第37話 婚約を白紙に
驚いて固まっている私に駆け寄ってきたのはクリストフ様だった。転がる阿婆擦れを無視した彼は満面の笑みで私の前に立つ。
「クリストフ様…?どうされたのですか?」
名前を呼び、尋ねると残念そうに眉を下げるクリストフ様に首を傾げる。彼の奥には立ち上がる陛下の姿が見えました。
「皆。色々と問題があったがそろそろ楽しいパーティーを始めよう」
陛下の声に皆が喜び、端で縮こまっていたオーケストラは演奏の準備を始める。
気絶した阿婆擦れさんと失意のあまり座り込んでいたお馬鹿さんは衛兵によって連れ出されて行った。
その様子を眺めているとクリストフ様から手を差し出される。
「リア、ファーストダンスは僕と踊ってもらえるかな?」
「ですが…」
婚約を白紙に戻したばかりで元婚約者の兄と踊るのは世間的に見ても良くないと思うのだけど。
誰か助けてくれる人はいないかと周りを見ると親友エリーザと目が合った。
口パクで助けてと言ってみるが彼女は揶揄うような笑顔を見せてくるだけ。
まるで「面白いもの、期待してるわよ」と言い出しそうな彼女に頭が痛くなる。
「リア、婚約が白紙になった令嬢に対するお祝いだと思って踊ってよ」
周りからの視線が痛いのですが…。
きっとクリストフ様に誘われたかった令嬢達の視線ですよ。嫌ですね。
「ほら、周りだって僕達が踊るのを期待してるよ?」
これが期待の視線だと感じられる精神力を分けてほしいですわ。
そう思っても王子からの頼みを断れるわけもなく手を重ねてダンスを始める。
そういえばクリストフ様と踊るのは久しぶりね。
「リアとダンスを踊るのは久しぶりだね」
「同じ事を考えていました」
「あの頃は僕をクリスと呼んでくれていたね」
「そうでしたね」
クリスと呼び、親し気に話していた。
愛称呼びをやめて親しくするのを避けたのは彼が王太子となり遠くに行ってしまったような気がしたからだ。
「また呼んでよ」
「嫌です」
「今だけ、踊っている間だけ」
そんなに呼ばれたいなら婚約者でも作って呼んでもらったら良いのに。
口に出そうとして、言えなかった。
胸の奥がちくりと痛んだ気がしたから。
期待いっぱいの視線に耐えられなくなった私は小さな声で彼の名前を呼ぶ。
「クリス」
「うん」
「だらしない顔になってるわ」
口角が上がり、瞳は緩んで、嬉しそうな気持ちが全身から伝わってくる。
なにが彼をそうさせているのか分からない。
ただひとつだけ。
彼が嬉しそうだと私も嬉しくなってしまう。
「リアも楽しそうだな?」
「ええ。今とっても幸せだもの」
「婚約破棄…いや、白紙に出来たからか?」
それもあるけど、クリスとダンスを踊れているという状況にも幸せを感じている。
でも絶対に言ってあげない。
「そうよ」
「幸せなリアに贈りたい言葉があるんだ」
贈りたい言葉?お祝いの言葉かしら?
ぐっと抱き寄せられて告げられた言葉は──。
婚約者様の婚約破棄の噂を聞いてからずっと仕返してやりたいと考えていた。
そしてようやく叶える事が出来ましたわ。
婚約破棄される前に婚約を白紙に戻せました。
**********
婚約破棄編はここで終わりです。
次回からは婚約者争奪戦編に移ります。
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