第26話 馬鹿な人
「デート対決は私の負けだな」
エトムント殿下が小さく呟いた。
そういえばお出かけに誘われた際に対決と言っていた気がする。
言われてから思い出すとは自分にとってはあまり重要なものではなかったのだろう。
酷い人間だと言われても勝ち負けの線引きが不明瞭な対決を重要視出来るわけがないのだ。
「僕の勝ちってわけでもないけどね」
苦笑で返すのはクリストフ様だった。
「そもそもどうやったら勝ちなのですか?」
「リアに好きって言ってもらえたらかな」
「ああ、俺は振られたからな。完敗だ」
当たり前のように勝ち負けについて話す二人。
それってつまり私が審判って事よね。審判がルールを理解出来ていないのだからやっぱり対決になっていないじゃない。
「敗者は下がる事にしよう」
「あ、それなら孤児院の子達を紹介しますよ」
「いや、それは後で良い。私の事よりもそっちの相手をしてやってくれ」
エトムント殿下が視線を向けたのはクリストフ様だった。
早く紹介してあげたいのに。
そう思うがエトムント殿下から「少しだけ一人にさせてくれ」と言われてしまう。
一度孤児院を出て行く彼の背中を見つめていると頬を突かれる。
「それは淑女にやる事じゃないわよ、クリス」
「意外と柔らかいな」
私の頬を突く犯人を睨み付けると楽しそうに笑われる。
柔らかいと言われますが別に太っていません。
むしろ二、三ヶ月前より痩せました。気苦労が多かったせいです。
そんな事を考えていると頬を突いていた手がゆっくりと降りていく。
「ねぇ、リア。今からでも俺を勝たせてくれないか?」
そっと持ち上げた手にキスを贈ってくるクリストフ様。見れば意地悪く微笑む彼と目が合った。
むっとした気分になるのは対決に勝ちたいから私の気持ちが欲しいと言われてるみたいだからだ。
「嫌です」
「やっぱり駄目か」
けらけらと笑うクリストフ様に苛立ちを覚える。
全くこっちの気も知らないで。
私の手を握っていた大きな手を勢いよく引っ張ってみる。うわっと情けない声を出しながら傾く彼の耳元で悪戯に囁いてあげた。
「対決がなかったらすぐにでも伝えたのに、馬鹿な人ね」
何を、とは言わなくても察しの良い彼なら分かってくれるだろう。
離れるとクリストフ様は口を塞ぎ真っ赤な顔をする。
「り、リア、それって…」
「内緒です」
唇の前に指を立てて、意地悪く笑ってみせた。
普段振り回されているお返しだ。
「……くそ、対決なんてするんじゃなかった」
心底悔しそうな声が庭に響いた。
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