第一章 煙の街
第一話 潜入前日
煙の街。聞いた話では、滅んだはずの人間がまだ生活していて、何やら面白い神秘に満ち溢れていると。
「はぁ……はぁ、は、走れっ! 頑張っれ私!」
何が神秘だ。何が満ち溢れているだ。せっかく貴重な人生を使ってやって来たのに、完全に無駄足だ。
「私」こと旅人さんは、銀髪ロングの相棒と、ある目的の為に「煙の街」に訪れていた。
目的とは、この街にあるはずの道具。「煙」をある程度操れるという便利アイテムだ。
そしてもう一つの目的。ウワサ通りなら、この街には人間が住んでいるはず。滅びを免れた人間が。
その二つの報酬を目処に、わざわざ寄り道してまでやって来たのだが。
「大人しくしたらどうなんだ?」
「じゃあ追ってこないでくれないかな!?」
目的の一つだった人間はいた。が、かなり面倒な事になってしまった。街に入ってまだ三日目なのに。
最強の相棒とははぐれ、非力で体力すら無い旅人さん。しかも相手は一人じゃない。完全なる四面楚歌である。
心臓はバクバク、頭もフル回転しながら、旅人さんはひたすら逃げ回っていた。
ーーー四日前の昼。まだ街にすらたどり着く前。
「……瓦礫のにおいだ」
いつも通り、彼女は旅をしていた。
ーーーカツン、カツン。
ーーーピチャン、ピチャッ。
水滴の落ちる音がする。
周りには、コンクリート造りの古い建物が、どれもこれもツタに覆われた状態で放置されている。昨晩の雨の影響で、ツタがみずみずしく輝いている。
時々剥き出しの鉄筋にぶつかったり、不注意で肌を切り裂かれたりする事もある。
「……ふぅ。ねえ、神秘さん。今日はここで休まない?」
神秘さん。
「私」と二年前に、アスファルトの上で寝転がってた所に出会った(拾った?)相棒。昔はウザかったが、今では旅を楽しくする面白い奴だ。
スタイルはまるで完成されたかの様に美しい。
髪は銀髪のロング、瞳も透き通った銀色、服は常にオレンジのジャケットに、ボロボロのポロシャツ。偶に手直ししているらしい。よって長年使われ続けたシャツは結構ヨレヨレだ。
そして所々に古傷があり、今も現役で増え続けている。
戦闘力はずば抜けて高い。どんな人生歩んだらそうなるのか、そもそも本当に人間なのかも分からないレベルだ。本人曰く「神秘を極めた」から「神秘さん」を名乗っている。
神秘さんは少し立ち止まった後、「あー」と申し訳なさそうに旅人さんに伝える。
「いやいやダメだよ旅人ちゃん。僕の見立てだと、ここは明日にはまっさらさ」
「えぇ〜」
肩を落とす旅人さん。
「私」こと旅人さん。髪は短髪で黒色。瞳は碧眼で、性格は「小生意気」。自覚しているが、これが中々直らない。まあ、直すつもりは毛頭無いが。
戦闘力も無い。簡単な技は相棒から教えてもらったが、それでも戦いは無理。でも機転は利くらしい。
「私」は旅人だが、生まれつき体は強くない。
それゆえにかつては、体力も平凡以下であり、日中の活動時間も少なかった。この二年で鍛えたとはいえ、重い荷物を持って歩くにはまだまだ足りない。
そして先程、例の鉄筋に切られた部位が地味にヒリヒリするのだ。
「あ〜〜っ、いっったいなぁ! くぅっ!」
「ああこら、ダメでしょ旅人ちゃん。傷、治してあげるから。掻いたりしないの」
傷を治す。終末世界となる前、つまり以前は大規模な戦争などがあったようだ。
それが人類同士の戦いかも分からないが、その時代には貼るだけで完治する絆創膏とかは無かったと思う。
「ねえ、昔は傷なんて一瞬で治せたの?」
そんな技術力があれば、人間ゾンビアタックが繰り広げられた戦争となっていたに違いない。
同じ事を思っていたのか、何でも知ってるのに敢えて教えてくれない相棒は、突然大笑いした。
「えぇっ!? は、はひ、ははっ!! そんな力あったら、人間ゾンビアタックが……。ひひっ!! 想像しただけで面白いなぁ!」
「あらぁ〜……」
どうやら相棒の、よくわからない笑いのツボを抉ってしまったらしい。
この女、自分の事は「僕」呼びだし、どこか人間離れしてるし、変な古傷はあるし、相変わらず胡散臭い奴だ。
「ちなみにそんな絆創膏はなかったよ」
(まるで見てきたような口振り……。まあ、この際どうでもいいか)
やはり何か事情を抱えてそうで、怪しいのは間違いない。
でも、彼女と二年近く旅をして、学んだことや楽しかったことなど、沢山の思い出を作ることができた。
その大半が終末世界巡り、そして遺跡調査だったが。お陰様で空虚だった人生が満たされそうな勢いだ。
「傷、治ったでしょ?」
「ああうん、あんがと」
傷を治してもらった後、いつも体が全体的に軽くなる。治癒術には体のこりを解す効果でもあるのとろうか。
「うーんっと。なんか体も軽く感じるし、もう少し歩くとしますか」
背中を伸ばして体を伸ばして、気分を入れ替えて。
旅人さんは左手首に巻いたリストバンドに触れた。
すると、どこかの地図と思わしき図面がホログラムとして浮き上がってきた。
コイツは一年前、ある遺跡調査で発掘した。古代人の知恵と結晶が詰まった道具である。
数時間かけて解析した結果、戦争の時に隊の長が巻いていた……。と解析者の神秘さんは仰っている。なんでも特殊な作りで、「衛星」というヤツが無くても地図が出せるらしい。
ともかくコイツは触れるだけで現在地が分かるので、旅人さんの愛用品となったのだ。
旅人さんはこのハイテク道具を「わーかるマップ」と読んでいる。
そして表示された地図によると。
「ここを数キロ歩いた先に、開発中だった街があるみたいよ」
「ふむふむ。探知してみたけど、まあそこなら大丈夫だよ。漂う『力』の濃度も薄いし、『アレ』も湧かないだろうね」
「アレ」や「力」とは、何故か神秘さんだけが感じることができる「何か」らしい。
「魔力」とも「神秘」とも、人によって呼び方が変わる「力」は、濃度によって「怪物」が現れたり、「霊」が出現したりと、終末世界に打って付けの怪異が暴れ回るのだとか。
旅人さん自身、怪物は数回しか見たことないが、ここ最近の出現頻度は増すばかりに思える。
世界を滅ぼしたのは怪物なのか。一時期はそう思った事もあった。
「何してるのー。行くよー」
(いけない、いけない。考える癖が出ちゃった)
深く考え込んでしまうと、その場で立ち止まってしまう。旅人さんの悪い癖だ。
先に進んでいた神秘さんの後を、駆け足で追いかける。
ちなみに余談だが、旅人さんと神秘さんは頭一個と半分くらいの身長差がある。
自分の身長は測った事もないし、そもそも旅人さんにはどうでも良い事だが。
(……今思えば、何でこの女とこんな仲になったんだろ?)
ちょうど二年前を振り返る。
ーー二年前。初めて出会った時のこと。
あの日、見せてもらったモノは、旅人さんの知識欲や好奇心を刺激し、旅人さんが遺跡調査を始め、ある目的の為に行動するキッカケとなった。
そして遺跡、神秘さん曰く「ダンジョン」もしくは「砦」「城」などと呼ばれる場所の中は、旅人さんの知らないモノが沢山詰まっていた。
始めて見た街だったり、道具だったり、化け物だったり。
そいつらを探索、拾う、そして倒して(ほとんど神秘さんがやった)、あっという間に二年が過ぎた。
おかげさまで体力は以前に比べて増えたし、筋肉も付いたし、何より神秘さんに教わった「力」の使い方によって、旅人さんも少しなら魔法まがいの事が出来るようになった。
例えばその一。
人差し指に火の玉を出現させる。
ちなみに旅人さんは水も使える。
「……熱ッ」
「こーら、無闇に力は使わないの。怪我でもしたらどうすんのさ」
「えへへ……。ごめんごめん」
とまあ、この様にレベルに関してはまだまだで、旅人さんの手に会えない怪物は神秘さんが倒してくれる。
本人曰く、「誰も僕には勝てない。これは絶対だ」と最強を公言している。
事実、どんなに巨大な化け物であろうと、神秘さんは瞬殺してきた。瞬殺である。
「おっ。見えてきたね」
「あっらま、思ったより田舎街?」
色々と思い返して歩いていたが、気づけば鉄筋剥き出しの街を抜け出し、例の田舎街にたどり着いていたようだ。
入り口……というより、全体的に作りかけの街のせいで、門とか塀とかが無い。
埋め立てされて放置された土地や畑があったり、作りかけの家や足場だったと思われる鉄棒や板が散乱していたりする。
道路だけは立派に区切られているが、植物が地面を突き破って生えていたり、すでにヒビが入って割れていたりと散々だ。
そして、そんな中でも一際目立つのが。
「こんな所にもクレーターが……」
爆発の跡による巨大なクレーターが、前方数百メートル先にあった。
そこを中心に爆発が起こったせいか、クレーター周りにはもちろん家などは無い。消し炭になったのだろう。
「ま、見てていいモノでは無いよね」
「そうね。それで神秘さん、今日はどこにする?」
旅人さん達一向は、まず遺跡調査を目的に旅をしている。
今いる場所から、あともう少しすれば目的の場所に辿り着くのだが。
遺跡を調査するには大事なモノが必要となってくる。
まず年密な作戦。「わーかるマップ」の地図に乗っている遺跡の情報から、ありとあらゆる場面を想定する。
そして次に大事なのは食料と水。
遺跡内には人が食べて良いものや、飲んでも大丈夫な水があるとは限らない。安心安全な物を予め確保する事が大事だ。
いざとなれば限界サバイバル技術で命を繋ぐしかない。過去にそれで助かった事もある。思い出したくは無いが。
そして最後に。
死の覚悟と生きる覚悟。この二つを持ち合わせる事だ。死んでもおかしくはない、だが生きることを諦めない。根気を強く持って進んだ先に成果はある。
他にも諸々細かい取り決めはあるが、大まかな方針はこの三つだ。
「それじゃ旅人ちゃん。晩御飯は何かな?」
今日は明日に備えて体を休めて準備をする日。
まだ日は昇っているが、準備は時間をかければかけるほど良いものに仕上がっていく。煮込めば煮込むほど上手くなる煮卵のように。
「(ーー閃いた!)って訳で卵が食べたいわね」
「じゃあ鍋にしよっか」
「チッ」
ちなみに卵は、文面が滅んだ今じゃ割と高級食材である。
以前、鶏を偶然拾って育てていたが、夜中に脱走し翌朝。まさかの野良狼に食われたことがあった。超絶トラウマである。
「そんじゃ適当な具材で勝負飯いくよ〜」
神秘さんはカバンから鍋を取り出し、続いてそこらの畑から食べられそうな草を持ってきて、保存してた肉(昨日見つけた双頭の化け物牛のモノ)を取り出し……。
「火。起こして待ってるわね。あの家で」
「あいよ〜」
寒さを感じてきた旅人さんは、大変な作業である火起こしを担うことにした。
時刻は夜。
夜はまだ少し寒く、生き延びる為にいつも通り、二人は適当な空き家に忍び混んで、安全を確保してまったりしていた。
手が冷えてきたので、鍋を熱する火に手を伸ばして、ぬくぬく温まる旅人さんと神秘さん。
「人類は火を使うことを覚えて、急成長したんだよ〜。旅人ちゃ〜ん」
「もう人類滅んだんだけどね」
火で始まった人類の歴史は、長い年月をかけてジリジリと燃え尽きてしまった。
最高の皮肉だなぁと鼻で笑ってると、突然鍋からお湯が溢れ出す。
旅人さんは急いで鍋を火から遠ざけて、そこらの畑に生えてた食えそうな草と、まだヌメってなかったから大丈夫なはずの肉を、それぞれのお椀によそった。
二人で「いただきます」をして、少し微妙だった鍋を食べ終わる。
(あの得体の知れない草。すっげえ不味かったわ)
神秘さんの事なので、流石に魔法なりなんなりで確認はしていたと思うが、もし草に当たったらと思うと気分が悪くなってきた。
「さっさと寝るか」
作戦は頭に叩き込んだ。周りの安全も確認した。
ついでに神秘さんが防音フィルターを展開してくれた。これで「アレ」の騒音から逃れられる。
「それじゃ旅人ちゃん。火、消すよ」
「おうよ」
神秘さんが火に片手をかざすと、一瞬で鎮火した。
一人旅の時は火消し壺で消していたので、なんとまあ便利になったことか。
何重にも着込んだ上で、軽い寝袋の中にくるまる。
「おやすみ、旅人ちゃん」
「ふぁ〜。おやふみぃ……」
明日に備えて二人は就寝した。
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