第13話 底なし沼と亡霊
「幽霊って、居ると思うか?」
コンビニで売られているリーズナブルな価格のチキンに齧り付きながら、敦は俺に尋ねた。
こいつは、自分の家や生活範囲では神経質なほどに、掃除や食事に気を遣う癖に、一度、外へ出たら、妙にぞんざいになるところがある。
平気でコンビニで朝食を買おうとしたり、朝からチキンの揚げ物を平然と食べようとするのだ。どうやら、普段きちんと生活している分、外に出るとその反動でジャンキーな食べ物や、適当な生活スタイルになるらしい。
「幽霊って、あの幽霊?」
「そう、現世に未練を残した死者が、生者の下に姿を現す奴」
「大抵、実体がない奴ね」
「そうそう。アニメや漫画でも、一般的には幽霊には触れられない。肉体が無いから、死者が目の前に現れたとしても、触れない。足が無い。これは、火葬文化による特徴しれないな。火葬して、死体が無いからこそ、死者は幽霊なんて不思議状態で現れる。魂とかいう不確定な存在で、何故か、肉体が無いのに見せる奴は見えるとかいう、曖昧な定義。土葬文化が定着している海外だと、死者が生き返って来る時は死体ごとこんにちは! ってケースも多いんだが、探してみると悪霊という目に見えない存在もそれなりにあるわけで、やっぱり、死体の処理に関わらず、一定の――」
「話が長い。結論を先に言え」
俺は、ぱりぱり海苔のおにぎりへ齧り付いた後、敦の話をさくっと切り捨てる。
こいつはどうにも、頭は良いのだけれども、気を抜くと思考をだらだら垂れ流しにする悪癖があるので、気付いた時に横槍を入れなければならない。どうせ、俺の頭では最後まできちんと説明を受けても、話が終わったころには最初の説明内容を忘れそうになるのだから、長ったらしい説明に意味は無い。
簡潔に、さくっと、分かりやすく行ってもらわなければ。
「前置きが結構大切なんだがな」
「結論の方が大切だろ?」
「まぁ、そうだな。じゃあ、結論から言うが――――この土地では死者が蘇るらしい」
「…………は?」
真夜中に拉致られて、そのまま軽自動車で高速道路をおおよそ三時間。気づいた時には、朝日が目に眩しいという体験を経ての、この発言である。
ちなみに、運転手は敦が手配したスキンヘッドの黒人男性が担当してくれたので、俺たちは多少なりとも睡眠を取れているのだが、それでも、この発言は寝ぼけているとしか思えない。
「死んだ人間は蘇らないぜ、敦」
「ほう。散々、化物やら魔力なんてとんでも存在を見ている癖に、それを言うか?」
「いや、当たり前だろう? 死ぬってことはそう言うことだ。逆に言えば、蘇れる余地があるなら、そいつは死んでねぇよ」
「ごもっとも。だがな、剣介。この土地では、そういう逸話が多いんだよ。死んだはずの人間が、生きたままの恰好で生者を訪ねてくるという逸話がな」
コンビニで朝食をとりながら、敦から聞いた話を纏めると、こうだ。
この土地には、いつからか、死者が蘇るという逸話がある。
死んでから四十九日立たないうちに、生前の姿そのままで……衣服すらも着て、平然と歩いて生者の家族……あるいは知り合いを尋ねるのだという。
けれども、決して、死者に尋ねられたとしても応えてはならない。
戸を開けることも、言葉を返すことも、出来るのであれば目を合わせることもしてはならないのだ。
応えてしまえば、死者は生者を連れて行ってしまう。
応えなければ、死者は己が死んでいることを悟り、静かに消え去る。
そして、死者が消え去った後には――――人の大きさほどの泥の塊が残されていたという。
「泥?」
「そう、泥。死者が消え去った後には、不自然な水たまりや、濡れた跡、不可解な痕跡が残されることが多いが、この土地では泥が多い。しかも、この土地限定ではあるが、こういう現象は現代でも割とよくありふれているらしいぜ? 一時期、ネットで噂になったことがある。『死者と会える町』ってな」
「そして、実際に取材に行った記者や、旅行者に行方不明者多数?」
「そうそう」
「ガチすぎて噂が消える奴じゃん」
「そうそう。んでもって、僕たちは今から、その手の言い伝えを取材しに、神社の神主さんへ取材に行くわけ。分かった?」
敦の言葉に、俺は頷く。
残りのおにぎりを一気に書き込み、ペットボトルのお茶と共に喉の奥へ押し込む。
「ああ。つまり、ここが早枝先輩の…………あの泥の化物の不死を探るために、一番適した場所なんだろう?」
にぃ、と不敵な笑みで敦は応える。
こいつが強引に事を進める時はいつも、確信を得た時だけだ。故に、俺は信頼していた。あの深夜の拉致からの車内睡眠も、決して無駄では無いのだと。というか、互いに信じて居なければ、今まで様々なトラブルを潜り抜けることは出来なかった。
「ネットや文献で探るのにも限界がある。口伝ってのは、結構頼りになるもんだぜ?」
「そうだな。少なくとも、何の手がかりも無し、とはならなそうだ」
「ちなみに、僕たちはこの土地をモデルに伝奇系ノベルゲームを作ろうとする学生として取材するから、その通りに振る舞えよ?」
「オカルト部とか、そのまま文芸部とかじゃ駄目だったの?」
「神主さんの孫が、同人ノベルゲームが大好きだったからこそ、辛うじて成立させた交渉だからな。この交渉が終わったら、シナリオの原案を作らなければならん」
「本当に作るの!?」
「その神主さん、なんでもこの土地で古くから伝わる怪異払いの一族らしくてなぁ……そういう相手には不義理はしないようにしている。だから、頑張れ、シナリオライター」
「俺が書くの!?」
「生き残ったらな」
こうして、俺たちは早朝から、とある田舎町の神社へ赴くことになったのである。
ちなみに、運転手のスキンヘッド黒人男性――ボブさんは、俺たちが神社で話を聞いている間、近くの温泉に行って休憩してくるらしい。
こういう騒動に巻き込まれる度に思うのだが、俺の悪友は一体、どういう伝手であんな知り合いをゲットしてくるのだろうか? 長い付き合いなのだが、未だによくわからない。
●●●
俺たちを出迎えてくれたのは、神主さんではなく、巫女だった。
しかも、黒髪ポニーテイルの女の子……我らが文芸部の美少女連中に勝らずとも劣らない、綺麗な女の子だった。
黒髪ポニーテイルのスレンダーな女の子が、凛々しい顔つきで巫女服を着ている。これは、ほんの二週間前の俺にとっては僥倖以外の何物でもなかっただろう。
旅行先。
意図せぬ偶然。
加えて、同世代の美少女。
文芸部の美少女たちに出会っていなかった頃の俺であれば、運命的な物を感じて、なんとか連絡先を交換しようと躍起になって居たかもしれない。
だが、今は違う。
「粗茶ですが」
「あ、いえ……早朝ですが、この季節に冷たい麦茶はありがたいです」
「ふふふっ、ご丁寧にどうも。お若いのに、偉いですね?」
「…………えっ? ひょっとして、外見は十代半ばにしか見えないけれど、中身はきちんとした大人という、伝説の年を取らないエルフ的な――」
「これでも十五歳です」
「同い年!? 何がこれでも!?」
「学校では若干、大人びて見られます」
「確かに、同性の後輩とかに人気が出そうな大人っぽさだけどさぁ!」
「ふふん、ラブレターは今までに三十枚は貰っていますよ」
「俺は一枚も貰ったことがないのに、すげぇ!」
「好みのタイプの男子からは一枚も貰ったことはありません……」
「悲しみ」
現在の俺にとって、美少女というのはまさしく凶兆。
黒猫が前方を横切るどころの話ではなく、黒猫が団体でフラッシュモブを始めるレベルの縁起の悪さなのだ。でも、この人は悪くないので愛想悪くすることも出来ない。
なので、俺はとりあえず、普通の好青年を装って対話して誤魔化すことにしたのだった。
「相変わらず、お前のコミュ力は末恐ろしいわ。なんで、それで彼女が出来ないの?」
「ナンデダロウネー」
隣で敦が呆れたような声を出すが、んなもん、俺が聞きたい。
やっと、彼女が出来るかもしれないと浮かれていた時に、どうしてこんな命懸けの殺し合いの準備をしなければいけないのか? 考えれば考える程、己の天運を嘆きたくなるので、そこら辺は思考を放棄することにしている。
「本日は、遠いところ、御足労ありがとうございます。昨今、地元の子供たちですら、我が一族に伝わる伝承に耳を傾けないので、こうして外部の方に知っていただけると、嬉しいです。私たちの役割とは本来、この土地をさ迷う、『寄る辺無き者』に対する警告と対策を伝え続けることになるのですから」
ただ、どうやらその方面の運とやらは、妙なところに配分されているらしい。
キリっと表情を改めて、俺たちと向かい合う巫女さんからは、確かな『魔力』の奔流を感じた。しかも、体の隅々まで、空色の美しい魔力の色で満たされている。魔力量は、俺と同じか、それよりも上。自覚を持って、魔力を練り上げている人だ。
本物である、と隣の敦へアイコンタクトと送ると、敦は仏頂面で頷く。
もはや、ここに至って無駄話は必要ない。
満を持してやって来る、神主さんから、出来る限り情報を引き出すだけ。
「むふふっ! どうですか!? この私! 異能伝奇ジュブナイルに出て来るような、ヒロインっぽい佇まいではありませんか!?」
「え、あ、はい」
「ノベルゲームのヒロインとして出して貰っても構いませんよ!」
「それじゃあ……その、前向きに検討します」
「やったぁ!」
そのはずだったのだが、巫女さんが帰らねぇ。むしろ、がっつりと腰を据えて、俺たちと話し合う姿勢を見せている。いや、それならそれでいいのだけれど、先ほどまでのキリっとしたモードでお願いしたのですが?
「…………すみません。申し訳ないのですが、神主さんは御在宅でしょうか?」
敦も似たようなことを思ったらしく、丁寧な言葉と、普段見せることのない愛想笑いを浮かべて、巫女さんへ尋ねた。
「昨夜、『ひゃっほう! 久しぶりに若者に対して、全力で格好つけられる機会が来たぁ! しかも、伝奇物のノベルゲームを作るという話ならば、この俺の話もきちんと聞いてくれる! ふふふ、これは普段から練習してきた、意味深な言葉を渋く告げる老人ロールがはかどる!』とテンションを上げていたところを、ぎっくり腰で病院に運ばれまして」
「なるほど。それは、大変でしたね」
「いえいえ、こちらこそ、約束をしていたのに申し訳ありません。ですがっ! 次期後継者であるこの私が、きっちりと語らせていただきます!」
しゅばっ、と勢いよく右親指で自身を指し示す巫女さん。
その姿を愛想笑いで眺めていた敦は、そっと俺にアイコンタクトで意思を伝えると、静かに気配を消した。
即ち、『この女、苦手だからお前が対応しろ』と。
そうだね、お前はテンションが振り切れている系の女子は苦手だよね? どちらかと言えば、擦れた殺し屋みたいな性格の女子が好きなんだもんね。
「ほほう、それは……期待せざるを得ませんな」
「ええ、存分に期待してください!」
俺は巫女さんのテンションに合わせて、これ見よがしの不敵な笑みを浮かべた。
すると、巫女さんもまた、実力を試される少年漫画の主人公みたいな『面白れェ!』という表情を浮かべて気合を入れる。
「あー、あー、ごほん! それでは、語りましょう。我ら一族が守りし、黄泉へと繋がる沼の話を。沼から生まれる、憐れなる『寄る辺無き者』たちを弔うための話を」
佇まいを正し、巫女さんは語る。
場の空気すらも、清涼に清め挙げるが如き色の魔力を漲らせ、凛々しい顔に釣り合った張りのある声で。
「地の底から生まれた、憐れなる紛い物たちを殺し続けるための伝承を」
不死なる泥人形を殺すための術を、語ってくれた。
●●●
巫女さんから聞いた語りは、俺にある確信を持たせてくれていた。
「殺せそうか?」
「ああ、問題ない」
悪友からの言葉に対して、躊躇わず頷けるほどの、確信。
不死を殺すための手段へ指が届いた、と俺の直感が告げていた。これで、まるで空振りだった場合は、仕方ないと諦められるほどに。
「だが、準備をどれだけ進められるか分からない。結局は、時間の問題になると思う」
「そうか……出来る限り物資は用意しようと思うが、流石に限界はあるぞ」
「分かっている。それでも、やるしかないさ」
ボブさんが運転する軽自動車の後部座席で、俺は肩を竦めて答えた。
こればかりは、実際にやって見なければ分からない。
どれだけ準備を重ねたとしても、何か一つのミスで失敗してしまう可能性もあるし、逆に、相手の些細な失敗が、こちらの勝利を呼び寄せることもある。
殺し合いとは、そういうことなのだと、最近、俺は思うようになってきた。
まぁ、熊とか猪という獣しか殺したことが無いガキの戯言なのだけれど。
「なら、頑張れよ、剣介」
「言われなくても」
「あの巫女さんと連絡先を交換したんだろ? 絶対に、進捗を何度も聞いてくる類の奴だぞ、あれは。しかも、滞っていると押しかけてくるかもしれん」
「ノベルゲーム制作に関しては、お前も頑張れよ! 俺はもう、二週間後の決戦を超えるまで他のことは考えられねぇよ!」
「んじゃあ、その後にゲームのコンセプトと大まかな物語の流れをしっかり提出しろよな? 企業だと、キャラクターが先になることも多いが、僕たちはシナリオを元にキャラクターを作っていくつもりだから」
「決戦を乗り越えた後でも、ゆっくり出来なさそうなスケジュールになりそうだよ、おのれ!」
他愛ない会話で笑い合いつつ、俺たちは次なる土地へと向かう。
そう、この旅行はまだまだ続くというか、割と過密スケジュールなので、基本的に睡眠は車内で取ることになりそうだった。
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