第14話 悪童

 本気で野山を駆け回ったのは、一体、いつ以来だろうか?

 思い出せる限りの一番新しい記憶では、小学校五年生の夏。サバイバルゲームをやろうと同級生たちで集まり、白熱しすぎて、『相手が動けなくなったら勝ち』というクソ勝利条件を設定して、ガチの模擬戦闘をやらかした時だろうか?

 あの時はまさか、同級生の岡田君が、強化ゴム弾を持ってきているとは思わなかったから、苦戦を強いられたんだよな。俺が囮になって引き付けている内に、友達がスタンガンで仕留めることで決着になったけれど。


「あっはっは! お兄さん、どうしたのぉー!? この程度かな!? おっそーい!」

「はぁあああああああ!!? これからですしぃ! この程度、ただの準備運動だ、オラぁ!」

「うんうん、その調子、その調子!! オレを捕まえないと、蔵の鍵は渡さないからねーっ!」


 まさか、高校生にもなって全力で鬼ごっこをする羽目になるとは思わなかった。

 しかも相手は、あの時の俺と同じく、小学校五年生ぐらいのクソガキ。


「ほらほらー、早く捕まえないと、お昼抜きだぜー?」


 クソガキは半そでに短パンという軽装極まるという格好だというのに、周囲の枝葉で肌を切ることも無く、平然と野山を駆けていく。

 いや、それだけではない。

 こちらが捕まえようと手を伸ばせば、驚くほどの跳躍力を見せて木々に飛び移り、そのまま、猿の如く移動してしまうのだから、驚異的な身体能力だ。加えて、こちらよりも身軽なのだから、障害物の多い山の斜面ではかなりの振りが強いられてしまう。

 それでも、諦めるわけにはいかない。


「例え、飯抜きになろうとも! 俺は、お前を捕まえて見せる!!」

「きゃはっ! 何それ、ジョーネツテキだね! お兄さん?」


 何故ならば、このクソガキを捕まえる事こそが、俺たちが天狗の――飛鳥と同種の存在について書かれた書物を閲覧するための条件なのだから。



●●●



 どうしてこんなことになったのか? 話は一時間ほど前に遡る。


「天狗の伝承は正直、多い。鞍馬天狗から始まって、色んな地域の特色を持った天狗が居る。恐らく、天狗という名前自体が、恐らくは大まかな括りに過ぎないんだ。例えば、犬でも、色んな犬種があるだろ? 猫もそうだ。そういう類のカテゴリ名だと俺は『天狗』という言葉を解釈した」

「ふんふん、それで?」

「そういう仮定の下、九島飛鳥のプロファイリングをして、多くの伝承から類似性が高い物を絞っていく。奴の小説のよく登場する地域を特定し、そこに伝わる天狗退治の伝承について調べた。すると、少しばかり面白いことが分かってな?」

「面白い事?」

「ああ…………あの不死の化物たちを力任せに封印したクソつよ法師……そいつの生まれ故郷が、天狗退治で有名な土地らしい」

「つまり、飛鳥とクソつよ法師には浅からぬ因縁があったということ?」

「かもしれねぇな。法師が三山の土地に来たのも、偶然じゃなくて、天狗を追って来たからかもしれねぇし…………ま、どちらにせよ、調べる価値はあるだろ?」


 悪友の考察の下、俺たちはとある田舎町を訪れていた。

 前の『紛い物』の件についても、俺たちの町に関してもそうだが、どうにも、妖怪やら化物というのは、自然が多く残った田舎を好むらしい。

 もしかしたら、都市部でしか生きられないシティライフな化物も居るかもしれないが、修学旅行ぐらいでしか都会に行ったことのない俺が遭遇することも無いだろう。


「ちなみに、今回、僕たちは地元に存在する退魔一族の末裔という設定だから」

「大丈夫? 頭おかしい扱いされない?」

「問題ない。どうやら、調べた結果、取材に向かうお寺の住職さんはこう…………魔力所持者を管理している組織っぽいところと、微妙に絡んでいるらしくてな?」

「見つかったの? そういう組織」

「割とあったよ、そういう組織。でも、安心しろ、そのお寺が絡んでいる組織は地域密着型の、比較的穏健派らしいから」

「安心しできねぇよ、その口ぶりだと複数あるのかよ、そういう組織。というか、そういう組織と絡んでいるガチの人たちに身分偽装しても大丈夫?」


 俺の心配に対して、敦は珍しく満面の笑みでサムズアップを決めた。


「大丈夫だ! 土地神から退魔刀を託されて、無辜の民の命(自分)を守るために、化物たちに立ち向かう素質溢れた存在って説明しているからな! 何も間違ってねぇぜ!」

「おっと、一体どこの異能伝奇ジュブナイルな主人公かな?」

「お前だよ」

「…………実は俺、高名な退魔師の血を引いているとか、神様の転生体とか、そういう設定あったりするの?」

「一応、血筋は調べてあるが、すげぇ普通の家族だぞ? お前と妹だけが突然変異」

「妹も!? 何それ、聞いてない!」


 このようなやり取りをしつつ、俺たちは昨日に引き続き、朝方に件の寺を訪ねたわけだが。

 そこで少しばかりの問題が発生したのである。


「すみませんのう……うちの馬鹿孫が……先日の電話を盗み聞きらしく……」

「なるほど。資料を保管してある蔵の鍵を隠してしまった、と」


 そう、子供の悪戯によって、天狗退治について記されている資料を閲覧できなくなってしまったのである。

 やれやれ、ヤンチャが悪ガキも居たもんだぜ、と俺は微笑ましさすら覚えるほど、暢気に構えていたのだが、事はどうにも簡単にはいかない様子。


「はい。何分、ヤンチャ盛りで……しかも、一族の中でも百年に一度の才覚の持ち主……まだ小学校も卒業していない年だというのに、うちの家族の誰よりも強いのです。恥ずかしながら、この老骨では、もう手に負えないほどに」

「分かりました。元々、そういう条件だったのです…………こちらが、なんとかしましょう」

「おお! そう言ってくださいますか!」

「ええ、この柊は神格に認められたほどの男です。休日には、施設で子供の相手をするほど慣れています。問題なく、灸を据えてやれるでしょう」

「なんという人格者か……やはり、選ばれし者は違う」


 俺は当事者を抜きに進んでいくやり取りに、目を丸くしていた。

 え? 和尚さん? 悪友? 一体、どういうことなの?


「ということだ、剣介」

「何が?」

「行ってこい」

「どこへ?」

「この時間帯だと、寺の裏から登れる山で遊んでいるってさ」

「何をしに?」

「聞いていただろ? この方のお孫さんを見つけて、一緒に遊んで、少し懲らしめてやるんだ。そういうの得意だろ? な?」


 苦手だよ! 子供は苦手だって知ってんだろうが! と俺が抗議の意味を込めて睨むと、敦はにこやかに微笑みながら『僕の方が苦手だ』と目線を返してきやがった。

 確かに、お前は出会う子供ほとんどに嫌われているけどさぁ。


「それに、これはお前にしか出来ないことだぜ? 悪友」

「頼みます……どうか……ここで懲らしめておかなければ、あの子のためにもなりません!」

「…………むぅ」


 悪友の安い頭ならばともかく、お年寄りの和尚さんに頭を下げられるとこう、重みが凄い。

 考えてみれば、本来ならば、和尚さんとか身内がどうにかしなければいけないことなのに、外部である俺に頼むこと自体が恥なんだよな。その恥を忍んで、こうやって頼んでいるのをただ、子供が苦手だから断るというのは、ちょっとね。しかも、会話から推測するに、その子も魔力を扱える才能を持っているのだろう。しかも、それが並外れているとなると…………確かに、悪友に押し付けるわけにはいかないか。


「分かりました。やれるだけやってみましょう。ただし、灸を据えるのであれば、拳骨の一発程度は許可してもらわないと困りますが」

「孫の耐久度ならば、砲弾を百発ほどぶち込まれても平然としておりますので、何卒、遠慮なくお願いします」

「失礼ですが、お孫さんは本当に人間で?」


 かくして、俺は旅行先でも山に登ることになったのである。



●●●



「だったら、鬼ごっこしようよ、お兄さん! お兄さんがオレを捕まえたら、大人しく蔵の鍵を返すからさ!」


 山に踏み入ると、ものの数分で件の悪ガキがやって来た。

 どうにも、構って欲しくて蔵の鍵を盗んだらしく、俺が来るのを待ち構えていたらしい。

 当然、俺はその誘いに乗った。見ると、半そで短パンに焼けた肌に、ボロボロのスニーカー。髪は野球帽に収めているところから、かなりの運動大好きの子供なのだろう。

 しかし、話によればこの子は魔力を使う才能に秀でた子供。

 曲がりなりにも、魔力所持者を管理する組織と繋がりがあるお寺の人たちが、手に負えないというぐらいなのだから、相当の力の持ち主だ。


「ふむ」


 実際に目を凝らしてみれば、その異常さがよくわかる。

 真っ赤な色をした魔力が、体中で燃えあがるように蠢いているのは、分かりやすく『持て余している』からだろう。

 遊びたいざかりの、運動大好きな男子が、強すぎる力を持て余している。

 そのことに俺は、多少の憐憫を覚えた。

 過去、俺がやらかしたような仲間との全力の闘争を、この子は味わう機会が無かったのだと。ならば、子供は苦手であるが、『お兄さん』の義務として構ってやるのが優しさのはず。


「わかった。ただし、俺は最初から本気で行く。早く終わらせないためには、お前も早々に本気を出した方が良いぞ?」

「ふっふーん! 本気を出すかどうかはお兄さん次第かな?」

「ふっ、面白い――――すぐにその気にさせてやるさ」


 そして、二時間後。


「あははははははは! すごぉい! おっもしろぉい!! オレ、こんなに楽しいの、生まれて初めてだ!!」

「クソガキぃいいいいいいい!! 待てや、こらぁあああああああああ!!」

「きゃー、犯されるぅー!」

「誰が犯すかぁああああああ!」


 俺は安い憐みでこの鬼ごっこを始めたことを後悔し始めていた。

 何せ、このクソガキ、俺が今までの人生で会った誰よりも鬼ごっこが強いのだ。鬼ごっこ開始してから一時間は、異様な身軽さに翻弄されてしまい。そこから三十分経って、何とか、あと一歩で捕まえられるぐらいにまで近づけたかと思うと、今度は平然と投石攻撃でこちらを牽制してくるのだから、質が悪い。

 しかも、投石には奴の魔力が籠っているので、木の幹に着弾すると普通にめり込む仕様だ。俺も魔力で防御しなければ、大怪我をする。


「あは、あははははっ! ほら、ほらほら、こっちだよーっ!」

「うがぁあああああああああ!!」

「わぁ! 凄い、オレの動きを段々予測してくる!? お兄さん、やっぱり本物か!」


 だが、今更止めることなどは出来ない。

 ここで天狗の情報を手に入れられなければ、かなり危ういこともあるのだが、それ以前に、ちょっとね、うん――――ガキに舐められたまま、終わってたまるかよ。


「うぉおおおおっ! 今こそ、都合よく覚醒しろ、俺ェ!」

「自発的に覚醒するの!?」


 俺は魔力による自己強化の限界をさらに上げて、野山を疾風の如くすり抜けて、クソガキを追う。

 これはもはや、報酬とか、憐みとか、そう言うのは関係ない。

 俺とクソガキ、どっちが勝つかの純粋な勝負なのだ。


「見切ったぁ!!」

「ひゃんっ!?」


 鬼ごっこを始めてから、おおよそ四時間後。

 俺は、猿の如く木々を飛び移るクソガキを、自分でも驚くほどの跳躍力で抱き着き、捕縛することに成功したのである。


「ちょっ、どこ触ってるのさ!? お兄さんのエッチ!」

「うるせぇ! さっさと寺に戻るぞ、バーカ!!」

「んもう……しょうがないなぁ……」

「なんでお前が妥協したみたいに!?」


 捕まえた後は、しばらくじたばたしていたクソガキであるが、観念したのか、しばらくすると俺に大人しく担がれた。

 寺に戻る道中、『ひょっとして気づいていない?』やら『そりゃあ? オレって一人称だけどさぁ』などと、もにょもにょ呟いていたが、それに反応するだけの元気は無い。

 俺もクソガキも、魔力を使いながら全身運動を続けていたのだから、そりゃあもう、汗だくだった。加えて、こうして汗だくな体でしがみ付いたり、取っ組み合ったりしたので、とてもお風呂に入りたい。女子が『あー、お風呂入りたい』という気持ちを魂で理解した。

 でも、これでようやく、天狗についての資料が閲覧できるってもんさ!


「あ、剣介。おかえり」

「…………おい、悪友」

「なんだ? その手に持っている奴」

「室町時代から、脈々と受け継がれてきた書物だよ。どうやら、特殊な加工がしてあるからか、経年劣化で崩れないし、文字も読めるらしい。ただ、少しばかり当時の言葉を読み取るのは手間だがな。まぁ、分かりやすく翻訳された現代語版もあるらしいが、時間はたっぷりあったから、最初はそっちを読み進めてから、編集される前の書物も読んでみているわけ」

「…………天狗の資料?」

「そうだが?」


 俺がクソガキを脇に抱えて帰還すると、悪友は寺の縁側で読書タイムだった。

 しかも、周囲に置かれている資料は、天狗関連の資料なのだとか。

 気が遠くなりつつも、俺は『いやいや、蔵にある奴と別かもしれないだろ?』と自分を慰め類のだが、クソガキが「あ、やっぱり予備の鍵を持っていたな、あの狸爺」と呟いたので、思わず脱力してしまった。


「嵌めた?」

「そっちの方が全力でやるだろう? それに、それが交換条件だったんでな」

「そっかぁ」


 悪友の言葉に怒る気力は無く、俺はそのまま地面に転がり込む。


「――――寝る!!」

「庭先で不貞寝は止めようよ、お兄さん」


 その後、壮大に拗ねて地面を転がる俺は、クソガキに担がれて風呂場に叩き込まれてしまったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る