第2話 前途多難、からのフィーナ
「いや、まさかこんなことになっているとは思わなかったな……」
教師をやりながらも家のことを気にしていたレオンは父に手紙を送って、領地の状況を確認していたが、父は毎回『問題ない、順調だ』とだけ書いて送って来ていた。
「忙しくてただただ信じていたのがうかつだったなあ」
実家の執務室で書類を読みながら、教師に専念しすぎて家を疎かにしていた自分のことを情けなく思っていた。
「いかんいかん、子どもたちに立ち向かう方法を教えてきた俺がくじけるのはありえん」
どんなに困難にぶち当たったとしても、解決する方法を模索する。それを教えてきた自分自身が心折れるわけにもいかず、資料を再度まくっていく。
レオンは改めてこのシルベリアという領地の問題を一つずつ確認する。
①家や身近な問題
・使用人は全員出て行ってしまった。
・身の回りのことを全て自分でやらなければならない。
このあたりは、教師寮でも自分でやっていたが、領主業務と兼務となるのはきつい。
・雑貨、食料品、武器、防具の店が軒並み潰れてしまった。
②領地の問題
・財務担当などの、領地仕えの職員も全員辞めてしまった。
・戦闘担当の騎士も兵士も衛兵も辞めてしまった。
・周囲は森や山や谷に囲まれており、それらには凶悪な魔物が住んでいる。
・田畑は荒れ、農作物も採れない。
・特産品がない。
「ははっ、これはこれは問題が山積みで、なかなか頑張りがいがあるというものだな」
絶望的な状況になっているが、これまでの教師生活で抱えた問題に比べればなんとかなると思わされていた。
(足りないのはなにより人だな。開拓するのに人を集めないといけない……と、思って目ぼしいやつらに手紙は送ってみたものの、さてどうなるかな)
困り果てたレオンはダメもとで、昔の生徒に連絡をとっていた。
ただ、困っている――という言葉は決して使わない。
『この度、事情があって教師を引退し学園を辞めることとなりました。父が亡くなり、王都より遥か南方にあるシルベリアという領地を継ぐこととなりました。目立った特産品はありませんが、もし近くに立ち寄った際には顔を見せてくれると嬉しいです。今までみなさんを教師として指導できたことを心より誇りに思っております。みなさんを育てたように、この領地を育てていこうと思います。まとまらない文章となりましたが、これにて失礼します。 レオン=シルベリア』
概ねこういった内容の文章を送っている。
それ以外に、それぞれの個人個人に思い出などを記していた。
この内容だけ見れば、レオンの状況を伝えることで、学園にはもう在籍していないから顔を出しても彼はいない――ということを伝えているだけにも見える。
在籍時代、卒業した生徒たちが忙しい合間を縫って顔を出してくれていたことを思い出しながら筆を進める。
(まあ、あれでいいんだよな。きっと助けてくれって言えば、あいつらは助けてくれる。でも、あいつらにはあいつらの人生があるんだ。無理はさせたくない……)
卒業しても、教師を辞めても、それでもみんないつまでもレオンにとっては生徒だった。
教師としてのプライドもあり、自分から助けてほしいとは言えなかった。
「とりあえず、実際に状況を確認しよう」
執務室に籠もっているだけでは気分も滅入ってしまうため、レオンは立ち上がると、視察を兼ねた散歩に出向くことにする。
家の中は静まりかえっている。
「鍵は一応かけておくか」
留守番をする者もいないため、侵入者対策の施錠は最低限しておく程度の対応となる。
「しかし、この町、というか村くらいの規模だな。久しぶりに帰ってきたけど、だいぶ寂れたなあ」
住民はほとんどおらず、田畑も荒れ放題、魔物がいつやってくるとも知れない。
残った住民も生活するのがやっとであり、シルベリア家がいくばくかの援助をすることでなんとか生きている状態だった。
「ははっ、このままだとうちもそう遠くないうちに潰れていきそうだなあ」
あまりに酷い状況であるため、思わず苦い笑いが漏れ出てしまう。
(人を集めるにはなにがあればいいか……まずは治安か。それが確保できてから仕事だな)
安心して暮らせる場所でなければ人が住みたいと思わない。
それには安全を確保する必要がある。
それができなければ、人を呼ぶこともできない。
できないが、ここで問題がある。
教師としては優秀だったレオン。
しかし、彼自身の戦闘能力は決して高くなく、ゴブリン程度であれば倒すことができるが、それが複数体いれば危険である。
「力のある人物を呼び入れる必要があるか……」
領内には人の姿が少しは見られるが年老いており、この地を離れるのが難しいものだけである。
つまり、現在の住民は戦力として期待できない。
そんなことを考えていると、地面を蹴って走っている音が耳に届く。
「なんだ? ここにそんな元気に動ける人物がいるはずが……」
レオンは音がする方向に視線を向けた。
「……ぉーぃ」
遠くから声が聞こえる。
そして徐々に明らかになるその声の主の姿。
「レオンせんせええええええええ!」
その人物の姿が完全に確認できた頃には大きい元気な声が周囲に響き渡る。
「……フィーナ?」
それはレオンの元教え子の一人フィーナだった。
赤い髪を後ろで束ねており、特別な鉱石で作られた胸当てを身に纏っている少女は小柄ながら巨大な剣を背負い、その更にその上に巨大な猪を担いでいた。
「おぉ、フィーナじゃないか……って、おいおい!」
「あー、避け、ないでええええええええ!」
顔がしっかり確認できたことで、改めて名前を口にして笑顔になるレオンだったが、フィーナの勢いが落ちることなくそのまま自分に向かって突っ込んでくるため、言葉でツッコミを入れながら横に回避する。
避けられるとは思っていなかったフィーナはそのままの勢いで盛大にこけて顔から地面に突っ込んでしまった。
「…………大丈夫か?」
ピクピクと手足が動いているフィーナ。
後ろから見ると、巨大な猪から人間の手足が生えて動いているようにも見える。
数秒そのままピクピクとしていたが、ガバっと起き上がった。
「もう、レオン先生酷いじゃない! せっかく会いに来た教え子との再会なんだから、こう、ガバっと手を開いて抱きしめてくれてもいいじゃないの!」
起き上がったフィーナの顔は泥で少し汚れていたが、傷一つない綺麗な顔でレオンに詰め寄ってくる。
いわゆる美少女の部類にはいる整った顔立ちだが、幼さと無邪気さが残った表情で頬を膨らませている。
「いやいや、お前があの勢いで俺に突っ込んで来たら瀕死になるだろ。自慢じゃないが、俺は強くないんだからな?」
自身のことを良くわかっているからこそ、こんなことをハッキリと口にすることができる。
「それに比べて、お前は活躍していると聞いているぞ。凄腕の冒険者らしいじゃないか。その大剣でバッタバッタと魔物をなぎ倒しているんだろ? 俺も教師として鼻が高いぞ!」
生徒たちの活躍については、なるべく情報を集めるようにしていた。
順調であればそれでよし。もし、困っていることがあれば声をかけようと、常に気にかけていた。
「えっ? えっと、その、うん。ありがと……」
怒っていたはずのフィーナだったが、そんな気持ちは褒められたことでどこかに飛んでいき、嬉しさからしおらしくなって頬を赤くしていた。
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