第19話 泥人形は本物になりたかった

「紛い物たちの正体は、簡単に言ってしまえば『バグ』です。この惑星の誤作動で発生した、不要なノイズに過ぎません」


 俺は思い出す。

 かつて、死者を弔う一族の巫女が教えてくれた葬送の手段を。


「ごめん。もう少し分かりやすく」

「んんんんー、RPGとかで、イベントで明らかに死亡、退場したはずなのに、何故かまだパーティーメンバーとして存在している状態、と言えば分かりますか?」

「なるほど!」

「こういう説明だと分かるんですね…………それで、まず基本的な世界の法則として、死んだ人間は生き返りません。この世界には蘇生呪文は無いので、基本的に死んだら終わりです。稀に、霊安室で蘇生したみたいな事例もありますが、その場合は完全に死んでいなかったというだけのお話です。そう、完全に肉体が死に至り、魂との結びつきが離れてしまったならば、人はもう蘇ることは出来ません。まぁ、特例として、平安時代の陰陽師とかは、チートをやらかして、魂を死後の世界から引っ張り出して、偽りの肉体に入れて蘇ったりしたみたいですが、いわば、それもデッドコピーみたいな存在でして」

「ずれてる! ずれてる! 話がずれてる!」

「おっと、申し訳ありません。では、話を戻しましょう。完全に死んだはずの人間が、再び生者の下に現れる……この現象はいわば、惑星の記憶が誤作動を起こして、死んだはずの人間を死んでいないと勘違いしてしまったが故に起きるバグなのです」

「惑星の記憶?」

「いわば、アカシックレコードという奴ですね! うちの文献では、人間は死後、一冊の本となって『書庫』と呼ばれる場所に収められるのだとか。やー、胸がわくわくですよね? まさか、室町時代から脈々と我が一族の厨二ソウルが受け継がれてきたなんて」

「忌まわしき血脈じゃん」

「ええ、この忌まわしき血脈を背負いながら、私たちは生きているのです。私もつい一年ほど前までは、真言の練習をしていましたので!」

「重症じゃん」

「まー、実際に使うとなると、真言よりも念仏の方が分かりやすいんですけどね? 何せ、惑星の記憶がバグを起こすと、『そこに居なければならない人間が死んでいる』と誤認しますので、無理やり偽物を作って状況を正そうとするのですよ。そうして生まれるのが、この土地の伝承に多く登場する紛い物たちです。彼らはとても儚く、触れれば弾けて消えてしまいそうな泡沫に過ぎません。故に、大抵は放っておけば生者の下に辿り着く前に、弾けて消えます。生者の下に辿り着いても、まともに受け答えが出来ないので、消えます。まともに受け答えが出来る奴でも、無視されれば消えます」

「だが、稀に消えない奴が居る、か?」

「はい。遺族が偽物を『本物が帰って来た』と認識した場合、『寄る辺無き偽物』は本物になろうと、情報の取得を始めます。より多くの存在から情報を得ようとして、そして、高精度で大量の情報を持つ死者を取り込んでしまうのです。その場合、大抵は己がやらかしたことに気づいて、直ぐに自己否定の下に自壊するのですが…………稀に、我が強く、例え偽物だろうが、生きてやるという執着を持った個体も現れます」


 死者の再現。

 ノイズとして再び、生者の世界に足を踏み入れた紛い物は、生きることに対して強い執着を持つことがあるのだという。


「そうなってしまえば大変です。既に死んでいるのに、死んでいない。このバグによって、その個体は不死の状態異常となり、どれだけ刃物を突き刺そうが、炎で焼こうが、決して死なない存在になってしまうのです」

「チーターじゃん。運営に報告しないと」

「ええ、ゲームであればそれでBANされるのですが、生憎、どれだけ祈ったところで紛い物は死にません。故に、我々の一族が居るのです」


 生きることに執着を持つ紛い物には、どんな攻撃も通じない。

 一時的に拘束することが出来たとしても、いずれ、必ず這い出て来てしまう。そうなってしまえば、絶対に勝てない恐ろしい不死の化物の誕生だ。


「我々一族は、死者の再殺を生業として存在して来ました。よって、数多の殺し方が存在するのですが、手法は違えど、求めるべき結果は同じなのです。即ち、対象に『死んでしまいたい』と思わせる事。これが、一族に伝わる死者殺しの要訣です」


 だからこそ、この死者殺しの一族のような存在が居るらしい。

 不自然な理を正すために。

 紛い物の死者に、正しい死を与えるために。


「ちなみに、一番楽な再殺方法は拷問ですね!」

「拷問」

「紛い物専用に、『頼むから殺してくれ』という激痛を最大、三日三晩続けて与えることが可能な呪法が一族に伝わっているのだとか!」

「怖すぎる」

「まー、私たち一族しか使えないらしいですし、大体、それを使うのは最終手段で、前段階ではもっと穏当に色々やるらしいですが」

「具体的には?」

「一日に何度も犬の糞を踏ませたり、対象とすれ違う人たちに舌打ちしてもらったり、好きな異性が自分とは違う人とラブラブイチャイチャしている様子を見せたり」

「陰湿ぅ!」


 死者は生者の世界に居てはならない。

 それは、紛い物の死者のためにもならないと、巫女は俺に教えてくれた。

 だからこそ、この時、俺は決心がついたのかもしれない。


「ともあれ、自称・同人ゲーム製作者さん。もしも、貴方が『紛い物』と出会ったら、覚えておいてください。例え、相手がどれだけ強大な力を持っていたとしても――――相手の心を殺すことが出来れば、きっと何とかなりますから」


 早枝先輩を殺すという覚悟を、本当の意味で出来たのかもしれない。



●●●



 接近戦は不利だと、戦う前から理解していた。

 つまり、時間を稼ぐのであれば中距離。二十メートルから十五メートルの範囲で距離を保ちつつ、飛ぶ斬撃で牽制するのが最もリスクの少ない戦い方だ。


『んんあ!? んよっ!? うわっ! 何!? な、何なの!? 剣介君、剣介君! どこから手に入れたの、そんな強力な退魔刀!? というか、そもそも、一体、誰から私の正体について聞いたのかな!?』

「オール部長」

『予想通り過ぎる!』


 何度も、何度も、俺が斬撃を当てる度に、不定形の泥は震えて、一時的に動きを止める。けれども、それはあくまでも一時的な時間稼ぎに過ぎない。一秒も経てば、また不定形の泥は動き出して、こちらを飲み込もうと蠢き出す。

 やはり、そうか。

 以前、三つ巴の怪獣決戦を観察したからこそ、予想していたが、動きを止める時間は、攻撃に込めた魔力の量に比例する。俺が魔力を込めれば込める程、相手の動きは止められるだろうが、逆に、魔力で防御されたら相殺されて時間を稼げない可能性が高い。

 いや、そもそも魔力の総量では俺が不利なのだから、本来、持久戦は避けるべき選択肢だ。


『このっ! このぉ! …………全然当たらない! 妙に元気な夏場の蠅を思い出すよ!?』

「どうも、疫病の感染媒体です」

『んああああああ!! むかつく動きやめぇええええ!!』

「ところで、急にはきはき喋り出しましたけど、ひょっとしてあの陰キャモードも演技だったんですか? 俺、あの早枝先輩、好きだったのに」

『ふぁっ!?』


 けれども、時間稼ぎこそが唯一、俺が相手に勝利できる手段なのだから、仕方ない。出来る限り直撃は避けつつ、最低限の動きで相手を斬り払おう。


「きゃっ♪ 告白しちゃった、恥ずかしいわ!」

『なにその雑演技!? 煽っているの!? 流石に、私の目の前でそんな雑な演技―――何故、逃げるの!? そっちが斬りかかって来たくせに!? 勝算があったんじゃないの!? くそ、待て! 逃げるなぁ!』


 暖簾に腕押し、とはこのことか。

 どれだけこちらが斬撃を叩き込んでも、まるで相手の命を削れている感触がしない。熊や猪といった獣を斬り殺して練習したからこそ分かる。どれほど僅かでも、相手の命を削る攻撃を与えたのならば、手ごたえがあるべきだ。それが無いということはつまり、どれだけ魔力を込めて攻撃しようとも、ほとんど無意味であるということ。

 だからこそ、俺はこの罠を用意した。


「逃げるのではなく、戦略的撤退です!」


 俺は早枝先輩を置き去りに路地を駆ける。

 もちろん、このまま逃げることが目的ではない。目的は、手狭な路地を駆け抜けた先にある曲がり角……そこに置かれてあるスポーツバックの中身だ。


「そぉい!」

『みぎぎゃっ!?』


 スポーツバックの中から取り出して、中身も確認せずに、それを早枝先輩の不定形へと投げ込む。すると、早枝先輩は不定形故に、大抵の攻撃は受け流せるという自負の下、平然と受けてしまい……結果、散らばった真っ白な粉――石灰が猛威を振るう。


「ほら、言った通りでしょう?」


 俺は悶え苦しむ早枝先輩から距離をとり、石灰の煙を浴びないように気を付けた。

 先ほど、投げつけたのは石灰を込めた煙玉のような物だ。何かに当たれば、直ぐに中身の石灰を周囲にまき散らすように出来ている。

 そして、この小道具が入ったスポーツバックを配置したのは、俺の悪友だ。

 早枝先輩を呼び出した時点で、既にこの周囲一帯を戦場として使う準備は出来ている。田中さんが人払いをする時間を稼ぐために、わざと歩きながら会話を交わして、その間に、悪友が路地のあちこちに、役立つ小道具を準備していたのだ。


『石灰!? 石灰って……なんでこんなに準備万端…………うう、水、水ぅ……』


 小道具に石灰を選んだ理由は簡単だ。泥であるのならば、完全に土だけで構成されている物ではなく、水分は必予不可欠。加えて、俺が知る限り、部室内で早枝先輩はミネラルウォーターのペットボトルを常備しているので、水分が失われるということが不愉快なことなのだと推測していたのだ。


「わぁい! アタックチャンスだぁ!」

『後で殺す。絶対殺す。この後輩は、痛みを感じさせながらじわじわ消化してやるぅ』


 結果、この推測は大当たり。

 油断によって水分を失くした早枝先輩は、ぱきぱきと乾く体を引きずって水場を目指している。その動きは普段のそれよりもかなり遅い。よって、今がアタックチャンスとして、ここぞとばかりに斬撃をぶち込んでいるのだが、ふむ。

 …………やはり、手ごたえがない、か。


『――――はぁ、もういい』


 そうこうしている内に、予定通り、早枝先輩は乾いた泥の部分を自ら切り離し、軽量化。そして、ひと際不気味に泥が蠢いたかと思うと、どぉんっ! という破裂音と共に、大きく跳躍した。


「あの手は、知らなかったなぁ、うん。というか…………あー、まぁ、ある程度力は見せたし、なんとかなるか?」


 早枝先輩が予想以上の機動力を見せて跳躍した先にあるのは、公園だ。

 そう、水飲み場という、水源には事欠かない場所だ。


『あはははははっ! 殺す! 殺すよ、剣介君! ちょっと本気で殺す! 君は、君だけは、優しく殺してあげようと思ったのに!』


 俺が公園に辿り着いた時には、既に早枝先輩は回復していた。

 水飲み場の蛇口を破壊して、噴水の如く水を放出させていたのである。こうされてしまえば、常に早枝先輩には水分が補給されて、石灰の塊を投げつけようとも直ぐに回復されてしまう。

 いや、そもそも相手の水分を奪い、嫌がらせしたところで決定打にはならない。精々、動きづらくなってあの不定形が固まるだけだ。封印を目的としているのであれば、固まった泥を厳重に密閉して然るべき組織に渡せばいいのだろうが、生憎、のうのうとそれをさせてくれる相手でもあるまいし…………何より、俺は殺すためにここに居るのだ。


「それはそれは、早枝先輩は後輩想いですね」

『褒めてくれても許さないんだから!』

「元々、殺す予定だったのに?」

『それは…………どちらかと言えば、私じゃなくて……でも、チャンスがあれば……ああもう! 殺すけど! 単に殺すんじゃなくて! もっと、特別に食い殺す予定だったの!』

「そうですか。ところで、話は戻しますが、今のはきはき喋っている状態が素なんですか?」

『あっちも素だけど、とても怒っている時は、こうなるの!』

「なるほど、そういう一面もとても可愛いと思います」

『んああああああああ!! 真面目に! やりなさーい! 殺し合いに来たんでしょう!?』


 わざわざ、人型を象ってから怒っているポーズをする早枝先輩は可愛らしい。まったく、こんな状況でも、新しい魅力を提供してくれるのだから、罪な人だぜ。


「真面目に、ですか」


 俺は退魔刀を構えながら、浅く呼吸を繰り返した。

 ここまでは、予定通り。


「なら、それっぽくやります? ええと、じゃあ、プロ顔負けの早枝先輩相手に恥ずかしいのですが――――『化物よ、何故、人を食らう?』」

『…………へぇ、分かっているねぇ、剣介君は。誰かにそういう問いを向けられたのは、大体五百年ぶりぐらいだ。だから五百年ぶりに答えてあげる』


 俺の言葉に、演技に応じて、早枝先輩は人型を消した。

 そして、より化物らしい蠢き方をして、泥全体に口を幾つも形成し、一人で何重にもエコーをかけながら答える。


『『『私が人を食らうのは! 本物に成るためだ!!』』』


 流石の迫力で答えた早枝先輩は、そのまま、化物として昔話を始めた。


『『『そう、あれは私がまだ、無垢なる人形だった頃の話……』』』


 俺は呼吸を整えて、出来る限り体力を回復させながら早枝先輩の語りに耳を傾ける。

 さほど長い話では無かったが、纏めると、早枝先輩は底なし沼から生まれた泥の化物。最初は記憶が無かったが、妻の代わりとして向かい入れてくれた男のために、記憶がないなりに尽くしたらしい。でも、男は満足することが無く、諍いで男が早枝先輩の頭部を割り、その影響で自我が呆然としている間に、情報を求めて男を食べてしまったらしい。

 うん、概ね『こちらが手に入れている情報』と同じであるが、早枝先輩、ダメンズだったのん?


『『『故に! 私は人を食らう! 多く人を食らい! 人の記憶を蓄えれば、より多くの人を知れば、きっと、彼が求める本物になれるのだから!』』』

「その彼、死んじゃってますがー?」

『『『演技!! ちゃんと演技して!!』』』

「はいはい…………『愚かなる化物よ、死者は生き返らぬ。それを知らぬわけもあるまい』」

『『『再現すればいい! 私のように! 私は! 彼の情報をきちんと保存し、劣化させぬように貯えてある! だから、もっと私が人間を食らい、力を付けて、多くの情報を手に入れば、彼を復活させることぐらい、容易だ! そして、私は蘇らせた彼の隣で、今度こそ、間違えずに本物になるのだ!!』』』


 早枝先輩は、無数の口で吠え猛る。

 演技なのか、本気なのかは分からない。

 ただ、思わずこちらが圧倒されるほどの力を伴った台詞であったことだけは確かだ。

 だからこそ、応じるならば今しかない。


「『化物よ……』いいや、早枝先輩。ならば、俺は演技抜きで、貴方に問いたいことがあります」

『『『………………何、かな? 剣介君?』』』


 俺は泥の中にある早枝先輩の意識に向けて視線を向け、言葉を紡ぐ。


「何故、そんな嘘を言うんですか?」

『『『…………えっ?』』』


 さぁ、不死を問い殺す物語を始めよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る