第二章
第7話 紅血の悲願
【1】
ケルトと名乗った少年が姿を消してからルイとメアは呆然としたままダンジョンを離れた
しばらく街中を歩くが時刻も夕方を過ぎようとしていた。辺りは既に暗くなり始め一通りも少ない。次の目標地点はここから世界樹のダンジョンに向けて進まなければならない
馬車に乗ればすぐだが今日はもう暗くなるので使えないだろう。そのためどこかで一夜を明かさなければならなかった
ルイもメアも一文無しという状況であり宿に泊まるなんて選択肢はなかった。しかし先程ダンジョンで倒した魔物の素材が少し残っておりそれを換金するために街中を歩いているのだが……
「なぁメア、お前ほんとにここの地理に詳しいのか? すぐ着くって聞いたんだけどもう20分は歩いてるよな?」
もしも彼女の心の声が直に聞こえてしまったのなら恐らくはギクリと大音量で流れていただろう。メアは笑顔を絶やさずに振り向き目を細めた
「なんか、言ったかな?」
黙ってついてくればいいんだよ、と言いたげな表情をしながらまた前を向いて歩き始める
仕方なく黙ってメアの後ろをついて行くが街の人に聞いた話だともう通り過ぎていてもおかしくはない──やはり、無理にでも引き返させたほうがいいのではないかと思った
そんな不安に迫られながらどうしたものかと歩いているとふいにメアが足を止めた
「ここは……?」
着いた場所は二階建ての横に狭く前後に伸びた家だった。看板らしきものは既に半分落ちそうになっており文字は煤けてなんて書いてあったのかすら分からない
「普通の換金屋に行くよりは私の知り合いの所で換金した方がいいわ。それにここなら1日くらい泊まっても何も言われないはずよ」
そう言いながら扉に手をつけギギギ……と音を立てながら開いていく。外から中を見ると薄暗く電気もついていない部屋がみえた
メアが先に入り後からルイも入る。うっすらと見えたその机には大量の本が見える。そしてその奥の椅子には──
「うわぁ! お化け!?」
白髪を後ろにまとめ服は茶色の和服、やつれた表情とこの暗さによってルイから見るとお化けにしか見えなかった
「あ、クー婆! 久しぶりです。この前は私を助けてくれてありがとうございました、お礼が遅れてすみません」
メアは目の前のお婆さんの所まで歩くと頭を軽く下げてもう一度ありがとう、と呟いた
「大丈夫じゃ、それにしても今日は新しい客が来とるのお」
クー婆と呼ばれたお婆さんはルイの方へ視線を向けると興味津々にみつめている
しかしルイが思っていたことは
「メア、この婆さんって……? それに助けてもらったってどういう……」
あぁ、説明してなかったね。と言いながらメアはクー婆の隣の椅子へ座る
「数ヶ月前までは私は『魔境』に住んでいた獣人だった。でもある日王国の騎士がやってきて私の故郷を焼き払ったの」
その話を聞いてルイは驚いてしまった。王国の騎士が魔境へ出向くとき、王様は「魔物に襲われた民を守るための兵士、それが騎士である」言っていたのだ。しかし事実は魔物を攻めに行っていただなんて……ルイは王様から使い勝手のいい道具として扱われていたことに歯噛みする。王国の連中は民すらも騙し
先導して『魔境』に住んでいるメアみたいな獣人の故郷に攻めているのか
王国はなぜそこまでして獣人を迫害するのか
王国はなぜ『魔境』から攻めてくる魔物ではなくこちらから攻めているのか
それと王様が世界樹のダンジョンに拘っているのには関係があるのだろうか
ルイの脳内には王国に対しての不信感と王様が何をしようとしているのか、世界樹のダンジョンとはなんなのか。それが強く頭にこびりついて離れない。知りたい、そう思ってしまう
「故郷が焼き払われた後、生き残った子供は全員じゃないけど逃げきれなかったのはみんな王国の騎士に捕まった。私も──、そこからは苦痛の日々だった。奴隷として王国に運ばれ人間たちに獣人だからと暴力を振るわれる、少しでも抵抗しようとしたら騎士がすぐに駆けつけてきた」
だから、あの日ルイと出会ったとき抵抗できなかったんだ。そう付け加えた
王国はなんで勇者を召喚したりと戦力を増やしているのかは前から気になっていた
魔物を倒しているのは恐らく騎士のレベル上げ……、だとすると獣人を奴隷にしているのは恐らく商売が目的なのだろう
もしあの時ルイがメアを助けなかったと思うと後悔をしない選択ができてよかったと思えた
「私が奴隷として街に着いて少ししてたらある日このクー婆が奴隷市場までやってきて私を買い取ってくれた。最初は怖かった、また暴力を受けるのかなと。けどクー婆は私に衣服と隠れる場所を与えてくれた──それがここ、だから私からしたらクー婆は命の恩人で魔法を教えてくれた師匠でもある」
クー婆はそこで一冊の本を手に取るとルイに差し出した
「主へ頼みたいことがある。儂はもう長くは生きれん、それにこのメアを守ってくれる存在も、メアにとって大切な存在も現れた」
メアは顔を真っ赤にするとルイから視線を遠ざけてぷい、と顔を背けた
「この本は『魔導書』と呼ばれる。どんなに適正がなくともこれを使えば魔法が使えるようになる──そしてこの魔導書の中身は恐らくこの世界に1つしかない魔法『闇魔術付与』
だ。主からは全ての魔法適正がないように見えるがその内から見える魔法も恐らく1つしかないだろう」
内から見える魔法──きっと創造魔法のことを指しているのだろう。しかし闇魔術付与とはいったい──
「主の持つその創造魔法とこの闇魔術付与を使えば今までイメージしても再現できなかった魔法が少し使えるかもしれぬ。それも闇魔法のようなものならあとは創ればいい」
主だけの武器じゃ、とカッカッカッと笑った
「クー婆さん、ありがとう。大切に使う」
感謝しつつ魔導書を手に取ると膨大な魔力を感知できるほどに凄いことがわかった
「私の身の上話はこれくらいかな、それと1つクー婆に聞きたいこともあって今日は来たんだ」
換金の話の前にすることがあったらしくメアは咳払いをすると声を潜めた
「──紅血。知ってることがあれば教えてほしいの」
紅血──、ケルトと名乗った少年が所属している団体。世界樹のダンジョンを攻略するのを目指しているらしいが確かに気になるところであった
「紅血、そうか……」
クー婆は1度上を見上げて目を閉じる。そしてメアとルイを交互に見ると口を開けた
「王国が魔境に対して侵略しているのは分かっておるな。それに対して復讐を目的とした獣人や魔境に住む人間、魔族が集まってできたものが『紅血』という。そして主らが聞きたそうな世界樹のダンジョンについてだが」
そこで一旦言葉を切ると少し迷った素振りを見せるが続けて発した
「
「「世界樹の宝石?」」
メアとルイは揃って首を傾げた
「その宝石を使えば世界の半分を丸ごと消滅できるくらいの魔力量が放出される、はっきり言ってしまえば戦争兵器──いや、それすらも凌駕する存在じゃ」
紅血は王国に対して復讐を誓っており、ケルトの言うように世界樹のダンジョンの攻略を目指している──まさか
「紅血の悲願って王国への復讐、そのための世界樹の宝石なのか!?」
そして、王国もまた。いや、王様も世界樹のダンジョンの攻略に拘っている。そして王国は魔境の侵略を繰り返している、そこから分かるとすれば王国は魔境を滅ぼそうとしていることだ
「く、そ……」
ギリ、て歯ぎしりをするが今すべきことが明白に理解できた。ケルトには既に鍵を1つ奪われている、それを使えば世界樹のダンジョンは10層まで攻略されることになる。残る鍵は5つ。それを紅血や王国より早く見つけルイとメアで世界樹のダンジョンを攻略しなければそれ以外のどこかが攻略してしまったら──
そう思うと身震いがした
「ルイ、私には私の理由があるって。言ったよね。私はね────獣人も人間も良い人たち同士なら分かり合える、楽しく平和に暮らせると思う。だからそんな夢を叶えたい」
そう言ってメアは目を閉じて机にうつ伏せのまま倒れた。少しして睡音が聞こえるので寝たのだろう
「クー婆さん、俺は──世界樹のダンジョンを攻略する」
カッカッカッ……とクー婆は楽しそうに笑った。ルイは眠気に耐えながら素材を渡して換金してもらった
「世界樹の宝石か……俺は、なにを望んでいるのだろうか」
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こんばんは、めるです
第7話より魔境編がスタートするということで話が濃密になってきてます。そのため更新が遅れてしまったことをお詫びします
そして謝辞を。今回は第7話を読んで頂きありがとうございます。
ここから何話かにかけて魔境編がスタートしていきますのでよろしくお願いします
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