第10話


「さ、追加の弁当も持ったところで出発だ」

「しゅっぱーつ!」

 一度屋敷に戻って、マジックバッグから素材を倉庫に置いてきた二人は川の上流を目指して出発する。


「フィーナに言われるまで考えたことなかったけど、確かにこの土地の水は昔から綺麗だったなあ……」

 幼少の頃を思い出しても、川の水は綺麗で、そのまま飲み水にも使っていたことをレオンは思い出している。


「あー、色々なところ見て回ったけど……確かにここの川の水はすごく綺麗かも」

 川沿いを歩いているため、フィーナは川の水をすくってみてみる。

 透明感のある水はひんやりとしていて心地よい。

 手のひらで椀を作るようにしてすくってひと口飲んでみると、それは喉を通って内側から身体を冷やしてくれる。


「うん、美味しい!」

「そうなんだよなあ。ここの水って綺麗で美味いんだよ……学園の水も魔道具を使ってたり、いいとこの水を持って来てるんだが、思い返すとここのほうが上だな」

 フィーナの感想を聞いて、やはり自分の判断は間違えていなかったと自覚する。


「その答えがきっとこの上流にあるはずだ」

 まだまだ川の果ては見えず、水が優しくせせらいでいるだけであった。




 川沿いを歩き続けること二時間、二人の姿は山の中にあった。

 どんどん上っていくたびに川の周辺も小石ではなく大きな石がゴロゴロとしているようになった。


「結構登って来たなあ」

 汗をぬぐいながら後ろを振り返るレオンは自分たちが結構奥の方まで来たことを自覚していた。


 あくまで川がどこから流れてきているのかを探るために来ているため、登山道のような歩きやすい道ではなく、水の流れがわかる道を選択している。


「よっ、はっ、ほっと」

 一足先を歩くフィーナは軽々と跳躍して、どんどん進んでいく。


「早いな……」

 それを見ながらレオンが感心したように呟く。


 森の中に入ってからは湿気からか苔の生えて湿っているために足場は悪く、枝や葉が堆積しており、油断すれば足を滑らせてしまう。


 フィーナのような身のこなしはできないため、レオンは一歩一歩確実に登っていた。


「わあ、すごい! 先生、早く早く!」

 だいぶ先に進んでいるフィーナは、先の光景を目にしており、それはレオンを急かせる価値があるほどのものだったようで、後ろを振り返って元気良く手を振っている。


「わ、わかってるが、俺はこれで、精一杯、なんだ……!」

 呼んでいる彼女に応えようと少しだけ速度をあげるが、やはり足場が悪く、なんとか岩に掴まりながら登っているため進みはあまり良くない。


「もう、ほら先生!」

 すると、待ちきれなくなったフィーナが戻って来てレオンに手を貸す。


「ありがとう、ってわあああああああ!」

 その手をとって、少し引っ張り上げてもらおうと思っていたが、フィーナの膂力は予想のはるか上をいっており、レオンを思い切り上空に放り投げた。


「そんな先生を空中でキャッチして、っと」

 叫び声をあげるレオンに対して、フィーナは落ち着いた様子でレオンを抱きかかえるとそのまま目的の場所へと着地する。


「ほら、先生見てよ!」

「ま、まあ、待ってくれ、さすがに空中に放り投げられる経験は初めてなんだ……」

 まさかの展開に驚いているレオンは心臓がバクバクいっており、少し落ち着く時間をもらいたいとフィーナを制止しつつも、ゆっくりと視線をあげていく。


「おぉ……」

 その光景を見たレオンは先ほどまでの恐怖に対するドキドキは収まっており、広がる光景に対するワクワクするドキドキが体中に広がっていた。


 そこには大きな池があり、池の中では花々が咲き乱れている。

 池の水は透き通るほどきれいで花に彩られながらキラキラと輝いており、空の青さを映しながらも太陽の光で深いところまで見えていた。


 周囲は結界で守られているようで、悪意を持ったものは近づけないようになっていた。


「俺は……入れるのか」

「私も入れたよー!」

 二人は弾かれることなく、池のほとりに入ることができる。

 そして池のほとりでは様々な魔物や動物の姿があるが、ここでは争いはないのかみんな穏やかにのんびりと過ごしおり、魔物も動物も人も共存しているようだった。


「もしかして、ここの水がふもとにまで流れていってるのか?」

 池の水は、川よりも更に透明度を増しており、ともすれば水がないかもしれないと思えるほどに、美しい水が潤沢にあった。


「かも……にしても、この水自体はどこからでてきてるんだろう」

 この池にどこかから水が流れ込んでいるようには見えず、地下水が湧き出ているのかとレオンが池の中をそっと覗く。


 しかし、透き通って美しい水面を覗いてみても、水中生物が泳いでいるだけで、どこから水が湧き出ているようには見えず、首を傾げることになる。


「先生、もしかして……」

 そっと小さな声でフィーナが指さしたのは、妖精たちが集まっている場所だった。


 一定の魔力を持ってないと妖精たちの姿を視認することはできないが、フィーナはもちろんレオンも妖精を見られる程度の魔力は持ち合わせている。


 妖精たちは池の上に咲く綺麗な淡い色の花の上で楽しそうにはしゃいで飛んでいる。

 彼らが飛んだ後には光のきらきらとした筋が走って消えていた。


「あそこに、妖精が集まっているということは……少し近づくぞ」

 なにかに気づいたレオンのその言葉にフィーナも静かに頷いた。


 敵意を見せることなく、大きな音をたてることなく、ゆっくりと妖精たちに近づいていく。


 レオンとフィーナは妖精について、本や授業で得た知識程度しか持っていない。

 それによれば、妖精は大きな音を嫌い、人族をあまりよく思っておらず、いたずら好き。ということである。


 しかし、二人が近づいても妖精たちはなんの警戒心も持っていないようである。


「あ、あの……」

 恐る恐るレオンが声をかけると、妖精たちは首を傾げながら二人へと視線を向けた。


『なにかようかしら?』

『ひとをみたのはひさしぶりなの』

『ここにくるのははじめてみたわね』

 ひそひそと噂話をするように顔を近づけた妖精たちはクスリと笑顔を見せながらそれぞれが口々にレオンたちのことを口にしている。


「俺の名前はレオン。人族ではこのあたりをシルベリアと名付けていて、そこの領主をやっている。よろしく」

「私は冒険者のフィーナよろしくね!」

 二人が自己紹介をして頭を下げると、妖精たちはさらにクスクス笑いながら二人を真似して頭を下げていた。


「少し聞きたいんだが、この池の水っていうのはどこから来ているんだ?」

 もしかしたら、彼女たちなら知っているのかもしれないと期待しての質問である。


『このおみずはようせいかいからきてるわ』

『このおみずはじょおうさまのまりょくがこめられているの』

『このおみずはあちらからね』

 楽しそうに舞い跳ねながら妖精たちは答えてくれる。


 要約すると、妖精の女王の魔力が込められた水が妖精界からやってきているというものだった。


「なるほどな、あちらの世界から湧き出ているから、ある意味無尽蔵なのか……」

 妖精界に行ったことがある者はほとんどいないが、情報では肥沃な土地であり、自然があふれているという話である。


「それが下の領地に流れているんだね。それは、綺麗なはずだよ!」

 これにはレオンもフィーナも納得だった。



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