第11話
「昔からこうだったとは知らなかったなあ……」
ここは川をさかのぼって、更に険しい山道を登って来た者だけがたどり着ける場所であるため、これまでここまでやってきた者はいなかった。
『ずっとずっとまえからこうだったはずよ?』
『なんびゃくねんもまえからなの』
『ひとがすんでいないころからね』
レオンが言う昔というのは彼が幼少の頃のことであり、妖精たちは更にもっともっと昔からこうであると言っていた。
「昔からずっとこうなら、きっと安全なんだろうね。この結界もかなり強いものだからそうそう破れないはずだし」
「そうだな。魔物も動物も妖精も、みんな笑顔だし、この近くには危険もなさそうだ」
ここに何かあれば、下流にまで影響が出てしまうため心配だったが、安全性は長年保たれているため、それはレオンたちを安心させていた。
「それじゃ、俺たちは帰るよ。なにか困ったことがあったら言ってくれ。俺は山から降りて街というか村というか、まあ人が住んでいる場所があるんだがそこの一番デカイ建物に住んでいる、気兼ねなく訪ねてほしい」
穏やかな笑顔でレオンはそれだけ言うと、来た道を戻って行く。
「妖精さんたち、魔物さんたち、動物さんたち、みんなバイバーイ!」
フィーナも妖精という珍しい種族を見られたことで喜んでおり、キラキラとした笑顔で彼らに手を振って別れを告げる。
『……いいひとっぽいわね』
『やさしそうなひとだったの』
『わるいやつではなさそうよ』
この穏やかな池を去っていったレオンたちの後姿をじっと見つめながら妖精たちはそう顔を見合わせて彼らを評価した。
「――うわああああああああ!」
もうそろそろ夕方になろうという時間に差し掛かり、森の中を行きと同じペースで進んでいては屋敷につく頃には夜になってしまうと判断したフィーナに抱えられて、レオンは山を直滑降で降りていた。
これほどの速度で移動する経験自体が初めてであり、地上にたどり着くまで叫んだままのレオンは下に着いた頃にはぐったりとして、すっかり喉がかれていた。
「早くついてよかったけど……先生、ごめんね」
良かれと思って行動したものの、レオンがぐったりしている様子を見て申し訳なく思ったフィーナは心配そうにレオンの顔を覗き込む。
自分がやらかしたことをわかっているフィーナは、なんとかよかったところを口にするが、レオンは座り込んで下を向いていたため、不安そうだ。
「……いや、だいぶ時間が節約できた。ただ、もう少しゆっくりして欲しかったがな」
困ったように笑いながらガラガラ声で言うレオンは、フィーナに悪気があったわけではないことを理解していたため、決して怒ることはせず、もちろん感謝の気持ちを持っていた。
「さあ、帰ろうか。水の謎は解けた。まさかあんな場所と繋がっているとは思わなかったが、あの水を有効に使える方法もいずれ考えないとだな」
「だねえ、あんなに美味しい水って普通はなかなかないし、身体にいい影響がありそう!」
妖精たちの生活を壊さないためにも妖精界からやってくる水であることは明言できないが、清らかな特別な水であることを押せばこれも商売になるというのが二人の共通の見解だった。
この日は結局屋敷に戻ったレオンはそのまま休憩に入り、フィーナは妖精に会えたことで高ぶった気持ちを解消するために、再び森の魔物退治に向かって行った。
翌日、レオンが帰ってきてから三日目の朝。
レオンとフィーナは外には出かけずに、屋敷の応接室にいた。
(先生、今日は来ないんじゃなかった?)
(いや、俺もなんでこんなことになっているのかわからん)
真剣な顔をした商人の男を前に、二人は笑顔のままだが、状況が理解できずに顔を寄せてヒソヒソ話をしている。
「レオン様、お待たせして申し訳ありません。一台馬車が遅れていまして、すぐに到着しますので、もう少々……」
この商人は、シルベリア家に出入りしている行商人イーライの言葉だった。
細い切れ長の目を持つ人族の男性で、やや長めの緑の髪を後ろで縛ってまとめている。
レオンは知らない話だが、彼の父親はこの地への行商を辞める決断を下していた。
そこを、自分が引き受けると代わったという経緯があった。
定期的にやってくる予定である彼は、週に一度やってくるはずであり、昨日来たばかりである。
つまり、来週まではやってこない予定だった。
にもかかわらず、彼は数台の馬車で、別の商人たちを引き連れてやってきていた。
「あ、あぁ、それは構わないんだが……そういえば、昨日の手紙は届けてもらえたか?」
彼がどういう意図でやってきたのかはわからないが、昨日の手紙は重要なものであるため、なにより確認しておきたいとレオンは思っていた。
「もちろんでございます。レオン様のご指示、真っ先に手配しましたとも!」
レオンの問いに、イーライは胸に手を当てて大きく頷く。
レオンの父の時代にも行商人はやってきていたらしいが、あまり良い態度とは言えなかったと伝え聞いている。
しかし、今の彼はレオンの望みをかなえようとしっかりと動いてくれていた。
「それは助かった。ありがとう……で、もう一つ質問なんだが、今日はどうしてこんなに大人数なんだ?」
レオンたちと応対しているのはイーライだけだったが、他の商人たちも興味深そうにレオンたちの会話を聞いている。
「申し訳ございません。そのあたりを説明しておりませんでした。昨日街に戻った私は手紙の手配を終えると、知り合いの商人たちを呼び集めたのです」
真剣に語りだしたイーライの言葉に商人たちは頷く。
「その理由は、昨日レオン様が私に買取を依頼した魔物の素材にあります。あれらは、なかなか一般には流通しないレベルの逸品でして、鑑定するにしても私だけでは不安がありましたので、みなに協力を仰いだのです。その結果ですが……」
ここでイーライは一つためを作る。
「全て本物で、希少性も高く、傷も少ない最高品質のものがほとんどでした……!」
興奮しながら語る彼に、他の商人たちも大きく頷いている。
「あ、あぁ、それはよかったよ」
元々自分に対しては熱い対応をしてくれているイーサンの圧に困惑しながら返事をするレオンだったが、それでも未だこれだけの人物が来た理由が見えずにいる。
「それで、鑑定したみなが全員、レオン様を紹介してほしいと言いまして……」
あれだけのものを用意する人物であれば、繋がりを持っておいて損はないというのが彼らの総意である。
イーサンの言葉に商人たちが是が非でもと頷いていた。
「なるほど……」
ここで全てを理解したレオンは落ち着きを取り戻し、フィーナの顔をチラリと見る。
フィーナはレオンが自分を見た理由をわかっており、何も反対することなかったため、ニコニコしながら頷いていた。
「そうか、だったら俺からも一つ話が……まだ、全員来ていないんだったか。じゃあ、少し待とう」
含みのある表情のレオンを見たイーライはしまったという顔をする。
きっとなにかいい話をしてくれるはずであり、それならば待たずに先に聞きたいという好奇心が胸の中で大きくなっていたからであった……。
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