第27話 物語が終わろうとも
『目覚めよ』
水底に沈められたような深い眠り。
それを妨げる声が聞こえる。
『目覚めよ……目覚めるのだ、我が主よ』
何一つ不安を感じない安らかな眠り。けれど、自らの体が浮かび上がるような感覚と共に、覚醒の時は近づいていく。
そして、
『我が主よ、マジでもう朝だから。七時だから。起きろ』
「ぬぉおおおおおあああああああああ!!? 朝じゃん!! 学校!!」
俺は同居人の声に焦りを感じながら、即座に覚醒。
ベッドから飛び上がり、寝癖を直す暇もなく洗面所へダッシュ。歯磨き、髭剃り、洗顔などを手早く済ませた後は、朝食を得るために食卓へ。
「こら、剣介。慌ただしいぞ」
「すまぬ、父上!」
「剣介。パンとご飯、どっちにする?」
「母さん! 朝はやっぱり和食ですぜ!」
「クソ兄貴、それは洋食派の私に対する挑戦状?」
「おいおい、クソ妹。朝から血圧高いんじゃない?」
「んもう、二人とも! 口からクソを垂れないの!」
ぎゃあぎゃあと、賑やかな朝食を終えれば、後は学生服に着替えるだけ。
やれ、ついつい夏休みが近づくと気が緩んでしまっていけないな。今日は生活指導があるから、きちんと校章も忘れずに、と。
「…………うーむ」
『どうした? 我が主』
学生服に着替えて、鏡の前でにらめっこすると、自分の内側――左腕の手首に埋め込まれた、青の結晶から、脳髄に響くような声が聞こえてくる。
本人曰く、遠い、遠い、遠い宇宙の果てからやって来た、青の略奪神とやらの声が。
「いや、俺ってば、生きているんだなぁ、と思ってさ」
『当たり前だ。汝は我と共生しているのだから。例え、頭部が吹き飛ぼうが、胴体が消し飛ぼうが、即座に再生してくれよう』
「うわぁ、度が過ぎる。不死身かな?」
『化物を殺す者はまた、化物となる。伝承としては珍しくもないだろう? それに、不死の化物を三体も屠った我が主ならば、尚更だ』
「…………ま、死なないなら別にそれでいいや」
『我が主のそういう、大雑把なところ、大好きだ』
ちなみに、響いてくる声は何故か、俺が贔屓にしている声優さんの格好いい姉御ボイスなので、複雑な気分である。
なんか、思春期を拗らせすぎて、エロ妄想で頭がやられた男子高校生みたいじゃん?
『左腕に神殺しの力を宿す、不死殺しの少年。ふむ、名前の前後に十字架マークを付けるか?』
「どこの厨二ハンドルネームだよ?」
『お似合いだ、我が主』
「嫌すぎる」
俺は鏡の前で寝癖を直すと、同居人との会話を切り上げて、登校することにした。
最近は、異常なほどに素の身体能力が上がって来たので、自転車を使わなくとも、きっと、遅刻せずに朝のホームルームには間に合うだろう。
●●●
さて、どうして俺がこんな奇妙な存在と、一つの肉体を共有することになったのか? 簡単に説明するのならば、そうしなければ俺は死んでいたからだ。
「あー、駄目だね、これは」
「え? マジですか」
「うん、ちょっと死ぬ」
「ちょっと死ぬって」
天音先輩との死闘を終えて、死にかけの体で現実世界に帰還した俺だったが、待っていたのは、部長からの死の通告である。
「待ってください、部長。俺、頑張ったでしょう? なのに、死ぬんですか?」
「だって、君…………普通ね、片腕を斬り落として、ろくに止血も出来なければ、死ぬんだよ? 出血多量で死ぬんだよ? 血液の代わりに、無意識で魔力を流し込んで辛うじて延命しているけれど、それが尽きれば君は死ぬよ?」
「えー、死にたくないのですがー」
「僕だって嫌だよ。偉業を果たした君が、スリップダメージで死ぬなんて」
「どうにかなりません?」
「んんんんー、君って、変身ヒーローって好きかな? こう、ちょっとモンスターっぽい感じの変身なんだけど」
「格好いい奴なら好きですね!」
「じゃあ、カタログ持ってくるから、好きなモンスターを選んで…………明日から、君は人と化物の二つの姿を持つ怪人だ」
「人間を辞めさせられる!?」
「だって、それしか現状、僕が君を生かす手段はないわけだし」
「えぇ……でもなぁ……死ぬよりは……うーん、モンスター化の副作用は?」
「時々、人を食べないと辛くなる」
「却下ぁー! 駄目ですぅー! 食い殺されないために戦ったのに、人を食い殺す化物に成るとか、どんなオチだよ!」
「愉快だからとてもお勧めだけれど」
「この土地神はやっぱり、感性が邪悪寄りだよ!!」
俺が寿命を縮めながら、部長に抗議をしているそんな時だった。
当然、右手で持っていた石剣から、脳髄に響き渡るような声が聞こえたのである。なお、この時は性別不明の中性的な声だった。
『我と共に在れ、不死殺しの少年よ……』
「うっ! 頭がァ!? 妙に脳内でハウリングするボイスぅ! ちくしょう、ついに来たか、魔剣の浸食が!」
『すまない……マイクが近すぎた……』
「マイク!?」
『物の例えだ……よし、これでいいか?』
「うん、ちょうどいい……何この、ボイスチャットみたいなやり取り!?」
「原初の石剣とボイスチャット……ぶふっ!」
「勝手に受けてんじゃねーですよ、部長がぁ!!」
『叫ぶな……死ぬぞ……』
「うう、くらっときたぁ」
『我を受け入れよ、少年…………汝は我が宿願を果たした……汝こそ、待ち望んでいた我が所有者に相応しい……受け入れるのだ……』
「あの、こんなこと言ってくるんだけど、部長? え? まだ笑ってんの!?」
その後、腹を抱えて笑い死にしそうな部長を宥めて、何とか石剣が語る言葉の真偽について教えてくれることになったのである。
「安心していいよ、柊剣介君。どうやら、この神格は君に嘘を言っていない。というより、こういう契約の時、僕たちみたいな神格保有者は嘘を言えない立場にあるんだ。だから、この石剣は素直に、君を助けるために君と同化しようとしているよ」
「同化? ええと、具体的には?」
『我が汝と合体し、左腕となる。左腕は有事以外、今まで通りの汝の肉体として機能する。だが、人ならざる者と相対する時になった、その時は――――我が力を振るうがいい』
「あ、なんだ、普通に肉体を補ってくれるんだ。副作用は?」
『ない。強いて言うならば、頑強な肉体を手に入れ、病気や並大抵の怪我とは無縁になることぐらいか』
「え? 最高じゃん! 契約しまぁーす!」
『了承した……これから共に、覇道を歩まん』
「あっはっは! 覇道って、そんな! 異能伝奇ジュブナイルの主人公じゃあるまいし!」
『…………心構えはするがいい』
「まぁ、普通に考えて、これから波乱の人生だよ」
「…………えっ?」
これが、俺が原初の石剣――青の略奪神と呼ばれた存在と契約するに至った経緯だ。
俺としては、なんかもう、完全に『体が治るぜ、やったぁ!』ぐらいのノリで契約してしまったのだが、後日、田中さんにこの件を報告したところ、とても驚かれてしまったという。
「あー、柊君」
「はい」
「俺としては、構わないというか、むしろ、どうやって破棄しようと考えていたから、とても助かる。君には、土浦天音を討ってもらい、恩がとてつもなく重なるばかりだ」
「いえいえ、そんな。田中さんが持ってきてくれた『切り札』のおかげで、辛うじて勝てて、命を繋げられたわけですし」
「…………なので、これからとても大変だと思うが、出来る限りの手助けはしよう。何、元々捨てるはずだった命だ。君のために使おうじゃないか」
「いえいえ、そんな大げさな――――えっ? あの、俺、凄く頑張って生き延びたんですが、まだ何かあるので?」
「稀代の不死殺しにして、神格が宿りし魔剣の所有者だからな」
「ははっ、何その異能伝奇ジュブナイルの主人公みたいな奴ぅ!」
「君だよ」
「でしたね」
「だから、異能伝奇ジュブナイルの主人公みたいな騒動に巻き込まれる可能性が高いから、気を強く持って、共に頑張ろう」
「マジかぁ」
どうやら、田中さん曰く、俺がやらかしたことはとてつもない偉業であり、俺が所有する魔剣もまた、その世界ではとんでもない代物らしく、様々な組織が必然と接触してくることが予想されるのだとか。
しかも、それだけではなく、俺の力を狙って、様々な人外たちが戦いを挑んでくる可能性もあるのだから大変! やれやれ、体が幾つあっても足りないぜ!
「ははははははっ! ひ、ひははははぁはっ! 受ける、めっちゃ受けるわ」
「なんなの? そんなに俺が人外へ一歩踏み出したのがおかしいの?」
「や、それは別に。前から人間離れしている奴だったし。それよりも、裏社会の組織から、高校一年生なのに、既にドラフト一位扱いされているのが、こう、ツボに……ひひひっ」
「お前は本当に、人の不幸を楽しそうに笑うよね?」
なお、敦に一連の出来事に関して報告すると、大層笑われました。
そうなんだよ、こいつ。事件が終わる度に、一安心すると改めて俺の受難を手書きでノートにまとめて、何度も読み返しながら楽しむという、性格最悪な奴なんだよ。でも、こいつのおかげで命を救われているということが多いので、本当に厄介だわ。
「当たり前だ。人の不幸ほど楽しい物は中々ないぜ?」
「俺は、人が幸福になってくれた方が良いよ。今回の出来事で、心底そう思ったね」
「おっと、同じ部活の美少女を三人とも殺害コンプした奴が言うと説得力がちげぇな」
「人の傷口を抉るのに、躊躇いないなぁ、お前!」
「ま、部長とやらが周囲の記憶を改変して、無難に転校したことにするらしいから、いいじゃねーか。その年で前科持ちにならなくて」
「本当にね! この年で、同じ部活の女子を日本刀で斬り殺すとか、かなりのサイコパスだよ! 明らかに漫画でもネームド扱いされそうじゃん!」
「規制入りそうなグロアニメでレギュラーに入れそうだなー」
俺と悪友の関係は変わらない。
今回の件で、曲がりなりにも……不死の化物だったとしても、人の戸籍を持っていた三人を殺したとしても、俺に対する態度を、敦は微塵も変える気が無いようだった。
「ともあれ、生還おめでとう、悪友」
「ん、ありがとう、悪友」
そして、俺も変える気は特にない。
だから多分、俺たちはこれでいいのだ。
これが、俺の日常なのだから。
●●●
「退部届はここでいいんですか?」
「ああ、いいとも。君がそれでいいのならね?」
「…………なんですか、それは」
嘘のような戦いの一夜から、少し時間が経ったある日の放課後。
俺は何日かぶりに、文芸部の部室を訪れていた。理由は、単純。もう既に、所属する理由を失くした部活を辞めるためである。
「君さえ良ければ、副部長を引き継いで伝統ある部活を続けて貰ってもいいのだよ?」
「生憎、副部長なんて柄ではないので」
この部室に来るまで、一体、どうやったら退部になるか不安だったのだが、どうやら、退部届さえ普通に提出すれば、退部は受理されるらしい。
態々、俺が部室に来るタイミングを見計らって、部長が説明しに来てくれたのだから、まったく、暇なのか、それとも意外と世話焼きなのやら。
「それに、もう、この文芸部の役割は終わったでしょう?」
「そうだね。僕が作り上げて、維持していた文芸部は、確かにもう必要ない。無理に幽霊部員を勧誘して、情報操作しなくていいのは楽だね」
「だったら、良いじゃないですか」
「でも、片付けるにしても各自の私物があるのはいただけない。柊剣介君、部長として命じよう。辞めるのならせめて、彼女たちの私物を片付けていきたまえ。ああ、何か欲しい物があったら持って行っていいぞ?」
「なんで学校まで来て、遺品整理を……まったく」
ただ、退部するにも、色々とやるべきことがあるらしい。
俺としてはすっぱりと辞めた方が気分も楽なのだが、ここで断るのは何か、殺した責任から逃げるような気がして、渋々部長の言葉に従うことに。
「…………ええと、早枝先輩の私物はほとんど無くて…………あー、棚にこっそりと沢山の脚本が隠れている。さては、書いては見た物の、自分から演劇部に渡す勇気が無くて保留していた奴だな? よし、帰りに演劇部へ供養に行こう」
「ナチュラルに死者を冒涜していくね、君」
「これぐらいなら、半泣きになりながら怒るぐらいで許してくれますよ、早枝先輩なら。さて、飛鳥の私物は…………オリジナル武術の開発ノートとか、秘伝の巻物がある。なんで、そんな物を部室に置いていくんだよ、あの馬鹿は」
「完全に黒歴史を遺していったね、彼女は」
「とりあえず、秘伝書として我が家に代々伝えていこう」
「実は君、ちょっと、彼女の暴力的スキンシップを根に持っているだろ?」
二か月間であるが、共に過ごして来た部室を片付ける作業は楽しかった。
美少女たちのパーソナルスペースを勝手に探るという行為に、何かしらの背徳感を見出していたのかもしれない。
しかし、冷静になると自分が殺した相手の遺品を漁って、背徳感を覚えるとか、かなりレベルが高い変態じゃん。
「さて、最後は天音先輩の机…………おや、意外に整理されているな」
「彼女は妙に聡いところがあったからね。ひょっとすれば、こうなることを悟って……いや、望んでいたのかもしれない。物書きとしての仕事の引継ぎも、彼女が指定した遺言執行人が務めるだろうし」
「…………そう、ですか」
天音先輩のスペースは綺麗に整頓されて、片付けられていた。
俺は一抹の寂しさを感じながら、整頓されたスペースをざっと見てみる。すると、何故か、これでもかと分かりやすく、それなりに分厚い封筒が置かれてあった。
封筒の中身を確認すると、そこには、結構な量の原稿用紙と、小さなメモ帳が一枚。
『私を殺してくれた君へ。これは、餞別だよ』
肉筆で、たったこれだけの伝言。
俺は疑問を覚えながらもとりあえず、原稿を読み始めてみる。
「…………はは、なんだ、これ」
その原稿用紙は手書きだった。
内容は些細で、ありふれた学園ラブコメみたいな内容で。
文芸部に所属する美少女三人と、男子一人が力を合わせて同人誌を完成させる物語。
「馬鹿じゃないのか、あの人は」
色々なトラブルに見舞われるけれど、四人は力を合わせて解決して。
夏休みには一緒に合宿を迎えて。
同人誌を大きなイベントで完売させて。
アンケートで誰が最下位なのかを決めたり、そんな、他愛ない日常の物語が続いていて。
最後は、文芸部の副部長である美少女と、男子が結ばれて終わり、という陳腐な恋愛物語だった。本当に、天音先輩らしからぬハッピーエンドで、びっくりする。
「…………馬鹿過ぎるぜ、今更、こんなの…………」
餞別だと書かれていたが、でも、こんなものはきっと嫌がらせだ。
俺を感傷に浸らせて、泣かせるための嫌がらせだろう。あの人はこういうことを、笑顔でやって来るからな。でも、お生憎様、俺は泣いてやらない。
絶対に泣いてやらない。
自分が生きるために殺したんだから、泣くわけがない。
「部長」
「なんだい?」
「退部届、もう受理されていますか?」
「いいや、残念ながらまだだよ。その退部届は、僕の手に届いていないからね」
「…………ありがとうございます」
だけど、少しばかり目が覚めた気分だ。
そうとも。俺は、俺が望んで殺し、日常を続けるために足掻いたんだ。だったら、最後まで逃げずに、この感傷すらも背負っていくべきだ。
「申し訳ありませんが、部長。俺はまだ、やるべきことがあるようなので、この退部届は無かったことに」
故に、俺は提出しようとしていた退部届を、自らその場で破り捨てた。
「ほう? 別にいいけれど一体、何をやり残したんだい?」
「同人誌」
「ん?」
「――――同人誌を書きます。あの人たちに負けないぐらい、凄い同人誌を書いて、嫌がらせに、墓前に供えてやるんです。アンタたちが居なくても、俺は凄いんだぜ、って」
「く、くくくく、なるほど、なるほどねぇ」
部長は口元を三日月に歪めて、実に楽しそうに笑う。
「面白い! 存分にやりたまえ!」
「ええ、言われなくても」
かくして、俺は欠けた日常をもう少しだけ続けることにした。
例え、どれだけ理不尽な目に遭おうとも。
不死殺しの物語が終わろうとも。
俺は、生きていく。精一杯、足掻いて、後悔しないように全力で、生きていく。
生きるために、殺したのだから、せめて、その責任からは逃げないように。
胸を張れる人間として、生きていこう。
●●●
…………という風に格好つけて、心の中でモノローグを演出しようが、明日はやって来るし、普通に朝のホームルームも始まるんだよなぁ。
何だろうね? めちゃくちゃ心の中で格好つけた後、必死で忘れかけていた英語の課題を終わらせる時の虚しさって。
『案ずるな、我が主よ。我と共生しているが故に、次第にそのような些事には惑わされなくなる。具体的に言うと、物覚えが凄く良くなるぞ』
やったじゃん。
あの激闘を潜り抜けて、何とか生き延びて良かったと思える数少ない一つだ。
「おーい、席につけー」
「「「うーい!」」」
俺が暇つぶしに魔剣と脳内会話していると、どうやら担任が教室に来たようだ。
やれやれ、特別な力を得たところで、やはり、日常なんて物は早々に変わらない物なんだな、うん。
「騒がずに聞けよ、お前ら。突然だが、このクラスに転校生が来ることになった」
「転校生!?」
「女子ですか!? 男子ですか!?」
「美形ですか!?」
「夏休み前のこの時期にとは、何かの事情で!?」
「ええい、うるさい! 静かにしなさい! …………と、柊。静かにするのは良いが、何故、静かに教室の窓から外に出ようとしているんだ?」
「あ、すみません。ちょっとトイレに」
「トイレなら廊下から出て、すぐそこだぞ」
「…………体調が思わしくなくて――」
「座れ」
「はい」
季節外れの転校生。
俺はそのキーワードに嫌な予感しかしなかった。何故だろう? つい一か月ほど前で会ったのならば、『ヒャッハー! 美少女!? 美少女転校生来る!?』と周囲の男子と一緒にはしゃいでいたはずなのに。今はもう、嫌な予感しかしない。むしろ、美少女でなければいい、という願望すらあった。
まぁでも、流石に? 流石にね? つい先日、特級女難みたいな事象に遭遇して、その後、巫女さんやらクソガキやらとも絡まなければならないこの俺に、追加で新たな美少女との出会いがあるわけがない。よしんば、美少女との出会いがあったとしても、その美少女が俺へと災難を運んでくるなんてこと、何度もあってたまるものかよ!
「今日から一緒に、このクラスで勉強していくことになる、薬師寺 未海(やくしじ みう)さんだ。皆、仲良くやるように」
「薬師寺未海です。東京の学校から、両親の都合で転校して来ました」
はい、美少女でしたー。
しかも、明らかに只者じゃない系の美少女でしたー。
なんかね? 全体的にはこう、黒髪ショートで可愛らしい系の猫科っぽい、小柄な女の子なのだけれどね? 左目に眼帯をしているの。そう、黒革の眼帯。しかも、眼帯でも隠し切れない痛々しい傷跡が一文字に、可愛らしい顔に迫力を加えているし。
…………いや、待て待て、外見だけで判断するな! 違うかもしれないじゃん!? 外見は如何にも異能伝奇ジュブナイルに出てきそうな奴でも、違うかもしれないじゃん!?
「はいはい、自己紹介はここまで。えーっと、席は…………ああ、柊の隣にもう準備されているじゃないか。じゃあ、そこで」
「はい」
などと現実逃避をしていると、俺の隣へ美少女転校生――薬師寺さんがやって来る。
あっれー? おかしいなぁ、俺の隣は確か、違う人だったと思うんだがなぁ? 昨日まで普通に隣で授業を受けていた男子が居たと思ったんだがなぁ? なんで、そいつがずれるような形で、空席になっいるの?
「私、薬師寺未海。これからよろしく、柊君」
「え、あ……うん、よろしく」
俺は必死で動揺を隠しながら、差し出された薬師寺さんの握手に応じる。
しかし、薬師寺さんは俺の右手を掴んだかと思うと、そのままぐいと、俺を引き寄せて、耳元で囁いてきた。
「貴方は、私が殺す」
えぇ……またぁ?
しかも、今度はガチの殺意じゃん! 食欲とか、そういう感じじゃなくて、俺に対するガチ殺意じゃん!? 一体、どうしてこうなったのやら。
「あはっ! 仲良くしようねっ! 柊君!」
「…………君みたいな美少女にそう言って貰えるなんて、光栄だよ」
俺は殺意と共に、にこやかな笑みを向けてくる薬師寺さんに対して、肩を竦めてリアクションをした。
やれやれ……いや、本当にやれやれだぜ。
『思うに、我が主は凄まじいほどの女難なのでは?』
それなー。
ともあれ、殺意を向けられたのならば、仕方ない。俺は、俺が望むままに、生きるために足掻くだけだ。
例え、それで相手を殺すことになろうとも。
…………でも、少しだけ、少しだけ、言わせて欲しい。
「――――もう、美少女はこりごりだぁあああああああああああああ!!!」
なお、この後、薬師寺さんと殺し合いを繰り広げた後に、なんやかんやで、東京で異能者同士のバトルロイヤルに巻き込まれることになるのだが、それはまた別の話。
奇縁と女難に塗れた俺の人生はまだまだ続いていくけれども、ここで一旦、幕引きにしよう。
何故なら、俺と文芸部の美少女たちとの物語は、馬鹿馬鹿しいラブコメディのように終わるのが、きっとお似合いだと思うから。
fin
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