第12話 汝、不死を殺すのであれば

 刀を手足の延長として扱うように、という一文をどこかで見たことがあるが、詳しくは覚えていない。どうせ、何かのアニメや漫画から影響されたことであるので、深く考えるだけ無駄だ。あるいは、小学生の時に、武術系のアニメに影響されて読んだ、何かの剣術指南書かもしれないが、そんなこと今はどうだっていい。

 肝心なのは、俺はその教えを会得することは不可能である、ということだ。

 何せ、一か月しかない。

 仮に、一か月間、毎日刀を持ち歩くようにしていたとしても、刀を己の一部として扱うことなんて不可能だ。

 だって、危ないし。

 触ると怪我をしそうだし。

 ついでに言えば、クッソ重い。

 だから、到底、体の一部なんて考えをすることは出来ない。


「…………ふー」


 けれども、刀を刀ではなく、別の物として考えるというアイディアはありがたく頂こう。

 この俺が扱う退魔刀は、通常の刀ではない。通常通りの近距離武器としての使用は可能であるが、それ以外にも、俺の魔力を伝わせて、それを刃として飛ばすような芸当も出来る代物だからだ。

 故に、真っ当な刀と考えると少し困惑してしまう。

 自分で自分の間合いが把握できていない、というのが、一番戦う上では、やってはいけないことだと思うから。


「――――しっ!」


 そのため、俺が選んだ修行法はシンプルだ。

 退魔刀を巨大な筆、自分の魔力を墨汁として、空間に線を引くように振るう。

 これが、通常時の素振り。


「はぁっ!」


 たっぷり含めた墨汁で、立体的に空間を塗りつぶすように振るう。

 これが、飛ぶ斬撃の素振り。


「…………射程距離は、最大三十メートルか。間合いを遠くにすればするほど、威力は下がる。それでも、薪程度なら、軽々と切断可能……鋼鉄は間合いが十メートル以内でないと、切断は難しい。ただし、直接切るのであれば、今の俺ならば鋼鉄すらも、余裕、か」


 即席のカカシを幾つも作り、十メートル間隔で置いて起き、俺は自分の間合いがどれだけの物なのか測っていた。ついでに、刀を振り下ろした瞬間から、狙った対象に着弾するまでの時間のズレも、感覚として体に覚えさせる。

 間合い十メートルほどならば、最速でコンマ二秒ほどのズレ。

 間合い二十メートルならば、コンマ四秒。

 間合い三十メートルとなると、一秒間隔でズレが生じてしまう。

 なので、精々、実用に耐えるのが間合い十五メートル程度の距離まで。二十メートル以上からは、飛ぶ斬撃は見せ札や、相手への牽制として使うしかない。


「一応、魔力を扱わない物にとっては不可視の刃になるんだろうけど…………駄目だな、魔力を齧った奴だと多分、普通に見えるわ、これ」


 魔力は通常、人の目に映らない。

 けれども、段々と魔力の扱いに慣れてくると、視界ががらりと変わるのだ。以前の俺では、体内を巡る魔力をなんとなく、熱としてしか感じられなかったのだが、今ではしっかりと色でも確認が可能だ。だから当然の如く、彼女たちにも俺と同様の真似が出来ると考えるべきだろう。うん、彼女たちの前では魔力操作を控えるように気を付けなければ。

 ちなみに、俺の魔力の色は黒。

 恐らく、墨汁のイメージでずっと刀を振るっていたから、そういう意識が頭の中に染みついたのだと、敦は語っていたが、難しいことは分からない。

 ただ、便利になったのだと考えれば、それでいいのだ。

 …………そして、目を凝らせば、道行く人の魔力を読み取ることも可能となったので、文芸部の美少女たちの魔力も当然、把握している。


「んでもって、やっぱり、真っ当な手段では太刀打ち不可能か」


 彼女たちの魔力は、質、量ともに、俺のそれを遥かに凌駕していた。

 多分、日常生活を送る上では抑え込んだりしているのだと思うけれども、それでも、少なく見積もって俺の十倍以上の魔力が存在する。

 ひょっとしたら、実際に戦う時には五十倍ぐらいの差があるかもしれない。それだけ、俺と彼女たちには魔力の開きがあるのだ。

 これで、部長たちに力の大半が封じられているというのだから、笑えてくる。

 魔力の扱いや、刀の扱いを学び、強くなれば強くなるほど、その差がより正確に見えて来るのだから、正直、絶望的な戦力差だ。


「…………あー、勝てる気がしない」

「じゃあ、諦めるかい?」

「はっ! まさか!」


 俺は背後からかけられた声に、振り向かずに応えた。

 大丈夫、この声はよく覚えている……声変わり前の少年の声のような、それでいて、妙な落ち着きを孕んだ怪人の声。


「勝てなくても、殺せればいいんですよ、部長」

「くくく、そうかい」


 納刀し、大きく息を吐きながら俺は声を主へと視線を向ける。

 そこには、あの時と一切変わらぬ、落書きで塗りつぶされた顔の男子が居た。それ以外は、まったく印象に残らない、奇妙な気配を纏う、学生服男子が。

 …………奇妙なことに、そいつからは魔力を読み取れない。でも、確実に何かしらの力は感じる。力を隠すのが別次元で上手いのか、それとも、魔力が巨大すぎて、俺が理解できないだけなのか? あるいは、魔力とは別のリソースを使っているのか?

 やめよう。

 この怪人相手に、下手な推測をしたところで意味は無い。


「それで、何の用ですか?」

「ひ・や・か・しっ♪」

「お帰り下さいませ」


 俺は部長を意図的に無視して、素振りを再開した。

 貴重な訓練時間を、無為に過ごすわけにはいかない。


「あはははは、ごめんごめん、冗談だよ。拗ねないでくれ」

「ふっ! ふっ!」

「あ、ガチで無視しようとしているね? 折角、人が様子を見に来てあげたというのに」

「…………ふー、余計なお世話では? まぁ、記憶を封じて頂いている身の上ですから、持て成せというのであれば、渋々持て成しますが」

「くくく、いいねぇ、その不遜な感じ。うん、あの時の法師に似ていて、僕はとても気分が良いよ」

「貴方の考えていることはよくわかりません」


 俺がぞんざいに扱うと、何故か、部長は楽しそうに笑う。愉悦ではなく、本当に楽しくて仕方がないという声だ。

 何だろう? お気に入りの玩具で遊んでいる気分なのだろうか? いや、それにしても、微妙に向けられる視線が異なるというか…………まぁ、考えるだけ無駄だな。


「そんなに警戒しなくても、今回はただの様子見だよ、本当にね」

「はぁ、そうですか」

「というわけで、どうかな? ちょうど――――二週間経ったところだけれども、進捗は?」

「進捗? そんなの、さっぱり分かりません」


 部長の問いに関して、俺は素直に答えを返した。

 実際、俺は何も分かっていない。頂点の見えない山を、ずっと登っているような物だ。どれだけ上を見上げていても、山頂は霧がかかって見てないし、先に進んでいるのか、後退しているかも分からない。

 それでも、歩を止めることは出来ずに、足を動かすしかないのだ。

 悩みながらでも、考えながらでも、先に進もうと動き続けることしか、俺には出来ないのだから。


「たかが、二週間です。きっと、俺の拙い訓練なんか、真っ当な剣道家から見れば、失笑物なんでしょうよ。いや、剣で化物と戦う、なんてことを考えている時点で阿呆の極みですよ。ついこの間、熊を斬り殺しましたけどね……やっぱり思い知りましたから。ああ、刀は動物を殺すのに不十分だな、って。間合いが足りない。安全じゃない。弓か、銃……せめて、槍が欲しいと思いましたよ」

「でも、分かっているんだろう? 彼女たちと相対するのであれば、刀という形が一番、やりやすいのだと」

「…………まぁ、それは……はい」


 俺は思う。

 刀は弱い。槍や弓、銃の方が強い。刀を使う達人が強いのは、刀では無くて、扱う人が強いからなのだと。

 でも、刀を振るえば振るうほど、俺は不思議とこうも思っていた。

 人知の及ばない、どうしようもなく強大な敵と戦うのであれば、『刀』という形が、もっとも武器を持つ上では、理想的なのではないか? と。


「もちろん、多種多様な考え方はある。それぞれの適性もある。けれど、それも踏まえた上で、あえて言うのであれば、剣というのは力を示しているのさ。力という象徴が、剣という形なんだ。だから、この大和の国に生まれた君ならば、英雄としての資質を持つ君ならば、その形が一番適しているんだよ」

「……そういう物ですか?」

「ああ、そういう物だとも。現に、君は『明らかに人類の才能を超えた領域』で、退魔刀を使いこなしているじゃあないか」

「…………」

「おっと、疑わしい目で見られても、これは別にからかっているわけではなくて、素直な賞賛であり、単なる事実さ。よくもまぁ、たった二週間でそこまで練り上げた物だよ、うん」


 ぱちぱちとまばらな拍手をして、俺を賞賛する部長。

 だが、その言葉はどこまでも軽く、何が本気で、何が冗談なのか、区別がつかない。

 …………これが、普段の部長なのだろう。あの時みたいに、何かしらの予想外な出来事が立て続けに起こらなければ、飄々と人を傍から見て、好き勝手言うのがこの人のスタイルなのだ。

 まったく、はた迷惑なことこの上ない。


「ひょっとしたら、君は、本当に英雄になれるかもしれないね?」

「はっ、どうでもいいですよ、んなこと。肝心なのは、俺が死なないことです。後、出来るだけ周りに迷惑をかけないこと」

「ほう? 君は自分が第一主義かな?」

「当たり前でしょう? まず、自分が居なければ、結局、何もないようなもんですから。もう、自分の命が天秤に乗せられていれば、家族だろうと友達だろうが見捨てますね!」

「僕の経験上、君のような言動をする奴に限って、土壇場になると命懸けで誰かを助けたり、誰かを庇ったりするものだよ」

「やめてください、そういうクソ長生き生命体の経験論。何も言えなくなる」


 お婆ちゃんの知恵袋どころじゃねーからな。まさしく、神託に等しい価値があるだろう。何百年も生きた存在の言葉なんて。

 もっとも、言葉の信頼性が皆無の怪人から言われても、『だからどうした?』という気分になるのだが。


「だから少し……いいや、かなり以外だったんだよ。君が戦う選択肢を選んだことは。いや、まぁ、説明を聞けば納得しかないけれどね? …………彼女たちも、もう少し襲うまでの時間を取っておけばいいのに」

「戦わなければ、死ぬだけでしたんでね。つか、三十年前……というか、俺以外のパターンだと、普通、食べるまでにどれぐらいの時間をかける感じですか? 平均」

「一年ぐらい」

「えっ?」

「普段なら、一年ぐらいかけるよ、彼女たちは。だから、今回は特別にイレギュラーなのさ」


 くくくく、と口元を三日月に歪めて笑う部長。

 それにつられて、俺も「ははははは」と乾いた笑い声を漏らす。

 ああ、本当にお笑い種だ。

 一年あれば、もう少しどうにかならなかったのか? なんて、思ってしまうのだから、本当に笑うしかない。



●●●



 夜中にふと、目が覚めることがある。

 普段は、無理やりポジティブシンキングで有名なこの俺であるが、たまに悩むこともある。

 部屋の窓から外を眺めても、まるで景色が見えないような真っ暗な夜中だと、不安で叫び出したくなることも、それなりに。

 本当に殺せるのだろうか?

 遺書は用意しておいた方が良いのか?

 ああ、でも、食われたら行方不明者として処理されそうだから、遺書とか無意味かもしれないな。

 本当に殺すのか?

 和解は絶対に無理じゃないのか?

 結局は、エゴだ。

 エゴ上等だ、殺してやる。

 好き好んで殺したくない。でも、殺さなくては、殺す、殺す、殺す、殺すんだ、俺は。

 生きるために、殺せ。


「…………駄目だな、当分が足りない。糖分が足りないからこそ、こんなに落ち込むんだ」


 こういうシリアスな気持ちになってしまう夜に大切なのは、当分だ。

 けれども、若いからと言って夜中のシュークリームなどは食べてはいけない。プリンは俺の天敵なので食べない。飲み物が良い。そう、甘ったるいぐらいのホットミルクが俺の好物なのである。

 ミルクをゆっくりと小鍋で温めて。

 砂糖を入れて。

 はちみつを入れて。

 ショウガを入れて。

 ぐつぐつぐつ煮込んだ後、マグカップに入れて、ゆっくりと飲む。なんかちょっと一味欲しいな? と思ったら、一味唐辛子を少しだけ入れると良い。


「ふぅー、やっぱりこれよ……糖分は良い、人生を豊かにしてくれる…………っと、んん? こんな夜中にメッセージ? おいおい、誰だよ、深夜二時に迷惑な…………あぁ」


 俺がホットミルクを飲みながら心を落ち着けている最中だった。

 敦からメッセージがスマホに届いたのである。見ると、そこには『明日、予定無いよな?』という確認のメールが。

 確かに、明日の土曜日は特に予定も無く、飛鳥のボランティア活動に付き合う気もない。あまりがっつりと行動を共にすると、好感度以前に、社会的にちょっとストーカーみたいで気持ち悪いからだ。

 俺は即座に、『割と暇』というメッセージを敦へ返信する。すると、すぐさまメッセージが戻って来た。


『んじゃあ、今からちょっと旅行に行くぞ』

「今から旅行に行くぞ?」


 え? 何こいつ、頭おかしいの? と思ったが、そうだった、敦は基本的に頭がおかしいところがあるのだった。こいつは、マジで有言実行だ。やると言ったら必ずやる。しかも、行くか? ではなく、行くぞ、なので絶対に逃れられない。


「準備しておくかぁ」


 ニ十分後。

 ちょうど、俺が旅行鞄に必要な物をぶち込んだところで、俺は悪友に拉致られて、旅行に出ることになった。

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