第7話 手紙への怒り
夕食後、レオンとフィーナはゆっくりとお茶を飲みながら今後の話を進めていく。
「で、明日からはどうする? 俺のほうは空き家の調査とかそういうのになると思うが」
住民が家を出る際に、戻るつもりがない者は家と土地の破棄を書類に記してもらっている。
それがなく、家と土地が放棄されている場合は連絡先に手紙を送ることになる。
そして、空き家は今後、この街に人口が流入した際に宿や賃貸として使おうと考えている。
レオンは帰ってきてからその作業を進めていたところだった。
「んー、私は明日も魔物退治に行こうかなあ。素材はたくさんあったほうがいいんでしょ?」
現状、シルベリアの収入源はフィーナが倒した魔物の素材しかないため、これはありがたいことである。
「そうだな、そうしてくれると助かる。だけど、ずっとこのままってわけにも行かないからなあ……当面はこれで乗り切るとして次の一手……」
そんなことを考えていると、フィーナも同じようになにか考え始めていた。
「……ねえ、先生。先生って、学園を出る時にみんなに手紙を出したんだよね?」
腕を組んで考えている表情のまま、フィーナが質問してくる。
「あぁ、わかっているやつらには大体出した。結構学園に俺を訪ねてくるやつもいたから、もう学園に行ってもいないぞって教えておこうと思ってな。ちょっと待ってろ、確かここに……」
レオンは試しに書いて、後半失敗した手紙をチェストから取り出してフィーナに手渡す。
この手紙自体は、フィーナがいると思われる街にも送っていたため、内容を見られても困るものでも恥ずかしいものでもなかった。
「どれどれ? ふむふむ、なるほど……」
手紙には教師を辞めてシルベリアを継ぐこと。
近くに来たら顔を見せてくれると嬉しい。頑張ります。というような内容が記されていた。
書き損じであるため、個人に贈る言葉は書いてはなかった。
「どうだ? あんまりみんなに気を遣わせても悪いから、そういう内容にしてみたんだが……」
そこまで言ったところで、フィーナの様子がおかしいことに気づく。
「どうした? 気分でも悪いのか?」
という心配の声をかけるが、フィーナはぶるぶると手を震わせたまま首を大きく横に振る。
「ちっがああああああう!」
「うわあああ!」
手紙を左右に破ったフィーナが家中に響き渡るほどの大きな声を出した為、レオンも思わず驚いて大きな声を出してしまった。
「ど、どうしたんだ?」
「どうしたんだ? じゃなあああい! 先生、この手紙はなんなの! みんなに心配かけたくないとか、気を遣わせたくないとか、なんでちゃんと本気の言葉を書かないの!」
フィーナが鬼のように怒りの形相になっているため、レオンは言葉が出ずにゴクリと息を呑む。
「生徒のみんなは先生が困ってないかな? 大変じゃないのかな? って考えてると思う。でも、この手紙を読んだら、あー大丈夫なんだねって思っちゃうよね。でも、みんなは先生が本当に心配してるし、力になりたいって本気で考えているんだよ。だから、困っているから力を貸してほしいって素直に言って欲しいんだよ!」
自分がこうして訪ねてきたように、他の生徒もレオンから受けた恩を返したいと思っているはずだとフィーナは思っていた。
いつまでも子供扱いされて大切な人が困っている時に力になれないことを耐えられないと思ったフィーナは立ち上がって、ボロボロ涙を流しながらレオンに熱く語りかけていた。
「そう、か。そんなもんなのか……俺はさ、別に大したことはしてないんだよな。生徒を導くのは教師の役目なんだよ。当たり前のことしかしてこなかったから、みんなに手伝ってくれなんていうのは……」
そこまで言って、力不足を悔しく思ったレオンは首を小さく横に振る。
「でも、そうじゃないんだな。俺はみんなの力になれていたんだな。そして、みんなちゃんと大人になって自分で考えられるんだよな……」
レオンは知らず知らずのうちに生徒たちのことをいつまでも子どものように思ってしまっていた。
「俺がちゃんと本当のことを言って、それに対してどうするかはみんな決められるんだよな……」
教師の言葉を妄信してしまうのではないかと勘違いしていたことにレオンは気づく。
「わかった、フィーナありがとうな。みんなにちゃんと手紙を書くよ」
レオンはそう言うと、泣いているフィーナの頭に手をのせて優しく撫でていく。
「わ、わわっ! せ、先生!」
フィーナはビックリして顔を赤らめてしまうが、それでも手のぬくもりを名残惜しみ、その場から動かない。
「嫌、だったか?」
ついさっき子供扱いはやめようと思っていたところだったことを思い出したレオンはまるで子どもするようにしてしまったなと、手を止めて確認する。
「い、嫌じゃない! だ、大丈夫だから、も、もう少しだけ……」
その問いかけに全力で首を横に振ると、レオンが撫でやすいように少し頭を前に出す。
仕方ないなと笑いながら、レオンは彼女の頭をしばらく撫で続けることとなった。
「さて、それじゃ俺は手紙を書くか……」
あれから姿勢を変えて、ソファに座っても撫で続けることになったが、さすがにここまでの旅と戦闘で疲れたらしく、フィーナはソファで眠りに落ちてしまった。
そんな彼女に毛布をかけると、レオンは執務室に籠もって助けになりそうな教え子たちへの手紙を書いていく。
前回送ったものとはガラリと内容を変えて、領地の現状のまずさから記し、現在の自分が持っているものを提示し、窮状で何も報酬は出せないが力を貸してほしいという素直な気持ちを書いている。
それに加えて、個人ごとに彼ら彼女らへの想いも一緒に書き加えている。
最初から書こうと思っていたことであったため、筆の進みは滑らかだった。
レオンの頭の中には、学園時代の教え子全員のことが詳細に記憶されており、本人たちですら忘れたようなエピソードが書かれることもあった。
結局手紙を書き終えた頃には、外が白んできたためベッドにもぐりこんで仮眠をとることにした。
そのわずか数時間後には目覚め、定期的にシルベリアを訪ねてくれる行商人に手紙を託すこととなる。
この手紙が、レオンと領地の命運を決めることになる――かどうかがわかるまでには、まだしばらくの時間がかかる……。
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