第5話 逃がしてもらえない

王妃様主催のお茶会から数日後エトムント殿下が学園に転入してきた。

隣国の王太子という事もあって女生徒達は落ち着かない様子だ。しかし誰も声を掛けない。

近寄ろうとするだけで威嚇するような人間に進んで近寄ろうとする人なんて居ませんからね。


「あっ、噂のエトムント殿下だ」


食堂で昼食を摂っていると目の前にいたエリーザが私の後ろを見ながら呟く。

振り返ると入り口近くに立つエトムント殿下が目に入った。そして彼の隣にはクリストフ様がいた。

二国の王太子が仲良しなのは臣下として嬉しく思う。

しかし個人的には避けたい場面だ。


「リーザ、私は先に戻るわ」

「え?どうしたの?」

「クリストフ様と会いたくないのよ…」


エリーザにはクリストフ様から縁談を申し込まれている事を話しているので彼を避けている事情を分かってくれている。

エリーザは呆れた表情を向けてきた。


「例の件、受けたら良いじゃない」

「しばらくの間は独り身で居たいのよ」


元婚約者様バカのせいで私の時間は多く失われた。

貴族の令嬢である以上いつかは結婚しなければならないのは分かっているけど学生の間くらいはのんびりと好きな事をして過ごす時間を持っても許されるだろう。


「とりあえず私は先に行くわ」

「リア、どこに行くのかな?」


立ち上がった瞬間、後ろからよく知っている声が聞こえてくる。

逃げたい。振り向かずに帰りたいわ。

目の前にいるエリーザは楽しそうにこちらの様子を眺めている。彼らが来ている事に気が付いていたのにわざと教えなかったのだろう。

酷い親友だ。


「ご機嫌よう、クリストフ様、エトムント殿下」


振り向いて淑女の礼をする。

挨拶したから帰っても良いはず。

そう思うが許してくれないのがクリストフ様だ。道を塞ぐように立って眩しい笑顔を見せてくる。


「折角の機会だ。一緒に食べよう」

「私はもう済みましたので」

「まだ残っているけど?ちゃんと食べ切らないと食堂の人が悲しむよ」


痛いところを突いてくる。

実際お皿にはおかずが半分以上残っている。

お腹がいっぱいになったわけじゃなくクリストフ様から逃げようとしたからだ。


「リア、座って」


わざわざ椅子を引いて催促をしてくるクリストフ様に頰が引き攣った。そして彼の後ろに立つエトムント殿下の眼光が凄まじいし、エリーザは相変わらず楽しそうに笑っている。

混沌とした空気の中、私はお辞儀をする。


「あ、ありがとうございます」


王太子殿下のご好意を無碍にするわけにも行かず大人しく席に着いた。

私の隣にクリストフ様、彼の前にはエトムント殿下が座る。

あれ?エリーザは?


「私はお先に失礼致します」


いつの間に食べ終わっていたのかトレーを持って立ち去っていく薄情な友人に頭が痛くなった。

この状況どうすれば良いのかしら…。

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