第14話


 空き家調査をひととおり終えたレオンが屋敷に戻ってくると、ちょうどフィーナも同じタイミングで戻ってくるところだった。


「あ、先生! よかった、同じタイミングで帰ってこられたね。今日も大量だったよ!」

 出発の際に、レオンはマジックバッグをフィーナに預けておいたため、彼女は荷物を気にすることなく魔物を倒すことができていた。


 そして、彼女が大量というからには、恐らく普通の人が想像する何倍もの量があるのだろうとレオンは予想していた。


「それじゃ、風呂に入ってから夕飯にしよう。フィーナ、先に入っていいぞ」

 同じ時間動いていたとはいえ、レオンは領内を歩き回っていただけであり、何度か休憩もとっていた。


 しかし、フィーナは戦闘で激しく身体を動かしており、魔物の返り血も浴びている。

 森にいる間は心休まることもなかったと思われる。


 そのため、先に風呂に入るようにレオンが促す。


「うーん、素材を洗ったり、倉庫に置きに行ったりするから先生が先に入っていいよ。ゆっくり入って来てね」

 そう言うと、フィーナはレオンの次の言葉が出てくる前に素材の洗浄に向かって行ってしまった。


「あ……まあいいか。こんなに歩いたのも久しぶりだから、お言葉に甘えることにするか……」

 少しべたつく身体を感じながらレオンは浴室にいき、お湯はりの魔道具を設定すると、一度自室に戻る。





「こんなに空き家があるとはなあ……」

 自室に戻ったレオンは地図を見ながら大きくため息を吐く。

 テーブルの上に広げた地図には空き家の位置が記されており、約九割が空き家になっている。


 だが疲労感と、徒労感を覚えつつも、顔には笑みが浮かんでいた。

 この大変な状況に自分が立ち向かっていることが面白く思えていたからだった。


「この状況が覆ったら、それこそ爽快だろうな」

 これまでの人生の大半をレオンは教師として過ごしてきた。

 それは、生徒たちの人生がよりよいものであるように助力をするという、助演のような立場だった。


 しかし、今のレオンは自らが領主という主役の立場に立っており、今まで出会うことのなかった難関に立ち向かっている。


 それが苦しくも、面白かった。


「そろそろ風呂が沸く時間か」

 レオンは部屋に備え付けられている柱時計で時間を確認すると、着替えを持って風呂に向かう。


 この家の風呂はかなりの広さで、大人が十人入っても余裕があるくらいの規模である。

 それを一人で使うという贅沢をレオンは気に入っていた。


「こればかりは父さんに感謝だな」

 これだけ広い浴場にしたのはレオンの父、前領主のこだわりであり、金銭的な問題で母は何度か反対したらしいが、強行突破したとの話だった。


 服を脱いで風呂に通じる戸を開けると、中から湯気がむわっとレオンに襲いかかる。


(この感じがなかなかに気持ちいい)

 外とは明らかに違う空間に入る感覚がレオンは好きで、隔離された空間だとゆっくりと考えることができた。


「まずは身体を洗うか……」

 桶で湯を汲んで身体を洗い流し、石鹸で身体を洗っていく。

 腕や足や前面を洗い終え、背中を洗おうとする。


「お背中流しますね」

「あぁ、ありがとう…………」

 ちょうどいいタイミングで声がかかり、背中がちょうどいい力加減で洗われていく。

 疲れていたため、何も考えずにレオンは素直に返事をした。


 しかし、数秒後に冷静さを取り戻す。


「――って、おいおいおいおい! 誰だよ! って、一人しかいないんだが、フィーナだな!」

 振り向くわけにもいかず、レオンは前を向いたままツッコミを入れていく。


「せーかい! いやあ、先生疲れてるだろうなあって思ってこっそり入っちゃった。昨日の魔物の解体も慣れてないことやってたわけだし、今日もずっと歩き回ってたみたいだから、これくらいはしてあげないとって思ってね。それじゃお湯かけるね」

 楽しげなフィーナはレオンの動揺などどこ吹く風で、レオンの背中を洗い流していく。


「ちょ、ちょっとフィーナ。いや、かりにも年頃の娘が、こんなおっさんの背中を流すのはどうかと思うぞ?」

 痛む頭を押さえながらレオンは教師として、上司として、一人の男性としてフィーナの行動を注意する。


「えー、今日の午後は先生と別行動だったんだからこれくらいいいじゃない! ほら、お湯にはいろ!」

「ちょ、ちょい、フィーナ!」

 強引に手を引っ張られたレオンはバランスを崩しそうになるが、タオルで大事なところをなんとか隠すことには成功する。


「じゃっぽーん!」

 フィーナの擬音と同じような音とともに、二人はお湯の中にダイブすることになる。


「いててっ! おい、フィーナ! もう少し静かに……」

 ここでずぶぬれになりながらレオンはフィーナに注意する。

 勢いがついて倒れこんだ際に大きく水に身体を打ち付けて痛む身体を起こしながら湯煙を纏うフィーナの身体を初めて見た。


「えへへー、裸だと思ったでしょ。先生ったらえっちー!」

 まずいとおもって視線をそらしたレオンだったが、彼女はタオルの下に水着を身に着けていた。

 風呂内で立ち上がって水着を見せるフィーナに、つい見てしまったレオンは顔をそむける。


 水着を着ているから大丈夫、と思っているのは彼女だけで、いつもとは異なる肌の露出が多い姿にレオンは気まずさを感じていた。


「ま、まあ、背中を洗ってくれたのには礼を言うよ。でも年頃の娘が、こんなおっさんと二人で風呂に入るのはあまり良くないと思うぞ」

 なんとかそれには気づかれないように、フィーナを注意していく。


「そっかなあ? まあ、いいでしょ。私たちしかいないんだし……それにしても、ここの魔物ってすごい強いのばかりだね」

 何も思っていないフィーナはそのまま湯船につかって身体を伸ばしてリラックスする。

 あっさりと倒してきたフィーナが言うと、どこか首を傾げたくなるが、事実この周辺の魔物は他の地域と異なり討伐難易度の高い魔物ばかりである。


「そうだな、その魔物たちがこっちに入ってこないのは恐らく妖精の水が流れているおかげなんだろうな」

 昨日、川の源流を確認した際にわかった綺麗な水。

 あの池での状況がそうだったように、凶悪な魔物たちを遠ざける効果を持っている、というのがレオンの予想だった。


「あー、確かにそうかも。あの場所にいる魔物たちも優しい子たちだけだったし……うーん、となるとあの水をうまく使えれば安全は確保できるかも?」

「そのとおり」

 すぐすぐどうこうできるものではないが、この地の安全面の確保に関して光明が見えた形となる。

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