第二話 潜入当日

そして訪れる三日前の朝。

煙の街に侵入した初めての日だ。


天気は曇り。今にも豪雨が降り出しそうな、怪しげな雰囲気の空模様である。


「うっひゃあ。こりゃ酷い」

口笛を吹いて、旅人さんの後ろ遠くを眺める神秘さん。

天候の悪さも中々だったが、それよりももっと酷いモノがすぐ近くに晒されていた。

「ありゃ。なるほど、ここに遺跡がある原因はアレか」

起きてすぐに見たのは、神秘さんが見ているものと同じ景色。方角は昨日訪れた、鉄筋コンクリートが剥き出しの街。

あの街が、遠目でも分かるくらいに、様子が昨日と違っていた。

まず、昨日はあったはずの高いボロ建物が無くなってた。そして微かながら、何かが壊れて崩れる音が響いている。

音の感じからして、重いものが崩壊しているようだ。間違いなく建築物だろう。

音がする度に鳥たちが飛び去っていく。

全く、うるさい朝だ。

(これ以上見てても意味無いかー)

もう少し睡眠を取りたかったが、起きてしまった以上は仕方ない。

早速、手短に身支度を始めた。


「準備はいい? 旅人ちゃん」

睡眠もある程度取った。持ち物の点検やその他諸々済ませてある。

「ちょっと眠たいけどね。ホイッ」

「アハッ、ごめんごめん。んー」

旅人さんは拳を神秘さんに突き出す。神秘さんと出会う前、旅の途中で出会った生存者に教えてもらった「挨拶」だ。

神秘さんはニィっと笑って、拳を合わせた。何か大ごとの前には、意気込みを入れるために必ずこうやって拳の挨拶を交わす。

挨拶を終えて、ボロボロのリュックを背負って、早速歩き始める。

「煙の街。わーかるマップさんに寄ると、かつての国境にある山脈の中にあって、綺麗な街で地下資源が豊富なんだって」

旅人さんは歩いたまま、左腕のわーかるマップを起動した。煙の街について、わーかるマップが知る範囲で情報を得るためだ。

「知ってるよ。ごめんカンニングしちゃった」

いつの間にかわーかるマップさんが、寝盗られていたらしい。

「ふぅん? じゃ、一人で見てるから、ながらマップ中の私を守ってね」

「あいよー!」

神秘さんに先行させて、旅人さんはその後をついて行きながら、わーかるマップを弄る。


ーー煙の街

前述の通り、国境に位置し、地下資源が豊富だとか。

地底火山が奥深くにあるらしい。よって温泉を掘り当てるのに最適な場所だったと書いてある。

山を掘って地下に広がっていった街で、巨大な洞窟の中にあるのだとか。

かつては温泉ビジネスも流行り、有名だった温泉街があるらしい。もちろん旅人さんは「温泉」を知らない。

無論、初めての温泉を楽しみにしている。

そして何より、人が住んでいた場所であり、わーかるマップの記述にも「この地の煙は侵略者を追い払う役割を持つ」と書いてある。

何故、侵略者を追い払う必要があったのか。

それは今朝の「アレ」を見たら分かる。


(恐らく……。ある年にいきなり現れた『何か』から逃げるように、煙の街が出来たということ?)

「何か」の脅威は、今朝も遠目だが確認できた。

もし、あの鉄筋コンクリート剥き出しの街が、「何か」が暴れたせいで滅んだなら、遺跡煙の街を作った理由も分かる。


窮地に立たされた人類は「戦う」か「逃げる」しかない。戦う方法や逃げる方法、そのどちらにも様々なバリエーションがある。

今回の「煙の街」は「戦う為に逃げた」のか「逃げたけど戦った」のか。真相は闇の中である。


「でっかぁ……」

昨日の拠点を発って、小さな森を抜ける。

すると二人は、山の壁をくり抜いて出来た、地下へと続くと思われる大きな穴の前まで歩いてきた。

洞窟の奥を目を凝らして覗いて見ると、微かに明るく照らされている。

どうやら何かしらの照明が生きているようだ。

「高さは6メートルくらいかな。よく見るとトンネルになってるね」

「へぇ〜」

神秘さんが穴の大きさを大まかに分析する。

(6メートルの高さかぁ)

貨物車を通すため、ある程度の高さを保ったのだろう。

下を見れば舗装された道路の面影がある。アスファルトではなく、土の道だ。

よほど急いで逃げてきたのだろうか。


(何はともあれ入って見るべしね)


遺跡に入る前に、まずは取り出せるものを取り出しておく。

ランプ。昔は電池のタイプが流行ったらしいが、時代は一転してロウソクになった。更に資源不足になりロウソクも消え去ってしまう。

今使っているのは、外見だけはランプだが中身は神秘で生やした炎だ。

「火の扱いも上達してるねぇ」

「ハイハイ。ほら、さっさと前に行ってきな」

「冷た〜い」

ブーブー喚くうるさい相棒を先行させ、旅人さんはその後をついて行った。


大穴の中をしばらく進んで行くと、自然に出来たと思われる空洞に出くわした。

天井から水滴が落ちてきて、静かな洞窟内に水の跳ねる音が響く。

周囲はランプが無ければ進むことがままならず、時々生きている灯りが洞窟内を照らしている。


「……暑い」

そしてこれまた厄介なのが、進めば進むほど湿度と温度が高くなる事だ。

気づけば旅人さんはシャツ一枚、神秘さんもお気に入りのジャケットを腰に巻いている。まるで炭鉱夫のような出で立ちだ。

「……おや? 煙が濃くなってきたね。それに出口が見えてきたよ」

「ホントだー」

出口……。というよりも街の入り口に、やっとたどり着くことが出来たようだ。

その証拠に、入り口から入ってくる光のお陰で、もはやランプが無くても歩ける程の明るさだ。

道具を片付けて、早速旅人さんと神秘さんは駆け足で入り口を目指す。


近づけば近づくほど、煙が濃くなり暑さが増していき。


街にようやく入ることができ、そして見たものは。

「ーーおぉ……。た、高いわね」

「こりゃまた、視界が悪かったら落下死だ」

白いモヤが漂う、遥か下方に広がる街。


ーー煙の街だ。


「ゴホッ、け、煙たい……」

「これは……。落ち着いて旅人ちゃん。あんまり吸わない方がいい。湿らせた布で口元を覆うんだ。肺を痛めるよ」

「ええ、ありがとね」

今まで視界の邪魔しかしていなかった煙だったが、ここに来て急に煙たく感じてきた。

そして湿度も急に上がったのか、暑すぎて汗が止ま

らない。

「……こりゃ酷いわね」

旅人さんは言われた通りに、手持ちの布で口元を覆ったまま、改めて落ち着いてから周りを確認した。

よくよく街を観察してみると、所々に赤い液体がある。しかも、それらの一部は街の中に流れている。

「どうやら街の端っこは既に壊れ、マグマが溢れているようだね。アートとして見れば神秘的だが、人にとっては立派な災害だ」

街に入る前、事前に神秘さんが言っていた事を思い出す。


「煙の街。正直、もう人が住むには向いてないと思うよ」


「そうかぁ……」

正直、ガッカリした。久しぶりに人と会えることを楽しみにしていたからだ。

まあ、目の前に広がる街や、周囲の異常な気温を思えば、人が住んでるかどうかなんて大体想像はできる。

「とりあえず降りよう」

人とは会えないかもしれないが、もう1つの目的の為に、二人は街に入らなければならない。

失われた特産物ともいえる、各街や国などの文面が誇るロストテクノロジー。

その神秘の欠片を回収せねばならない。

(くぅ……。さっさと済ませて帰ろ)

二人は壁に沿って作られた道を歩いて、数時間で街に足を踏み入れることとなった。



街に足を踏み入れてから数十分。

意外なことに、街の中はそこまで暑くはなかった。

とはいえ地上に比べて暑苦しいのは変わらないが。

(暑い空気がどこかから逃げてるのかな)

そもそも空気の逃げ道が無ければ、この場所でこの規模の街が作られ、発展する事もなかっただろう。

「……湿度は相変わらずか」

神秘さんは空気を掴む。

試しに真似してみると、掴んだ手の中は若干湿っていた。

(濡れた……)

煙を掴んでも濡れないのは、物知らずの旅人さんでも知っている。

つまり、これが意味指すことは。

「これじゃ煙の街じゃなくて、蒸気の街だね。いや、霧の街かな?」

となると、この街の上は煙、下は蒸気が満ちている。

「確かに……。まあ、この際細かい事はどうでもいいでしょ」

わーかるマップに「蒸気で満ちている」なんて書いては無かったが、知らない事を知れるのも旅の醍醐味だ。

別段、蒸気が障害になってるある訳でもない。

例え霧だろうが蒸気だろうが、旅人さんの歩みは止められないのだ。

「神秘さん、早く行こーーアレ?」


否。前言撤回させてもらおう。


「ーー神秘さん?」

さっきまで隣に居たはずの神秘さんが、何故か居なくなっていた。

これは明らかな異常事態だ。即、辺りを警戒しなければならない。

しかし、流石は旅人さんといったところだろうか。

「……目を離したら直ぐにこれだからなぁ。はぁ〜」

神秘さんは目を離すと、気づけば遠くにいたり、すぐに会えたりする。

なので、「多分大丈夫」と思い込み、旅人さんはそのまま一人で街を歩き始めたのだった。



それから何時間経ったであろうか。

「うわ〜。見たことない街、見たことない看板に文字。これ、なんて書いてあるのかな?」

でっかい独り言を呟きながら、街のあらゆる場所を見て回っていた。

昔は名のあった名店なのか、一際目立つ立て看板があるお店。

狭い道の両サイドに並び立つ、内部が丸見えの造りになっている建物。


そして中でも一際興味を引いたのが。

「な、何これ……」


緩やかな上り坂を歩き、登り続けること数分。

明らかに今までとは違う、大きな大きな建物がどっしりと構えていた。

(結構、街から離れた場所に立ってるのね)

来た道を振り返ると、思った以上に自分が歩いていた事に驚く。

なんせ、街がある程度見渡せる場所まで来てしまったのだ。

「……ここなら神秘さんが探せるかな?」

視界が悪くとも、人っ子一人いない街なのだ。動くものくらいは見分けられる自信がある。

それに、神秘さんの方から旅人さんを見つけられるかもしれない。

そう思って、壊れかけの柵に身を乗り出した次の瞬間。


「よっ」


「おわっ、アレっ!? いつの間に!?」

はぐれたはずの神秘さんが、旅人さんの真後ろに立っていた。



「とまあ、こんな経緯だね」

「へぇ〜」

その後、とりあえず軽く状況説明をしてもらった。


神秘さん曰く、あちらも気が付いたら一人になっていたらしく、これがわーかるマップに載っていた「侵入者を追い払う煙」なのではないかとのこと。

その事を思い出した神秘さんは、全力で煙の中に消えた旅人さんの跡を探り、こうして遂に見つけた。


これがざっと説明された、一連の流れだ。

「……で。これは何?」

「コレ? もちろん、僕と旅人ちゃんが離れないようにだよ」

てなわけで、神秘さんは先程からずっと手を握ってくるのだ。

旅人さんは自分の右手を持ち上げて、ちょっとばっかしの言い訳をする。

「だからって手を握られるのは嫌なんだけど。首輪じゃ駄目なの?」

「ハハッ……。流石の僕でも首輪は嫌だなぁ。まあ、これが最善策だと思うよ?合流するの大変だったんだから」

まあ確かに、はぐれてから再会するまでの時間を考えると、再びはぐれるのは面倒だ。不測の事態がいつ起こるのかも分からない。

「はぁ……。ほら、何でもいいから取って」

でも流石にこれは耐えれない。しかも神秘さんの左手が何故か湿っていて、汗なのか蒸気なのか分からないので余計に気持ち悪い。

なので、旅人さんは背中のリュックを神秘さんに漁らせる。

言われるがまま、神秘さんは適当な布を取り出した。

「これで手と手を繋げれるでしょ?」

「緊急の策としては悪くないかな」

旅人さんの右手首と神秘さんの左手首を、布で繋いでドッキングする。

これでやっと探索も始められるわけだ。


「よーし、それじゃ神秘さん。早速、目の前のコレに入ろう!」

「ん? これは……ふふふ、いいね」

神秘さんは何やら悪い企みをする顔をしているが、そこは敢えてスルー。構わなければ問題無い。

初めて見る物が多い中、これまた一際目立つ物を見つけたのだ。調査しなくてどうするのだ。

「ひゃっほーーい」

旅人さんは神秘さんを引っ張る形で、大きな木造建築物の中に突入したのであった。

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