第25話


「えぇ、我が領地で作られたもので、商人を介して外に販売したものですね」

 穏やかな表情でレオンが素直に答えると、それを聞いたエリックの目がキラリと光る。


「では、その職人を呼べ」

「お断りします」

「……は?」

 エリックの要望にレオンが即答すると、聞き間違いかと思ったエリックが苛立ちを含んだ言葉を吐き出す。


「お前、今なにを言ったのかわかっているのか?」

 正気なのか? とエリックが問いかける。

 自分の願いを考えもせずに一蹴したレオンに対して明らかに苛立ちをあらわにしていた。


「えぇ、もちろんです。エリック様は私の部下が創り出した武器を大層気に入られたようです。そして、その作り手を呼ぶようにおっしゃいました。それに対して、私の答えはお断りします。というものです」

 ここで変に下手に出る必要はないと判断したレオンはニコリと笑顔で答える。


「私がエリック様とお会いするのは、恐らく今回が初めてだと思われます。もちろんエルデローエン家が伯爵家であり、私のシルベリア子爵家よりも身分が上であることもわかっています。しかしながら、こちらも貴族であり、領主を任されています」

 ここまでは笑顔で言うが、スッと表情が変わり、領主として毅然とした態度で目を細めてエリックのことを見る。


「失礼ながらあなたがエルデローエン家の嫡男であられますが、当主ではございません。御父上の威光をかざして下の者に強い態度をとるのはいかがなものなのでしょうか?」

 未だ彼は馬上であり、理由も告げずに職人を呼び出せ、というのは道理が通らない。

 いくら身分が上でも、していいこととダメなことはある。


 若きエリックに対して、彼の無礼をそのままにしておけるほどレオンは非道ではない。

 まるで生徒を相手にしているかのようであり、今は教師モードが入り混じって指導をしている。


「ぐ、ぐぐっ……貴様! 無礼だ、これは罪だ!」

 文句を言おうにも正論を突きつけられてぐうの音も出ないエリックは顔を真っ赤にしてそう言うと、腰の武器に手をかける。


(それは良くないな……)

 もしこんな状況で剣を抜いてしまえば、それこそ戦争にでもなりかねない。

 レオンは冷静な頭でどう彼を落ち着けさせるか考えていた。 


「――若、お待ち下さい!」

 そこに現れたのは、鎧を身にまとった白髪の男性である。

 焦ったようにレオンとエリックの間に分け入り、彼に向けて必死に訴えかける。


「ここで剣を抜けば完全に我々の落ち度となります。あなたはエルデローエン家の代表としてここに来ており、あなたが話しているのはこのシルベリアの領主様なのですぞ!」

 家を代表するものが、他家の領主に斬りかかるなどということがあっては、言語道断である。


 貴族の嫡男である若い彼に忠告できるほどの存在。

 すべてを任せては危ないと判断したであろうエリックの父が同行させるようにしたお目付け役なのだろうとレオンは察した。 


「む、うむむむ!」

 そんな彼の忠告に完全には納得しきれてはいないが、さすがに貴族の嫡男としてのプライドからか、ギリっと奥歯をかみしめて唸るエリックはなんとか自分の感情を押し込めて馬から降りる。


「……この剣を作った者に会いたい。呼んでくれ」

 苦虫を噛み潰したような表情で何とか絞り出すように先ほどよりは柔らかな言葉をエリックは選んでいた。


「お気持ちはわかりました。ですが先にいくつか質問が……その職人に会ってどうなさるおつもりですか?」

 ただ会わせるだけであれば、断らなくてもよかった。

 しかし、明らかに何か別の目的や含みがあるのであれば、おいそれと会わせるわけにはいかない。


 レオンはダインたち兄弟の元教師という立場だけでなく、自分を慕ってきてくれた彼らを守る領主として聞いておかなければならないと思っていた。


「ふむ、これほどの素晴らしい剣を持ったものに単純に会ってみたかったのだ。そして、ここよりもより良い条件を提示して我が領地に来てもらおうと考えている」

 エリックは自信を取り戻したように再び偉そうな態度でふんぞり返ってそう宣言する。


 前半までならよかった。

 しかし、後半は明らかに引き抜き工作であり、これを聞いたレオンは大きなため息をついていた。


「それではやはりお断りさせていただきます。うちの職人を外に出すつもりはありませんから。もちろん本人に考えがあって辞めるのは仕方ありません。ですが、彼は私を慕ってこんなへき地までやってきてくれました。そんな彼の想いを受け取っている私が自ら進んで放出するなどということはできません」

 相手が伯爵家であれど、この考えを曲げるつもりはなかった。


「っ……な、なんだと! ふざけるな! わざわざこんな辺境までこのエリック様が出向いたというのに、断るだと!? 貴様、死んだぞ!」

 レオンの言葉にとうとう頭に血がのぼってしまったエリックは、彼のお供が止めるのも間に合わず、剣を抜いて切っ先をレオンに突きつけている。


 それを見たフィーナが我慢できないと動こうとするが、レオンがそれを最小限の動きで止める。

 小さく首を振り、我慢してくれと合図する。


「その件でどうなさるおつもりですか? まさか、私を殺そうとでも?」

 きらりと光る切っ先を目の前にしてもひるむことなくレオンは半歩前に出て、剣に顔を近づける。

 こうやって頭に血が上った相手に対してどう対処するかは教師時代に嫌というほど学ばされたレオンは冷静そのものだった。


「お、お前、怖くないのか? これは本物の剣だぞ!?」

 まさかの行動を見せたレオンに対して、何度か切っ先を押したり引いたりして威嚇するが、あまり動じなさ具合に逆に彼のほうがビビってしまい、エリックは一歩後ずさってしまう。


「えぇ、わかっていますよ。それよりも、こちらの質問に答えて下さい。その剣で私を殺そうと思っているのですか?」

 レオンの目には怯えの色などなく、ただただエリックの目を見つめて質問をしている。

 レオンの態度はどこまでも静かで、脅すでも問い詰めるでもなく、なだめるわけでもない。

 今、どんな状況にあるのかをしっかり自分の目で見てほしい、その一心でエリックに語り掛ける。


「――若、完全にこちらが不利です。ここは剣を引きましょう。一度領地に戻り、御父上に相談なさって、正式に要請するのがよろしいかと思われます」

 なだめるように彼の剣を下ろさせたお供の男性はエリックに冷静になるように促し、伯爵家の威光を使うのであれば正式な手続きを踏んだ方がいいと助言している。


「くっ……! こんな面倒なことになるとはな。新参者の領主の割になかなか面倒臭いことをいうやつだ。じい、今日のところは帰るぞ! 貴様は、首を洗って待っていろ!」

 指をさして悔しそうにそう吐き捨てたエリックは剣をしまうと、荒い足取りで再び馬に乗って戻って行った。


 帰り際にお供の男性が申し訳なさそうな表情で深く会釈をして帰ったのが印象的だった。



「……ふう、やっと帰ってくれたか。いやあ、領主ともなるとあんな面倒なやつの相手をすることにもなるんだなあ」

 一息ついてへらりと頭を撫でつつそう口にしたレオンの表情はなぜか笑顔だった。


「あれ? もっと落ち込んだりしてるかと思ったけど、なんだか楽しそうだね」

 フィーナはエリックに対しての怒りが渦巻いていたが、レオンの笑顔を見て気勢を削がれていた。


「あぁ、ああいう典型的なおぼっちゃまというのは学園でもいたからな。継承権があったとしても親が伯爵であれば親が偉いんだよ。本人はその子というだけで何一つ偉くない。家では権限を持っているかもしれないけどそれを外に持ちだしたら裸の王様さ」

 偉く見せていても、なににも守られていないのが実情である。

 肩をすくめてふっと笑ったレオンは懐かしそうに学園時代のああいう生徒たちのことを思い出す。


「なるほど……? ということは対応もできる、ってことなのかな?」

「んー、親が出てきたらどうなるかわからないけど、まあ学園時代を思い出してちょっと楽しかったってところだ」

 あまりよくわかっていない様子のフィーナの問いかけに、レオンは乾いた笑いを浮かべつつ、彼らが去っていた方向を見る。

 仮に争うことになったとしても、どうにかなる自信はあったが、そこは笑顔で誤魔化しておいた。

 

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