い方向に進む気がする。


「クリストフ殿下だけじゃ飽き足らずエトムント殿下まで誘惑して!恥を知りなさい!」

「誘惑した覚えはありません」


そもそも最近まで色恋沙汰に疎かった私が男性を誘惑出来るわけがないでしょう。

ちらりと周囲を確認するといつの間にか人集りが出来ており、厳しい視線を私に向けていた。

これじゃあ逃げる事も出来なさそうですわ。


「アルバン殿下の浮気の原因も貴方の男癖の悪さが原因なんじゃないの?」


どういう考え方をしたらそういう話になるのだろうか。

彼女達だってあの会場にいたのだ。明らかに元婚約者様に非がある事は分かっているはず。自分の都合の良いように真実を変えないでもらいたい。


「クリストフ殿下も見る目がないわね!こんな阿婆擦れ女を追いかけちゃって!」


今、なんて言った?

クリストフ様の、クリスの悪口を言ったの?


「本当にあのお方が王太子で良いのかしら」

「国王となられるならもっと見る目を養って頂きたいですわ」


何故、何も悪くないクリスが悪く言われなくてはいけないの?

彼女達はエトムント殿下を好いている。だからこそ平気な顔でクリスを悪く言えるのだろう。

許せない。私の事はどれだけ悪く言われても構わない。でもクリスを悪く言う事だけは絶対に許せない。


「ちょっと貴方達、言って良い事と」

「リーザ、ちょっと下がっていなさい」

「………程々にね」

「分かっているわ」


私の怒りを感じたエリーザは頭を下げて一歩後ろに下がった。

入れ替わるように今度は私が前に出る。

クリスを悪く言っていた馬鹿三人の顔色が悪くなっていく。

私からの威圧が凄まじいからだろう。


「今クリストフ様を悪く言ったわね?」

「そ、それは…」

「私の事は別にどう言われても良いわ。でも、クリストフ様を悪く言う事だけは絶対に許さない」


威圧を強めれば保有している魔力が弱い彼女達は簡単に跪いた。

恐怖で体が震え、今にも吐きそうな顔色をしている彼女達を冷たく見下ろす。


「どう育てられたら自国の王太子殿下を愚弄出来るかしら。クリストフ様の人を見る目は確かなものだと貴女達も知っているはずなのに、どうして悪く言えるのかしらね」

「そ、れは…あなたの…」

「黙りなさい。クリストフ様は幼少期より厳しく育てられてきた。この国の王に相応しい人なのよ。たかだか侯爵令嬢との噂一つで悪く言われるような方じゃないの。発言を撤回しなさい」


本当は分かっている。

私のせいでクリスが悪く言われているのだと、わたしに彼女達を叱りつける権利はないのだと分かっているけどそれでも彼を悪く言ったこの人達を許せない。

怒りに身が焦がれそうになった瞬間だった。

誰かに後ろから優しく抱き締められる。

ふんわりと香った匂いは大好きな人のものだった。


「リアが怒るのはいつも俺の為だな」


振り向けば優しく笑う愛しい人がこちらを見つめていた。


「クリス…」

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