第19話 プロローグ


 両親と共に、森できのみを摘んで帰る途中。

 村の方から煙が上がっているのが見えた。

 急いで村へ戻ってみると、辺りは黒煙と炎に包まれていた。

 土壁を掘って作られた住居は崩壊している。ドワーフウサギの住人たちは一箇所に集められ、自分たちのひと回りやふた回りも大きな体の者に見張られ、睨まれていた。

 いや……睨んでいると言うより、彼らの目は獲物を品定めするような目つきだった。


 やがて、集められた中から1人ずつ連れて行かれる。

 足首を持たれて逆さまにされると、足の末端にナイフを入れられ、そこからは一瞬だった。


 ベリッ——


 服を脱がすように、毛皮を剥がされる。


「走って!」


 両親に背中を押されながら、森の奥へと逃げ戻る。

 ここに隠れていろと、木の上に登らされた。

 そのあとすぐに、追手がくる。 

 両親は闘う姿勢を見せたが、すぐに父親が捕らえられ皮を剥がされる———……ついさっきも見た、一瞬の光景だった。

 そして父親に続き、母親も足を持たれて皮を剥がされる。


 急な寒さを感じ、全身が震えた。

 木の上でただ、見ていることしかできなかった。   

  

 悲しさや涙が溢れ出したのは、翌朝のこと。 

 目が覚めると、孤独は急激に押し寄せてくる。

 木を降りると両親の亡き骸はなく、血痕だけが残っていた。  

 ひとり村に戻ってみると、沢山の骨が地面に散らばって落ちていた。みんな、身の方は食べられたのだろう。


「ぅ……うぁああああッッ……あああああ!!!」


 息を吸い込もうとすると、吐き気が込み上げてくる。

 叫喚と共に苦しいものを吐き出せればいいのに、それはずっと胸の奥に張り付いて、出て行こうとしなかった。

 

「現実じゃない! こんなのッ、ちがうもんッ……これは、ぜんぶ嘘……うそ、だよね……いやだ…ひとりに、しないでぇ……ママ、パパぁ……」


 バレンは泣きながら港まで歩いた。

 そして貨物船に身を潜める。行き着いた場所はノルウェーだった。

 昼間に街の図書館へ入り、誰にも見つからないようそこで夜を過ごす。寂しさを紛らわすために本を読み、空想に浸る——

 主人公が女の子で、ハートフルでハッピーエンドの物語がいい……

 ヒロインに自分を投影して読むのが、バレンはたまらなく楽しかった。


 けれど、ひとりぼっちが身にしみて、本を読んでも満たされない日が訪れる。

 するとバレンは、素敵な友達を思い浮かべた。


 "とても足が早くて、とても賢くて、おしゃべりができる……全く臭わなくて、とても誠実で———わたしが呼んだら、すぐに駆けつけてくれる

 わたしと同じ時間を生きてくれる、長生きする丈夫な友達が欲しい

 わたしと同じだと、追いかけられて毛皮を剥がされちゃうかもしれないから……そうね、小犬がいいわ

 小犬は、みんなから可愛がられる人気者だから"


 バレンは犬の図鑑を見て、その中から友達の見た目を選んだ。


「やぁ、バレンタイン。」


 間近に大人の声を聞いたので、バレンはびくりと肩を揺らす。

 図鑑から顔を上げると、目の前に小型犬がちょこんと座っていた。

 スムースコートの、ジャック・ラッセル・テリア。


 親愛なるその友に、バレンはマーティンと名付ける。

 バレンは彼に全てを話した。仲間や両親の死……ひとりぼっちでいることを自分が淋しく思っていること……友達を思い浮かべていたら、マーティンが現れた事……。


「大丈夫だよ、バレンタイン。ぼくにまかせてくれ。」


 マーティンと共に夜の図書館を駆け回り、彼が言う必要な本を集めた。

 マーティンが難しそうな分厚い本を読んでいる時、バレンはおとぎばなしを読んでいたり、自分で物語を描いたりしていた。


「バレンタイン、こっちへ来てごらん。これからきみに魔法をかける。ドワーフウサギだと分かるその見た目を、どうにかしなきゃいけない。」


 顔の横から出ている長耳の毛先と二足歩行で歩く兎足の末端は茶色く、髪以外他は白い毛で覆われている。ふわふわと横へ広がった、眩しくない色合いの金髪。低くて小さなウサギの鼻と、小山のように釣り上がった小さな口……。

 それは、マーティンが本から習得した魔法によって人の姿へ変えられた。


 これでもう、バレンは毛皮を剥がされる心配が無くなった。


 バレンとマーティンは、森に小さな家を構えた。

 家は勿論のこと、必要なものはバレンの魔法でなんでも揃えた。

 日中はふたり街へ下りて図書館へ行き、本を借りて一緒に読む。バレンもマーティンも、本が大好きだった。

 バレンが読むのはいつも、ハッピーエンドのおとぎばなし。

 マーティンは専門的な知識の詰まった難しい本を好むが、バレンが書いたおとぎばなしなら優先的に喜んで読んでくれる。


「……マーティン、毎日何を真剣に読んでいるの?」


「魔法学と錬金学さ。きみの魔法について、詳しく知りたいんだ。」


 ある日……

 ふたりが家で食事をしている時だった。

 玄関の扉が突然に開くと、白いスーツを着た男が家に侵入してきた。彼は何も言わず、片腕についている金のクロスボウをバレンへ向けた。

 矢が放たれる瞬間、横からマーティンが男の腕に噛みついたので、軌道がそれて矢がバレンに当たることはなかった。

 マーティンに気を取られている隙にバレンは暖炉の引っ掻き棒を手に取り、それで男の脚を殴る。

 そうして仰向けに転んだ男は床に頭を打ち、その場で気絶した。


「この人、密輸業者……? わたしを追いかけてきたの?」


「どうかな……バレン、彼を拘束してくれ。それから、彼の頭の中を覗いてみよう。」


 バレンは男を拘束し、マーティンが男の脳内をスクライングした。


 分かった事実は、驚愕するものだった。

 男は天使だったのだ。

 神は、バレンの命を狙っている——


 ふたりは住んでいた家を後にし、ホテルを転々とした。

 一度目の襲撃から間も無く、また天使がふたりの前に現れる。何度追い払おうが倒そうが、天使たちは何度もふたりの前に現れ続けた。


 ノルウェーからアイスランドへ。

 それからポルトガル、スペイン、フランス、アイルランド——


 国を渡りながら、バレンとマーティンの逃亡生活は2年ほど続いた。

 アイルランドに到着すると、ふたりは大学院の図書館に潜り込む。そこで、身を潜めて暮らしはじめた。


「最初の頃を思い出すわ……図書館は、すごく落ち着く。」


 ある日。ふたりは、夜更けの遅い時間に図書館を訪れてきた男に見つかってしまう。

 閉館している時間帯に人が入ってくることはないはずだが、その男は図書館の鍵を持ってやってきたのだ。


「……やぁ。僕はウィリアム。話し声が聞こえていたけど、君はその小犬と喋っていたのかい?」


 男に見つかり、怒鳴られてつまみ出されるかと思いきや、彼の対応には親みがあった。

 顔周りに髭を蓄え眼鏡をし、年は50代〜60代ほどだが、その物腰には若さがある。

 バレンたちを見つめる彼の目は、新しいものを発見した子供のように、とてもワクワクしているようだった。

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