第24話


 それから更に数日が経過すると、徐々に領内にやってくる人の数が増えてきていた。


「それでは、本日もたくさんの素材と装備類、ありがとうございました」

 今日もイーライはシルベリアにやってきており、滞りなく査定と買取作業を終えている。


「いつもわざわざ足を運んでもらって悪いな」

「いえ、お気になさらず。こちらも十分過ぎるほどに旨みをもらっていますので……それよりも、我々との取引を最優先にしていただきありがとうございます」

 周囲に聞かれないように後半は声を抑えて、レオンの耳にだけ届くようにしている。


「あぁ、気にしなくていいさ。だんだん平均化するか、条件による競争になっていくだろうから、せめて今の内だけでもな……」

 徐々に先行者特権がなくなることを示唆するが、イーライは胸に手を当てながら首を横に振っている。


「レオン様には十分過ぎるほどの配慮をしていただいておりますので、あとはこちらの営業努力次第というものです。こちらとしても今後もご納得して頂けるように頑張ってまいりますので、よろしくお願いします」

 気遣いは無用だと、イーライは深々と頭を下げている。

 彼は教え子ではないが、ここにきてからレオンから色々なことを学ばせてもらっており、他の生徒たちのように彼のことを慕い始めていた。


「そうそう、今日は大工の募集を出したいんだが、近隣の村や町に配ってもらってもいいか?」

 そう言うと、レオンは募集用のチラシを取り出してイーライへと渡す。

 人に会う機会の多い彼に仲介に入ってもらえると拡散がしやすいだろうと思ったのだ。


 チラシには募集要項が記載されていた。


・大工、および工事用人員募集

・募集人数、三十人まで

・宿泊施設は領地内にあり

・期間は到着から十日間(希望者は延長あり)

・移住希望者には、格安で家の販売・賃貸を行う

・給料は……。


「きゅ、給料多くありませんか?」

 そこには他の街での通常の大工や工事作業員の給料の三倍ほどの金額が記されていた。

 あまりの破格の給与に領地の元々を知っているイーライは動揺を隠せない。


「まあ、それくらいは出さないとこんな場所には来ないんじゃないかなと思ってね。給料目当てで来てもらって、整備に尽力してもらう。そこで、ここの環境を知って住みたいと思ってくれれば、家族を呼び寄せて移住なんてこともあるだろう」

 仕事と当面の住環境を提供することで、仕事に応募しやすくし、気に入った時にも移住しやすい状況をレオンは用意している。


「――すごい、ですね」

 イーライはそんなシンプルな感想を漏らす。

 先の先を見ているレオンの言葉に、それ以上の言葉がでないほどイーライは衝撃を受けていた。


「そうかい? まあ、もっと仕事が増えて行かないと住む人間は増えて行かないから、色々誘致していかないとなあ……」

 人が集まり、仕事が増え、店が増え、そうやって大きな街になっていくのをレオンは期待している。

 最初の間口が広い方がとっつきやすいだろうとほかにどんなことができるか考えていた。


「我々で協力できることがあればなんでもおっしゃって下さい」

 これは商売人としても言葉だけでなく、イーライ自身の言葉でもあった。


「あぁ、その時にはよろしく頼むことにするよ。それじゃ、チラシの件頼んだよ」

「承知しました!」

 深くお辞儀をしたイーライは街へと繰り出していく。


 レオンのところからの仕入れと、それとは別に各店舗を見て回って必要なものを仕入れて行く。

 それが彼ら商人の最近のルーティンだった。


「さてさて、そろそろ何かあってもおかしくないかもな」

 ここまで魔物をフィーナが倒して素材を集め、ドワーフ三兄弟が色々なものを作り、その弟子たちが販売や建築を請け負う。

 商人のイーライもいい仕事をしてくれている。


 つまり、領地運営としてはかなり順調な状況だった。


 レオンが戻って来てから順調に、問題なくことが動いている。

 しかし、いいことがあれば悪いこともあるのが世の常であり、そろそろなにか良くないことが起こる予感がしていた。


 その後は、とりあえず何事もなく一日が過ぎていく――そう思われたところで、大きな問題がやってきた。






「――領主、レオン=シルベリアはいるか!!」

 ある日、執務室でレオンが書類作業をしていると、外からそんな声が聞こえてくる。

 勇ましくも苛立ち交じりの大きな声で屋敷の門前から叫んでいると思われた。


(……なんだ?)

 訝しげな表情で作業の手を止めると、レオンはとりあえず下に降りることにした。

 別室にいたフィーナにもその声は聞こえたようで、怪訝な表情をした彼女も合流して一緒に降りていく。


 移動している最中も声の主は、何度か同じことを叫んでいる。


「はい、私がレオン=シルベリアですが……どのようなご用件でしょうか?」

 明らかにこっちに対して敵意をむき出しにしている様子の声に、慎重になったレオンは静かに扉を開けてその人物に声をかける。


「ふむ、ようやく出てきたな。貴様がレオン=シルベリアか? なかなか冴えない顔をしているではないか」

 レオンの登場に不機嫌そうに鼻を鳴らした若い男は青をベースとした金の刺繍があしらわれた貴族服を身に着けており、胸にはいくつもの勲章をつけている。

 長いサラサラに手入れされた明るい茶髪をなびかせ、キザっぽい雰囲気をにじませていた。

 その男性は馬上から見下すような視線をレオンに向けていた。


 それを聞いたフィーナが怒りをにじませて隣でピクリと反応するが、それを予想していたレオンが半歩前に出て男から見えないようにフィーナを制止する。


(やめておけ。まずは相手の出方を探るぞ)

 至近距離にいなければわからないほどの小さな声で制止されたフィーナは彼が言うならと渋々頷くと、自然と強く握っていた拳を緩めた。


「私の名前はエリック。エリック=フォン=エルデローエンだ」

 偉そうに馬に乗ったまま話すエリックは、これまた大げさなほどに名を強調している。

 

 エルデローエンといえば、伯爵家であり有力な貴族である。

 そして、その家のエリックといえば武闘派の人物であり、あまたの戦争で功績を納めていると言われていた。


 レオンの爵位は子爵であり、それよりも上の位の家柄となっている。

 特に派閥の関係がないシルベリアへの彼の来訪は予想していなかった。


「エリック様、確か伯爵家の次期当主と伺っております。そのようなお方が、このような辺境に一体どのような用向けでいらっしゃったのでしょうか?」

 ゆえに、レオンは丁寧な声音で下手に出て、相手の機嫌を逆なでしないように言葉を選ぶ。


「どのような、か。……ふむ、我々のもとへ挨拶に来なかったのが一つ。領主に代替わりをしたのであれば、近隣の諸侯へ挨拶に出向くべきだ。特に我がエルデローエン家にはな」

 エリックは自分の家に誇りを持っており、直接挨拶にこないことを不満に思っていた。

 ちなみに、彼の父は特に気にしていない様子で、挨拶は彼との間で手紙で済ませていた。


「それは失礼しました。なにぶん、父からの引継ぎなどが全くない状態でしたので、落ち着いてから直接ご挨拶には伺おうと思っておりました。ですが、ご機嫌を損ねてしまったのであれば私の不手際です。申し訳ありません」

 自分の落ち度であると、レオンは深々と頭を下げて謝罪する。


 つけ加えると、レオンは領主に着任する際に王国から任命されており、近隣の領主たちへは挨拶の代わりとしてそれぞれ手紙を送っている。


 領地が落ち着いてから改めて伺わせてもらいますという一言を添えてあり、今日来たエリックの父は頑張れと激励の返事を添えてくれていた。

 その手紙を読んでいないエリックがなぜレオンのことに気づいたのかとレオンは内心首を傾げた。


「ふんっ……まあ、挨拶のことはいい。それよりもこの剣はここで作られたもので間違いないか?」

 彼が取り出したのはドワーフ三兄弟の長兄、ダインが作った剣であり、魔鉱石を使って作られた成長する剣だった……。



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