第4話 青き星の夢の終わりに、超時空猫は超々時空猫の奇異なる姿を見るか?

◆◆次元の狭間 時の忘れ物亭◆◆



ここは時の忘れ物亭。あらゆる時代の迷い人が暫時の安堵を得る、泡沫うたかたの宿り木。


「ひぃっく。ちいいいくしょおおおおお~~~。ラトルも駄目、リンデも駄目、異時層も駄目、ゼルべリア大陸も駄目ぇぇぇぇ。どこに、ひぃっく、行ったら、ヤマネコの奴を変なところに出現させてぇぇぇぇ、ハメてやれるってんだよおおおおぉぉぉ…」

「もう諦めろよ……」


カウンターでアルドは、完全に出来上がっていた。

(コンプライアンスが理由かは知らないが) 酒が飲めないアルドが、ぐでんぐでんになっている姿は貴重だ。

あるいは、興奮作用があることでその筋の方には有名な草、ハッスルセージでもキメているのだろうか。


「こいつ、コーヒーで酔うんだよ」


金髪のマスターが豆を挽きながらエルガに言う。

どこぞのニワトリモドキかこいつは。変身能力のあるケモノはコーヒーで酔っぱらう法則でもあるのか。


「とぉりあえずぅ、コーヒー牛乳ぅぅぅぃぃぃ。生でなぁぁぁぁ」

ヤマネコだろうが容赦なく、ぼったくられる。そんな不安を呼ぶ台詞をダーク化したアルドが吐く。

……コーヒー牛乳に生ってなんだよ。



あらゆる時代の、あらゆる大陸の、この星の全てを回り回ってヤマネコを変なところに出現させることが出来そうな場所を試したが、アルドが望む結果は出なかった。

色んな施設の壁は勿論、釣り場や岩場まで試したが駄目だった。

夢破れ、場末というよりは――――世界の末の酒場で無駄に浮世の憂さを晴らしている。

そんな時だった。





「アルドのお兄ちゃん、いるー?」






声と共にパタン、とドアを開けて――――――――二人のノポウ族が入ってきた。


片方は頭に白い葉っぱをしたノポウ族。アルドの仲間の一人、ポポロだ。


もう一人はここから少し離れたところに店を構えるノポウ・ロイヤルカンパニーの店主だ。


数々の希少品を、ツブラの玉と交換してくれる彼にはアルドたちも日頃世話になっている。

先だっての次元の狭間で、無意味な挑戦をしていたアルドを観察していたのは彼だ。



「おおおぅポポロぉぉぉぉ。笑ってくれぇぇぇ。ヤマネコ一匹、変な場所に呼ぶことも出来ないこの俺をををおぉぉぉぉ」

「うわぁ………どうしたの、お兄ちゃん?」

「すまねぇ、ポポロ。見ての通り、アー公酔ってんだ。いきなりヤマネコとか言われても、何言ってんのか分かんねえだろ。」


ヤマネコをハメる旅。

その中で古代の大樹周りには、ハメるのに良さげな場所がないことは自明の理だったので、彼らは寄っていないのだ。

ポポロにはアルド達がどこで何してきているかを知る由もない。

だが。


「うん……お兄ちゃんたちがヤマネコで (お馬鹿な挑戦を) 色々やってる事はしってるよ。」

「ん? 何でだポポロ?」

()の中に辛辣な事実が書かれていた事はこの際無視して、知る由がない事をポポロが知ってる理由を彼に問いただす。



「うーんとね、それなんだけど……こっちの人が、『ヤマネコをハメようとしているお前たちに話がある。』……って言ってるんだ。」

そう言って、ポポロは一緒に入ってきたもう一人のノポウ族の店主を示す。

紹介された彼は、自身の存在をアピールするように二回首を縦に振り、両手を上げた。

この店主を介してポポロはアルドの挑戦を知ったのだ。


そして店主は、ポポロに『ポポ、ポッポッポウ。』と彼らにしか分からない言葉で話す。

それをポポロがアルド達のために通訳する。


「『ついてこい、お前の望みを叶えてやる。』……だって。」


「どういうことだ? 詳しく聞かせてくれ。ポポロ。」

「変わり身早ぇって、アー公!!」

さっきまでの酔っぱらい状態が何だったのか、急にシリアス顔になったアルドにエルガが突っ込んだ。








◆◆次元の狭間 ノポウ・ロイヤルカンパニー前◆◆



案内役のポポロに連れられ、アルド達はもう一人のノポウ族と共に、ノポウ・ロイヤルカンパニー前までやってきた。

店主が普段構える場所の後ろの本棚には、未だ交換された事のない夢詠みの書がホコリをかぶっている。

エルガはその一冊を手に取り息を吹きかけホコリを飛ばす。

…………ゴミではない。


夢詠みの書は誰もが求める貴重な書物ではあるが、幸運にも既に☆5で、AS化も果たしているエルガ (冥値も32) にとっては無用の長物である。


「………で、ポポロ。ここでどうしたらいいんだい。」


「『こっち側じゃない。店の反対側だ。もっと離れろ』……だって。」

店主の指示のままに、アルド達は店から離れていく。

『そう、そこで良い。こっちを見ろ。それでもうちょっとだけ待て。』……って言ってる。」

そして0時01分。


ヤマネコが、アルドの背後に現れる。




















ノポウ・カンパニーを含む次元の狭間。その一帯を囲うに。



「――――――――これだよこれえええぇぇぇ!!! これが見たかった!!! これが!!」



今、どんな風景が彼らに見えているのか解説しよう。

有体に言えば、鉄柵にヤマネコがぶっ刺さっている。

そんな画だ。以上。

次元の狭間の他の場所ではこうはいかないが、唯一ここが、鉄柵の後ろにヤマネコを呼べる事が出来る場所なのだ。

ノポウカンパニーのこの場所だけは、アルドが境界の端っこ極限までやってくる事が可能で、そしてその後ろにヤマネコが現れる場所なのだ。



「やった、やったあああ!!」

その場で(まるで原始のリズムに合わせて踊る原始人のように) 喜びからアルドは踊り狂う。



「ポポッポウ。ポポウポポポックルポポウ、ポッポウポポ。ポポウポポポックル、ポッポポウポッポ…ポポッポポポウポッポ。」

「えっと……『これからも頑張ってくれ。槍で突くなり火の上水の上に落とすなり、とにかくヤレルだけヤッテくれ。できればヤツを*すか、ずっと閉じ込めてくれ…二度と現れないように』……だって言ってるよ。」

(あらゆるプレイヤーにとって) 心の底から恐ろしいセリフを吐く。


「物騒だなオイ!! でも…なんでノポウ族がヤマネコに危害を加えようとすんだ?」

エルガがポポロに、店主の事情と理由を尋ねる。

当然の疑問だ。こんなことをして、一体ノポウ族の店主に何のメリットがあるというのか。


「うん、僕も理由を聞いたんだけど…『あいつは商売敵だ。あいつがいなければ、もっと稼げるのに』って言ってたよ。」


「稼げる?…………ああー、そーゆーことか。」

ホコリを被った夢詠みの書の山に再び目をやり、ノポウ族の店主が言わんとすることをエルガは理解した。



ノポウ・ロイヤルカンパニーの1,2の高額商品は『夢詠みの書』と『各種異説』だ。

だが、クロノスの石を使い、夢見館から仲間を呼んだ時に幸運にも――――☆4.5ならばいいが――――もし、☆5の人物が扉から現れた時には必然的にそれらは必要無くなっていく。

さらにアナザーダンジョンだ。

そこに入るためにはグリーンキーかレッドキーが必要だが、それらが無ければクロノスの石を使って入る事も出来る。その結果ごくごく僅かな可能性であるが、夢詠みの書や異説が手に入ることもある。

アルドがツブラの玉を回収する分は、経時ごとに回復するキーで充分なのだし、そもそもグリーンキー、レッドキーもノポウ・ロイヤルカンパニーの取り扱い商品である。

要するに、ヤマネコがクロノスの石をアルドに渡すたびに、ノポウの店主が稼ぐ機会は減っているのだ。


(確かに、ツブラの玉を稼ごうとするノポウ族にとって、クロノスの石を配るヤマネコの存在は……商売敵か。)


悲願を果たし、尽くせない程のお礼を、ポポロと店主に言っているアルドを横目にエルガは一人納得する。

万歳してまで喜びを表している。よかったね。

「いや、万歳とかしてないでさ、さっさとクロノスの石を受け取ってヤマネコ帰してやれよ。」

感涙していつまでも浸っているアルドにエルガが突っ込みを入れた。





























――――――――ともあれ、これでヤマネコをハメるというアルドの目的は果たしたのだ。

下らない目的で時空を超える旅もこれで終わりだ。

エルガには賞金稼ぎとしての、慌ただしい日常が戻ってくるだろう。







……当然、それは甘い考えである。













◆◆現代 王都ユニガン 酒場 兼 宿屋◆◆



――――――――仕事を終えてエルガが、ねぐらにしているユニガンの酒場兼宿に戻ってきたのはすっかり夜も更けたころだった。

『宇宙刑事トウバンジャン (激辛!)』とかいうふざけた名前の賞金首を蛇骨島まで追って、捕まえて、引き渡して、夜中になってようやくユニガンまで帰ってきたのだ。


相棒の猫、リーゴがいなければ危なかった。と、改めてエルガは反芻する。

追い詰められたトウバンジャンが、おかしな形の船……空でも飛べそうな……そんな形の………ぶっちゃけ宇宙船で逃げ出そうとした瞬間、リーゴが奴に飛び掛かった。

途端に、宇宙船は木っ端みじんに自爆したのだ。何故か。

あえなく奴は御用となって、メデタシメデタシ。と相成った訳だが――――何故宇宙船が爆発したのかは分からない。

トウバンジャンは、カンカンノウがどうとか言っていたが。


―――――猫が狩りをする仕草と、カンカンノウ踊りに、似た動作があることが何か関係してるのだろうか。

まあ、そのあたりの話は、どうでもいいことだ。




「………………… (馬鹿か。)」


外を照らす月の明かりは、仄かにしか室内に入らない。

ランプを灯そうとも思ったが…………それは取りやめて、彼女は匂いを頼りに夜食に向かう。

食卓の上には店主が夜食用に置いてくれていた、おにぎりがある。変わらず東方向けの食事スタイルの提供に挑戦しているようだ。

厨房の方からは微かにスープの匂いが漂っている。

リーゴの足を拭いてから、共に食事をするために机に載せてやる。

そしてエルガはまだ温もりが残っているスープを器に盛って、机の上の冷めたおにぎりを手に取りかぶりついた。

その直後。

















ボッ








…………アルドの尻が発火したわけではない。

ランプに灯が点いた音だ。








「………………」

「…………………(もぐもぐ)」

「……………………」

「……………………(もぐもぐ)」


………………暗闇の中、顔の下にランプの光を充てこちらを見つめるどんぐりマナコを無視して、エルガは黙々とおにぎりを食べている。


「って……驚かないのか………。びっくりさせようと明かりもつけずに息を殺して待っていたのに。」

「知ってるだろが。鼻が利くんだよ、オレは。………誰かさんのせいで、うどんでも詰まらせない限り。」

皮肉を込めてアルドが潜んでいた事なんかお見通しだ、と言い放つ。

意味もなく人を驚かせるためだけに、この男はわざわざ暗闇の中潜んでいたのだ。

だがエルガも学習したのか、うどんの時と同じ轍は踏まない。


「つまんねー」、と言いながら抜け目なく人の夜食を掴みとろうとするアルドの手を、リーゴがバシバシ叩いて牽制する。

もう片方のアルドの手には、エルガには良く分からない妙な機械が掴まれている。


「で………またヤマネコをハメるためにオレを誘いに来たのかよ、アー公。」

「うん。」


最早用件は分かっている。だから先に切り出した。

っつーかあれだけ酷い目に合ってたのに、まだやる気なのか。


「懲りねーな、お前。そもそも、もうこの星……地球のあらゆるところは行きつくしたんじゃねえのか?!」

「ふふ、まだ、可能性を秘めた場所があるのさ。」

そう言ってアルドは次に向かう先を言い放つ。



「今度は――――――『月』だ!!」

「は?」

「詳しい経緯は置いておくけれど、最近になって西方経由で月まで行けるようになったんだよ! あそこになら、もっとヤマネコをハメる事が出来る場所があるはずだ!」

「………アー公お前、良くそんな目的のために、わざわざ月まで行こうとか思えるな。って……」

手段も道程も選ぶ気が無いアルドを尻目に、今更ではあるが疑問に思った事を問う事にする。



「……あのさ、アー公。なんでお前、あのヤマネコに執着するんだ?」

ぶっちゃけ彼のやっている事には何ひとつメリットなどない。

ノポウ・ロイヤルカンパニーの店主と違って、アルドにとっては本当に良い事がない。

アルドにとって例え奴が生意気だからって―――そのために尻を焼いたり沼に落ちたり―――散々な思いをしてまでやる事か。

「ヤマネコをハメたからなんだってんだ。クロノスの石貰えなくなっても知らねーぞ。」

(※ それはちょっとやめて下さい。マジで。)


「うん……エルガ。」

エルガの問いに、どこか切ない目でアルドが話し始める。


「…………あいつは………ヤマネコは、どこから来るんだろうな……。」


「俺は、あいつが普段どこにいるのかなんて知らない。毎日毎日、石を渡したらすぐ去っていく……」


「本当にふっ…と現れてどこかへ消えるように去っていく……」


「ヤマネコは、今の俺が絶対に行けない所……そんな領域の存在なのかな……?」


「でもさ、エルガ。それは、なんだか―――――



























―――――――『エデン』が囚われている場所に……繋がらないか?」





アルドは語る。少しだけ、何かにすがるような表情で。


そもそもヤマネコが、どういう存在なのかは誰も知らない。

何故クロノスの石をアルドに渡すのか、分からない。

だけど彼が普段待機している場所は、もしかしたらエデンを助ける道に繋がっているかもしれない。

どんな形でもいい。混沌とした、領域でも構わない。ヤマネコをハメて……その存在の在り方に近づけるのならば。どこか今彼が行けない所に繋がるならば。

たとえすべて失う運命としても、救いようが無い運命から、救うべき者を救いだせる事が出来るのならば。



「アー公………お前…………」

「まあ、何かの保証があっての行為じゃないけどさ。それでも……僅かでも……可能性が……俺に出来る事があるのなら―――――――」



時間の縁を彷徨って……震えている世界の「光」だった、小さな仔猫のキロス。


その光を包んだ幼い手を……エデンの温もりを、まだアルドは憶えている。



だから、何があっても―――。


『どんなに 手探りでも……いつか 絶対にエデンを救け出す。』


かつてコリンダの丘でシェイネに対して語ったその想いは―――――その覚悟だけは、アルドから絶対にぶれることはないのだろう。

主人公としての矜持を彼は忘れていない。

今はまだ、プロジェクトアナザーエデンが発動されて間もない。

まだ届かないけれど、この先の旅路の果てに、そのエデンを救う意思が叶う日が来るのだろうか。

願わくば、アルドの想いが近いうちに報われる事を祈ろう。…………今、彼がやろうとしていることが、ファントムの連中よりも混沌として破滅的という事から目を背けながら。



「…お前がご立派な意思を持ってヤマネコをハメようとしている事は分かった。アー公。」

まあ、アルドがヤマネコをハメた先に何を見ているのか、そこに彼の果たすべき使命があるかもしれないという事には納得した。

未知の領域の存在ならば、エデン救出に続く手段に繋がるかもしれないという想いの上の行為だと。

「で、それはそれとして……今お前が手に持っている怪しいカラクリは何だ?」

そうエルガは、先程からアルドが手に抱えている機械装置について質問した。


「ああこれ?未来の写真機。画像記録装置だよ。一緒に未来を旅した時、エルガもA.D.1100年の文化は見かけてたよな。」

エルガはかつてアルドと一緒に未来エルジオンに行き、そこでも賞金稼ぎとして一働きしたことはある。

その中で、人々が『写真』という見たままそっくり写して記録する機械の事もおぼろげに見かけてはいたが……。

「アー公…‥お前、まさかヤマネコをハメている写真を………」

「うん」

撮るつもりなのか。

そうエルガが言う前に、アルドは答えた。


「最近、未来の時代に猫写真館ってのが出来たんだよ。で、そこの人から『これで色んな猫ちゃんの写真を撮ってくれ』って貰ったんだ」

アルドは、猫の日に建設された写真場について言及した。

「だからヤマネコの、ショッキング! な写真をいっぱい撮って、展示室をそんな写真で満たしてあげようと思ってる。」

何一つ悪意を感じさせない笑顔のまま、アルドが語る。

そんなもので写真館中を飾られる猫写真家の気持ちを少しは考えろ。

(…………こいつ、ただヤマネコで遊んでるだけじゃねぇのか?)

大体、ヤマネコをハメる事が出来たからって、何がエデン救出に続くというのか。


「と、いうわけで月まで行くぞ、エルガ。あ、今度はリーゴも一緒な! 」

「おいっ! オレはまだ、ついて行くとは言ってねえぞ! 大体、月って人が行って大丈夫な所なのかよっ!?」

「なあに心配しなくていいさ。……ちょっと魔素呼吸に対応出来ないと、死ぬだけだよ。実際俺も死にかけたし。」





プツンっ


―――――――/  `.―――――{エルガ's堪忍袋}




下らない事のために散々連れ回した挙句、能天気に人と猫を殺しかねないアルドの言葉に、上図の如くエルガの堪忍袋の緒がとうとう切れた。

いや………寧ろここまで良く保った。

今、オーガベインを纏う怨嗟を凌ぐほどの幽冥の力が、彼女の周りを渦巻いている。

エルガは、感情のままに短剣二刀を引き抜いた。


「遊びにオレをまきこむな! 馬鹿アー公! 毎度毎度、人の食事の邪魔しやがって!!!!!」




そこまでしてヤマネコをハメたいなら、お前だけで行ってこい。

月まで行くと言っていたな。ならば望み通りにしてやろう。

そう思い―――短剣を握る手に思いっきりの力を込めて、エルガは叫ぶ。







「月までぶっ飛ばしてやる!!!」


















さしものアルドも、顕現武器での四連斬撃クワトロドライブは耐えられなかった。当然のようにしっかりペインまで付与されたから尚更だ。


流石に月まで飛ばされることはなかったが、アルドの体は食堂の壁に造られた穴に埋め込まれている。

その上でエルガの短刀で服ごと押し止められている状態だ。

尚、今アルドの体をピンのように押しとめているその短刀、顕現武器の銘は…………何の因果かヤマネコのしっぽ (テール・リンクス) である。

エルガは、とっくにリーゴと一緒に自分の部屋に入って眠っている。

朝になってここに泊まっている客か、或いは店主が現れるまで彼はこのまま貼り付けられたままだろう。


(…好機だ)



自分の身を犠牲にしたが、大いなる意思の力を乗り越えて今、アルドは壁に縫い留められている。

そう、今アルドの背中は壁の中だ。

極限まで壁に背を向けている、と同義の状態だ。


(この状態ならばヤマネコもきっと―――俺の背後に―――壁の中に現れるはず―――)


もうすぐ日付が変わる。さあ来い。猫よ来い。

ヤマネコが「いしのなかにいる」状態の写真を撮るために、携帯端末の電源を入れてスタンバイする。

希望を胸に、その瞬間を夢見るように待ちわびる。

8分後、0時01分。


ミグランス王の仮宿、ナダラ火山、人喰い沼、でハメようとした時と同様に――――――――――――『目の前』に現れたヤマネコの姿を見てアルドは、落胆した。

(くっ!! ここならイケると思った所に限って俺の背中じゃなく、目の前にばっか出やがって!! やっぱアイツ、生意気だ!! これで終わったと思うなよ!! いつか、必ず―――)


決意を新たにしながら、ヤマネコをハメてる画像を夢見るように眠りにつく。

アルドとヤマネコの不毛な――――――――――本っ当に不毛な戦いはこれからも一日一回続く。ハズ。



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