第3話 ここで働きます


「それで、今日はどうしたんだ? わざわざ俺に会いに来てくれたのは嬉しいが、どうやって知ったんだ? それに、フィーナが活動している街からはかなり離れていると思うが……」

 懐かしい顔に表情を緩めたレオンだったが、脳内に浮かぶ地図から彼女がここにいる理由を不思議に思っていた。


 このシルベリアという領地は、大陸でも南方に位置する辺境である。

 それに対してフィーナが活動をしているのは、西方の地域だったはずであり、ここに来るまでにかなりの時間を要する。


「そうだった! 私ね、先生が教師を辞めて実家に帰ったって聞いて慌てて飛んできたの! たまたま学園に顔を出したら先生が辞めた翌日だったみたいで、学園長先生が教えてくれたんだ!」

 フィーナは話を聞いた瞬間、学園を飛び出して、このシルベリアに向かった。

 それゆえに、レオンがここについた翌日、つまり今日到着することができた。


「それで、手ぶらというのもちょっとなあって思って、途中でこの猪をお土産にとってきたの」

 ニッと笑ったフィーナは背負った巨大猪を指さしながら説明をするが、レオンは頬をひくつかせている。


「い、いや、お土産にってこれ、エアリーボアだろ? 確か、空に浮かぶ島にしかいないと言われている……」

 もちろんレオンは現物を見たのは初めてだが、知識としては知っていた。

 討伐難易度は上から二つ目のAランクといわれている。


「え? なんか、普通にいたけど……」

 自分がどれだけのことをしでかしたのかを理解していないのか、フィーナはきょとんと首をかしげている。

 これが彼女のすごいところで、持てる能力の強さはそれこそ最高峰のものであるが、それ以上に『出会いの運』がSランクである。


 このエアリーボアは空にあるという伝説の島から、たまたま落下したものであり、落下した場所に草が生い茂っていたためほぼ無傷で地上にいた。


 そこをたまたま通りかかったフィーナが討伐したというものである。


 この猪の肉は……極上だと言われている。

 空気を主食にする魔物であり、肉は臭みがなく極上の脂を持っている最高の肉の一つとして数えられていた。


「そ、それじゃあ、お言葉に甘えて……いや、運んでくれると助かる」

「もっちろん!」

 さすがにこのサイズのエアリーボアを運べるだけの筋力を持っていないため、フィーナに甘えることにする。


「助かるよ。とりあえずうちの屋敷に行こうか」

「うん!」

 二人はそのままレオンの屋敷へと向かうこととなった。


 しかし、ここでレオンは大事なことをまだ確認していないことに気づく。


「……俺が学園を辞めたのを聞いてここまで来たって言ったけど、なにか相談でもあったのか? 困っているなら力になるぞ?」

 わざわざ学園にいるはずだったレオンを訪ねたということは、それ相応の理由があるはずである。

 ならば、フィーナは今も問題を抱えて困っているのではないかと考えられた。

 自然と教師時代の癖でレオンはそう話を持ち掛ける。


「ふふっ、先生はやっぱりレオン先生だなあ。昔からずっとずっと変わらないまま、すごく頼りになる、生徒のことを第一に考えてくれる最高の先生だよ!」

 臆面もなくそんなことを言うため、レオンは目をパチパチさせて驚いてしまう。


 今まで、これが当然のことだと思ってきたため、特別なことをしているつもりはなかった。


「うん、私はねただ先生に会いたかったんだよ。学生時代の私を導いてくれた尊敬する大好きなレオン先生に会いたかったの」

「お、おう」

 ここまでストレートに会いたいと言われると、レオンも照れてしまう。


「それに、今は私より先生のほうがどう考えても大変だよね」

 フィーナは人がほとんどおらず、荒れた田畑が並ぶ光景をぐるりと見ながらいう。


「う、うぐ」

 これまた的確な言葉であるため、レオンは心にぐさぐさとダメージを受けてしまう。


「でも安心して……ゴホン、私、Sランク冒険者フィーナは、シルベリア領の領主レオン様のもとで働きたくはせ参じました。レオン様に忠誠を」

 そう言いながら真剣な表情のフィーナはひざまづいて、レオンのもとで働くことを宣言する。


「いや、ちょっと待って、ツッコミどころが多すぎる。まずさ、ちょっと、猪邪魔だから一旦屋敷にかえって、降ろそうか」

「えっ? ご、ごめんなさあああい!」

 かっこよくキメたつもりのフィーナだったが、レオンの眼前でしゃがんだことで背中の猪がレオンにぶつかっていた。





 いい話の腰を折る形になってしまったが、とにもかくにも屋敷に戻ってきたレオンとフィーナはエアリーボアを厨房の外に置いてから、執務室にて向かい合ってソファに座っている。


「まあ、とりあえずお茶でも飲んでくれ」

 レオンは自らの手で紅茶を用意して、フィーナの前に出す。

 このお茶も当然ながらレオンが用意したものである。


「あ、どもどもです。……あ、あちち」

 そのカップを受け取ったフィーナは勢い良く飲もうとしたため、舌を火傷しそうになってしまう。


「ははっ、フィーナは昔っから慌て者だったよな。年を重ねて力もつけて、少しは落ち着いたかと思ったが……いや、でもうん、そういう部分で変わらないのは安心した」

「もう、これでも成長したんだからね?」

 子供扱いされたことを感じ取ったフィーナは成長した大きな胸をドンッと叩いてから頬を膨らませる。


「悪い悪い、そうだったな。にしても、さっきの話……色々ツッコミたいところがあるんだが」

「さっきの話って、私が先生のとこで働くってやつ?」

 両手でカップを持ちながら、フィーナは首を傾げている。


「そうそう、それだ。まずSランクって凄すぎだろ。おめでとう!」

 レオンは褒めて伸ばすという方針を持っており、まずはフィーナがSランクになったことを称賛する。


「えっ? うん、ありがとう。うふふっ」

 先ほどもそうだったが、昔と変わらずストレートに褒めてくれるレオンに対してフィーナは嬉しくなっている。


 学園を卒業して冒険者として活動している中で真正面から褒めてくれる者は少なかった。

 ましてやSランクになってからは恐れを抱く者も多く、それまで以上に褒める者はいなかった。


「で、フィーナが大成してくれたことは嬉しいんだが……俺のとこで働きたいとか、忠誠がどうって、どういうことなんだ?」

「そうそう、学園にいた頃にちょっとだけ先生が言ってたの覚えてたの。先生のお父さんが領主さんやってるって話。それで、いつか継ぐかもしれないって。その話を聞いた時に決めたんだ。私の力は先生のために使いたいって……」

 自らの進路を決めた時のことを思い出しながらフィーナは話していく。


「先生だけが私の力を認めてくれたし、先生だけが私のことを褒めてくれたし、成績悪い科目の補講を先生だけがやってくれたよね? 勉強がどうして必要なのか、大切なのかを教えてくれたのもレオン先生だけだった。先生がいなかったら、今の私はなかったよ? だから、この力は先生のために……ううん、領主レオン様のために使いたいの!」

 少しでも彼の気持ちが動けばいいと思いながらフィーナはこれまでの思いをまくしたてるかのように、つらつらと語っていく。


「フィーナ……正直なところをいえばすごく助かる。ここに来るまででわかったかもしれないけど、うちの領地からはたくさんの人が出ていってしまった。技術者も戦う力を持つ奴もいなくなった。だから満足な報酬を出すこともできないが、いつかちゃんと払うからな」

 彼女の気遣いを感じ取ったレオンは難しい表情で今の財政状況を頭の中で計算しながら、Sランク冒険者に支払う相場を考え、自分の給料をなしにすれば……などと考えを巡らしている。


「いーらない」

 しかし、そんなレオンに対してフィーナはあっけらかんと答える。

 そんなつもりでここにきたわけではなかったからだ。


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