第22話 それを恋と呼べばいいのか、天狗は分からなかった

 安川敦という悪友は、求める情報を取得する才能と技術がある。

 故に、俺は敦を疑わない。騙されたのならば怒るし、復讐をしてやろうと思うが、俺は敦を信じて居る。それは、友情というよりも、俺がうだうだ考えるよりも、敦が正しいことが多いからだ。しかし、稀に気に食わないことがあると根拠も無く反論することもあるので、盲目的とも言い難い。そう、奴がどれだけ正論を振りかざそうとも、目玉焼きはソース派なのだ。


「魂が入っていない肉体。便宜上、義体と呼ぶが、そいつを魂が入っている側の肉体、本体が操っている。資料によれば、義体はいくらでも修復することが可能で、しかも、空を飛ぶわ、風を起こすわ、凄まじい力を発揮するらしい」

「なら、本体を狙えばいい?」

「その通りだ。閲覧した資料の中にも、義体を操る天狗を殺すならば本体を殺せ、と書いてあった。だが、ここで問題がある。本体には戦闘能力は皆無だが、特殊な能力をいくつか持っていることがあるらしい。音を操ったり、匂いを操ったり、光を曲げる力を持っていたり、個体によって所有している能力には幅があると記憶にはあるが、そいつら全てに共通する能力がある」

「…………空間作成能力?」

「なんだ、分かっているんじゃねーか」

「ま、ここまで前振りされれば、流石にね?」


 敦との作戦会議中、俺は思い出していた。

 飛鳥によって、誰も居ない空き教室へ呼び出された時のことを。恐らく、あの時、あの場所に居たのだ。特殊能力か、それとも教室のどこかに身を隠していたのか知らないが、飛鳥の本体がそこに居て、俺を本体が作り上げた空間へと閉じ込めたのだろう。


「脱出方法は?」

「なんか、気合(魔力)をぶち込めば、壊れるって」

「昔の人は、時々脳筋な伝承を残してくるのなんで?」

「実際、お前の話だとその空間に他の奴も潜り込んでいたんだろ? なら、魔力を扱えるお前ならば、脱出可能じゃないか? あるいは、本体を殺せば空間が崩壊して帰れるだろう、多分」

「そこは断言してくれ」

「未知を断言するほど僕は愚かじゃない。だから、確定だと思うことだけ言うぞ? 本来、そいつらは義体を別の空間から動かして、安全に獲物を狩るのが基本だ。だが、空間に閉じこもっている時、そいつらは義体を上手く操作出来ず、結果として弱体化すると資料にある」

「つまり?」

「本体の近くに義体が近づくほど強くなるから、気を付けろよ」

「何そのクソゲー」

「何度も義体でゾンビアタックされるよりはマシだろ?」

「マシだけどさぁ」


 全貌は知るよりもないけれど、飛鳥には複数の能力がある。

 怪鳥の義体を操る能力。

 疾風の刃を飛ばす能力。

 飛ばした羽根を自在に動かして、対象を切り刻む能力。

 自分が有利な空間を作成して、獲物を閉じ込める能力。

 そして、恐らく、本体を隠すための能力と、あの時は何故か使っていなかった義体を修復する能力の他にも、何かあるかもしれない。

 対して、俺にあるのは多少の魔力と、退魔刀。後は、ナイスガイとしての魅力程度だ。

 勝算は皆無。分が悪いなんて物じゃない。

 ――――それでも、死にたくないから、俺は戦うんだ。



●●●



『がぁああああああああああああ!!』

「うぉおおおおおおおあああああ!!?」

『剣介のばかぁああああああああああああああ!!!』

「ああああああああああああああああっ!!?」


 背後から迫りくるのは、無数の疾風。

 真空を操っているのか? それとも、何かを飛ばしているのかは分からないが、不可視に近しい刃が高速で吹き荒れている。廊下が鉄筋ごと、切り刻まれ、ガラスが割れ、天井が崩れ落ちる中を、俺は必死で駆け抜けていく。

 幸いなことに、飛鳥が放つ疾風の刃には、花のように鮮やかな赤い魔力が彩られているので、避けるのはそう難しいことではない……攻撃回数が、少なければの話だが。


『アンタってば、いつもそう! なんで、そうやってエッチな話題に行くの!? しかも、さっきは最悪! なんで、エッチな話題で隙を作らせて、不意打ちしたの!?』

「その話題が一番、隙を作れそうだったからでぇーす!」

『死ね! 死ね! この、馬鹿! アンタたち人間っていつもそう! こっちがきっちりと準備して構えているのに、どうして不意打ちするの!?』

「君が人を食べようとするからじゃない?」

『食べようとしない時もあったもん!』

「え? じゃあ、ひょっとして、俺のことも――」

『いや、アンタは食べる。一滴残さず食べるわ』

「ほらぁあああああああ!!」


 一瞬、和解の道が見えた気がしたが、勘違いだったらしい。

 ならば、殺し合うしかない。

 互いに、譲れない道があるのであれば、奪い合うのが生存競争だ。


「そんなに俺は、美味しそう――かねぇ!」


 全力の逃亡からの反転。振り向きざまに、何度も剣を振るって、縦横無尽に斬撃を飛ばす。だが、俺の斬撃はそのほとんどが疾風の刃と相殺され、また、届いた斬撃も怪鳥の翼を切り裂いたのだが。


『ええ、美味しそうよ、剣介。アンタは、とっても、とっても、美味しそう。化物だったら、誰でも食べたいぐらいには、美味しそう。でもね、アタシにはアンタを食らう理由がちゃんとある』


 修復された。

 再生ではなく、まるで肉片の一つに至るまで精密に操作されているかのようにくっつき、傷を繋ぎ合わせ、瞬く間に元の姿へと戻る。

 早い。

 恐ろしく早い修復能力だ。ただ、攻撃を加えて、まるで無意味という感じはしない。早枝先輩とは違い、確実に相手の力を削いでいる感覚がある。もっとも、相変わらず持久戦はこちらが不利のようだけれども。

 しかし、何故、これだけの修復能力を持っていて、一か月前のあの時、俺を争った時に使わなかった? 使えなかった、のか? 周囲に同等の化物が居たから。


「へぇ、差し支えなければ教えてくれよ、飛鳥。お前を殺した後、『どうして俺を殺そうとしたんだろう?』なんて間抜けな悩みを抱えたくないからさ」

『く、くはははははは! そうね! 私も同じようなことを考えていたわ! だって、アンタは結構良い奴だったもの! そんな奴が、自分が殺される理由も分からないなんて、理不尽が過ぎるわ!』



 飛鳥は自ら壊した瓦礫の上で、こちらを見る。

 猛禽類の瞳で、俺を見つめてくる。

 人間の時の名残が僅かに残る頭部以外、やはり化物だ。義体というのは戦うための肉体であるから、これで正しいのだろうけれども。さてはて、本体はどこに居るのやら。


『アタシがアンタを食い殺そうとする理由は簡単よ。力が欲しいから』

「力? ああ、そう言えば、俺を食らえば相応の力が手に入るとか言っていましたね」

『誰が?』

「部長」

『やっぱり、あの陰険野郎ぉ! 今回の件でも裏で手を引いていたのね!? 最悪! あのクソ法師も最悪だけど、あいつは本当に嫌味ばっかりで!』


 怪鳥状態でも、色々と気性が激しいのは顕在らしく、飛鳥はここから数分ほど部長に対しての文句を語っていた。

 一方、俺は呼吸を整えて回復に務めたり、本体の居場所を探っているのだが……ふむ、やはり近くには存在しない、か。まぁ、これだけ暴れたのだから当然か。でも、こう、どうせ暴れるのであれば、最初からもっと広いところでやればいい物を。


『分かった!?』


 おっと、俺が思考を巡らせている間に愚痴が終わったようだ。即座に対応せねば。


「オッケー、飛鳥。君がいつでも美しいってことは分かったぜ」

『はぁ!? 何それ、この状態で言う!?』

「山奥で信仰を得られそうな美しさだよな、その形態」

『…………い、言っておくけど! 褒めたって、食べるのを止めないんだからね! でも、出来るだけ痛くないように食べる気遣いはするかも!』


 うーん、食材に対する慈悲ぃ。

 どうやら俺は、飛鳥の中ではとことん、獲物の域から出ない存在らしい。

 …………まぁ、仕方ないね、それは。俺の魅力が足りなかったというだけの話だ。


「それでさ、飛鳥。話を戻すんだけど」

『え? あ、うん』

「飛鳥はどうして、力を求めるんだ? いや、力を求めること自体が目的とか、そういう最強を目指すぜ! みたいなノリだったら悪いんだけど、大抵、力を求めるってことは、『現状では足りていない』ってことだよな? やっぱり、法師との契約を破棄して、本来の姿で自由気ままに生きたいのか?」

『違うわ…………極論、五百年も生きたら、そこら辺は割とどうでもいいの』


 少しだけ悩む素振りを見せた後、飛鳥は語り始める。


『アタシはただ、自分の因縁に決着を付けたいだけ。己の敗北を雪いで、胸を張って死にたいだけなの。だから、力が居る。今のアタシじゃあ、勝てない相手を殺すために。あの、クソ法師の末裔を殺すために』


 語っている時の飛鳥の表情が、どうにも良く分からなかった。

 半分以上、猛禽類のそれになっている所為かもしれないが、俺には、飛鳥本人すらもどんな感情を抱いていいのか分からないようにも見えた。

 だから、俺は問いかける。


「そんなに憎かったのか?」

『ああ、憎かったわ。この手で殺してやれなかったのが、ずっと気がかりだった』

「だから、末裔を殺すのか? そいつは、法師本人じゃないのに」

『ええ、殺すわ。言ったでしょう? ただの八つ当たりなんだって。アタシは、ずっと、多分、法師が死んだ時からずっと、八つ当たり出来る奴を探しているの』


 なんて、はた迷惑な八つ当たりだよ、まったく。

 いや、迷惑じゃない八つ当たりなんて存在しないから、ある意味、正しいのか。となると、やはりそういうことになるのかもしれない。


「五百年も経ったんだから、末裔なんて死に絶えているかもしれないのに?」

『くはっ、死に絶えていれば、良かったかもしれないわね! 残念ながら、奴の血は受け継がれているわ! アタシも正直、ここまで薄まればもうノーカンかなぁ、とか思い始めたのだけれども、会ったのよ、偶然。奴の末裔と……奴とは外見は何もかもが違っているのに、驚くほど中身も、魔力の質も似ている奴に!』


 歓喜なのか、嘆いているのか俺には分からないが、ともかく、飛鳥には現世で執着する相手がいるようだ。

 うーん、明らかに該当するクソガキを一人知っているんだが、気のせいだろうか?


『アタシはアンタを食って! あのクソガキを殺す! 八つ当たりだけれど、あのクソガキ自体も凄い煽ってきてむかつくから、殺す! あのガキ! 人の正体と契約を知っていて、手を出せないからって、あんな…………クソ法師の生まれ変わりを疑うレベルでむかつくのよ!』


 どうやら気のせいではない様子。

 言葉に出したら明らかに、俺が色々探っていた情報を推察されるだろうから言わないが、分かるぜ、飛鳥。確かに、あいつの煽りは精神に来るよな。


『でも、あのクソガキには今のアタシでは勝てない。契約以前に、力が足りない。だから、アンタを食らって、力を付けて殺しに行く。今度は、確実に』

「おいおい、俺はパワーアップアイテムじゃないんだぜ? 勘弁してほしいな、マジで。今から全力で命乞いしたら、見逃してくれない?」

『くは、ははははは! だぁーめ! あのクソガキが生まれて来なければあるいは、アタシはそんな望みを抱かず、ただの人間に成り果てて死んでも良かったかもしれない。でも、見つけてしまったのなら、もう諦められない!』


 まさか、あのクソガキの存在が迂遠に俺の命を脅かすことになるとは。

 …………いや、なんか、どの道こうなっていた気がするし、今更、誰かに苛立つことはするまい。

 そう、折角、戦う準備を整えたのだから。


「じゃあ、仕方がない」


 反撃を始めよう。


「殺し合いを始めようぜ、飛鳥」

『くはっ! 殺し合い!? 残念ながら、今から始まるのは、一方的な虐殺――』

「――――我流」

『え? 待って、何その魔力の奔流? ねぇ、なんかこう、アンタに借りたエロゲーで似たような逆転展開が会った気がするんだけど、ねぇ!?』

「竜巻斬り」


 シンプルな技名と共に、俺は問答の最中にひたすら練り上げた魔力を込めて、退魔刀を振るった。

 すると、普段は一直線に飛ぶ斬撃が、ぐるぐると竜巻のように軌跡を描きながら、その勢いを高めていく。そう、周囲の物体を巻き込み、切り刻みながら。飛鳥に義体すら巻き込んで、血しぶきを上げていく。


『こ、これは――』

「俺が考えた必殺技だぜ! ちなみに、この練習の所為で多分、後で爺さんに怒られる!」


 爺さんが所有する山の木々を、無断で斬り飛ばしたからな! というか、俺も試してみるまで、こんな真似ができるとは思っていなかったし。


『け、剣介ぇえええええええ!!』

「美少女から情熱的に名前を呼んでもらえるとは光栄だよ……さて、と」


 俺は自らが崩した廊下の穴から二階に降りて、全速力で疾走を始める。

 回復した魔力の大半をつぎ込んだ一撃。あれで足止め出来る時間は恐らく二分……いや、一分程度。その内に、俺は見つけなければならない。恐らくは、焦って俺から遠ざかろうとしている本体を、見つけて殺さなければならない。

 さもなければ、俺が死ぬ。

 こう何度も奇襲を受ければ流石に、もう会話による誘導やら、小細工は通用しない。次こそ、問答無用で俺を殺して、食らおうとするだろう。


「命がけの追いかけっこの始まりだ」


 チャンスは、この僅かな間だけ。

 これを逃せば、俺は殺される。

 中々にシビアな状況だけど、問題ない。

 何せ、俺は昔から、女子の尻を追いかけることだけは得意だったんだから。

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