第20話

「ねぇ、君たち。僕の部屋に来ない?眠れないなら、一緒にお話をしよう。」


 ウィリアム・バイロンは、魔法省の傘下にあるこのカンヴァース大学院の理事長だった。

 彼は自分のオフィスにバレンたちを案内すると、お茶やお菓子を振る舞った。

 暖かくもてなしてくれた彼に、バレンたちは自分たちの身の上を語る。意外にも、ウィリアムはあっさりその話を受け入れた。


「大変だったね……でも、もう大丈夫。僕が君たちを保護してあげる。守ってあげるよ。」


 子供のような幼さのある微笑みを浮かべ、ウィリアムはふたりに手を差し伸べた。


「かわりといっちゃあ、なんなんだけど……。バレン、君の魔法にはすごく興味がある。研究させてもらえないかな?君も、自分の持つ力についてはよく知っておいたほうがいい。神が君を消そうとするくらい、君の魔法はとても強力なんだろう。その力を理解した上で、正しく扱えるようになったほうが君のためであると僕は思う。」


 マーティンの後押しもあり、バレンはウィリアムの申し出に同意した。

 カンヴァースが保有するラボで、バレンは毎日数時間ほどウィリアムの研究に付き合った。研究には、賢いマーティンも加わった。

 テストとして、最初は簡単なものを創造した。

 口頭と書記、両方を用いて言葉を紡ぎ、食物から小物、家、犬や猫などを生み出していく……しかし、マーティンのように賢い動物は創れなかった。

 虫に死ねと言ってみたが、虫は死なず。

 人にお辞儀をしろと言ってみたが、お辞儀はされず。

 ———そんなふうに、バレンは様々な実験をこなしていった。


 そうして、半年がたったある日——

 カンヴァースに身を置いてから、バレンははじめての外出をした。

 マーティンを置いて、ひとりだけウィリアムに連れて行かれたのは刑務所だった。


 コンクリートの壁に囲まれた薄暗い部屋には、目隠しをされて椅子に縛り付けられている裸の男の姿。

 不安を煽られるには十分な構図で、嫌な予感しかしなかった。


「バレン、これを読んでくれる?」


 ウィリアムからバレンへ、一枚の用紙が渡される。


「……え…………」


 そこに書かれている悍しい内容に、バレンは息を呑んだ。体が静かに震え出す。

 この部屋に入った時の嫌な予感は的中したのだ。


「どうしたんだい?」


「……ゃ、やだ……こんなの、読みたくないわ……」


「……いいかい、バレン。」


 ウィリアムはしゃがみ込むと、バレンの両肩に手を置いた。

 そして、言い聞かせる時のように彼女の目を真っ直ぐに見つめる。


「最初の文章……それは事実なんだよ。彼は、君が憎むべき相手だ。仮に彼が傷ついて死んだとしても、それは君の本望じゃないのかい?」


 震えを押さえ込むように、ウィリアムの手はバレンの肩を強く掴んだ。


「仇を討つんだ。」


 そう言って、ウィリアムはバレンを男の方へ向かせる。

 小刻みに震えた唇で、バレンはゆっくりと紙に書いてある文章を読み始めた。


「"いっ、今……わたしの目の前にいるトミー・ニクスは…ドワーフウサギの毛皮を剥いで皆殺しにした、密輸グループのひとり。わたしは彼を許せない、許さない。だから、ひたすらに呪詛を叫ぶ。この祈りが届くまで、わたしは叫び続ける———……トミーの足は爪先から皮膚が捲れ、」


「ひぎッ……」


 男の呻き声を聞き、バレンは思わず口をつぐんだ。

 男の足の爪先から血が滴っているのを見た彼女は一歩、二歩……と後ずさったが、とん、と肩に置かれた手がそれを止めた。


「大丈夫、続けなさい。」


「わっ、わたし、怖い……っ……」


「バレン、この男が憎くないのかい?」


 憎い。憎いに決まっている。

 彼らのせいで、どうしようもない絶望と孤独を味わったのだ。息ができないくらい苦しい思いをした———


「僕はね、君に復讐の機会を与えているんだよ。君がここで手を下さなくても彼は死刑になるけど、その場合、死刑方は電気椅子だ。3分間、2000ボルトの電圧をかけて殺すんだよ。彼が苦しむのは、たったの3分間だけ……。全身の生皮を剥がされて、そのあと3分で死ねると思うかい? 数時間は生きてられる、尋常ではない苦しみと共に。君の家族や仲間に比べたら、彼は安らかな死を迎えることになる。それでいいのかい?」


 残酷な仕打ちを自ら下すことに恐怖があったが、後になって自分の手で殺しておけばよかったと後悔はしたくない。

 だから、バレンはあの日の記憶を根から掘り返した。そうして胸を憎悪でいっぱいにしようとした。躊躇なく復讐できるように。それが正しいのだと、自分に言い聞かせるように。


「そッ……それは、ゆっくりと……時間をかけて、膝へ到達する……」


 爪先から徐々に、脚の皮が捲れていく。脱皮をしているようだった。

 皮と身をつなぐ筋が、伸びた後にプツプツと切れる。にゅるにゅると皮が剥がれていき、男が座っている椅子周りに血溜まりができる。


 ——数十分後、男の体は二つに分けられていた。身と、皮。

 目隠しが取れた目元は瞼が無くなり、眼球が剥き出しになっている。

 呼吸をするたび、赤い皮膚が蠢くように上下した。


 ウィリアムは感嘆の声を上げる。


「すごいじゃないか、バレン! 虫も殺せなかった君が、人を死の淵へと追い込んでいる! ……さぁ、どんどんつづけよう。君の仇はあと12人残っている。つまり、あと12通りのシナリオがあるんだ。」


 ウィリアムはそれぞれの死に方が書かれた紙をバレンへ渡し、それも読むよう促した。

 内容はどれも酷いもので、内臓を破裂させたり、骨のみを粉砕したり、体の一部を捻って血を絞りとったり…。


 憎い相手だというのに、その残酷な死に様を目にしていくのは気分のいいものではなかった。バレンは、何度か嘔吐した。

 それでもウィリアムはバレンに文章を読ませ続けた。

 終始真っ青なバレンとは反対に、彼はとても生き生きとした様子だった。子供が捕まえた虫の羽をちぎるように……落ちている鳥の死骸を枝で突くように。


 帰宅後、バレンはマーティンに泣きついた。

 復讐をして、なにかスッキリしたわけでもない。

 両親は戻らない。虚しいだけだった。


「———今日は、これを読んでみてくれ。」


 それからというもの、バレンは刑務所へ足を運ぶことが多くなった

 死刑囚を相手に、バレンは密輸業者たちにした事とと同じ事を強いられる。

 他にも様々な実験をしたが、人を死に追いやることはできても生き返らせることはできなかった。


「わたし、もうあんな実験したくない……」


 探究心が強いマーティンの夢は、研究者になることだった。今いる環境は、彼にとってはとても都合がいい。

 マーティンに申し訳ないと思いながら、バレンはついに限界だと彼に告げた。


「今まで、辛いことをさせてごめんね…大丈夫、きみは絶対に幸せになれるから。」


 そして、マーティンはある事をバレンに提案した。


「きみにとって優しい世界を作って、そこへ逃げ込めばいい。きみは、おとぎばなしを作るのが得意だろう。カンヴァースを出れば、言うまでもなく天使に狙われる……ウィリアムも、今更きみを手離しはしないだろう。」  


「わたしが書いた本の中に入るの……?」


「天使はあのコンパスを使ってきみの魔力を感知し、大体の居場所を突き止めている。この部屋と同じように、結界の中にいて魔力の感知を妨げられるなら、きみも自分の結界を作ればいい。誰も入ってこれない、安全な場所を。」


「できるかどうか、わからない……」


「できるよ。うまくいくよう、ぼくも手伝う。」


「……マーティンも、わたしと来るよね?」


「ぼくはここに残る。きみに関する研究資料を全て処分しなきゃいけないし——」


「やだ、一緒に来てよ……!」


「きみがこっちに戻ってこられるように……この世界で、きみが幸せに暮らしていけるように……ぼくはここに残りたいんだ。神や天使を、どうにかする方法がないか探す……大丈夫さ、バレンタイン。ぼくはとっても賢い、きみの友達だから———」






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