第10話 伝承と考察
敦は基本的に、学校へと通っていない。
基本的に、というのは一応、ここから離れた都心の学校に通っているということになって居るらしいのだが、敦がその学校へと登校している様子は見たことが無いからだ。
恐らく、何かしら法から外れた手段で己の出席日数を弄っているのだろうが、詳しい方法は知らないし、知ろうとも思わない。
肝心なことは、敦は普通の学生よりも遥かに自由な時間を多く持っているということだ。
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「よしよし、しっかりと過去の部誌も持ってきてくれたな。ふんふん、中々の量だが、問題ない。この僕の速読術ならば、丸一日もかからずに読破することが可能だ、崇めろ」
文芸部の面子を一致団結させて、同人誌を作るように誘導していた俺だが、もちろん、思惑は合った。その一つが、こうして過去の部誌を不審に思われずに持ち出せることである。
あれほどの熱弁を振るっておけば、言い出しっぺである俺が率先して『過去の先輩たちの作品を参考にしたい』と告げて部誌を持ち出すという行動に違和感は無い。故に、遠慮なく部室に置いてあった部誌のバックナンパ―を貸してもらえることになったのだが。
「…………あの、敦? 去年の分の部誌だけなら分かるけれど、『部室に存在している過去の部誌を全て持って来い』ってのは、どういうこと? 彼女たちの情報を調べるだけなら、去年の分だけで充分じゃない?」
まさか、紙袋一杯に部誌を詰め込んで持ち帰ることになるとは思わなかったぜ。
敦さん? 普段、筋トレをしている俺だから普通に出来たけれど、結構重労働なのよ? これで何も手がかりが得られなかったら、どうしてくれようか。
「さて、それはやってみないことには………………ああ、やっぱり。ほれ、この部誌を見てみろ。日付の部分」
「ん、随分古めかしいけれど、これは、えっと、三十年前の奴か? って、あれ? マジ?」
「マジだよ、ほれ」
三十年前の部誌。
表紙を開いて、直ぐにある目次のページを呼んで、俺はようやく気付いた。
九島飛鳥。
菱沼早枝。
土浦天音。
現在の文芸部に所属している彼女たちと、まったく同じ名前の女子たちが、作品を載せていたのである。
ただ、現在と変わっている箇所があった。それは、飛鳥が二年生、その他の二人が一年生として文芸部に所属してあるということだ。
「これはその、本人たちだと思うか?」
「作品を読んでみろ。少なくとも僕は、似たような作風の持ち主だと感じたがね?」
「…………あー、確かに。時代の流行の所為か、作品の内容時代は全然違うけれど、所々に見える文体の癖や、世界観に於けるポリシーが似ている」
三十年前の部誌に乗せられていた作品は、確かに、彼女たちに似た作風を感じた。
『菱沼早枝』の作品は、早枝先輩と同じように、演劇を意識した物語の組み立て方になって居て。
『土浦天音』の作品は、天音先輩と同じようにコミカルで、時に残酷なほど冷たいシリアスを違和感なく混ぜ込むスタイル。
そして、『九島飛鳥』の作品は、飛鳥のそれと変わらず、クソ真面目のお堅い文章で面白みに欠けていた……いや、ひっどいな、これ!? 今の作品よりも、出来が大分ひっどいな! え? 仮に同一人物だと考えると、成長していたの? あれでも!?
「ううむ、同一人物だという可能性は結構……いや、かなり高いと思うけれど、こんなに分かりやすい痕跡を残すかな?」
「それに関しては、部長という怪人……我らが町の土地神様は、化物の記憶を弄ることが出来るんだろう? なら、僕たち人間の記憶や意識を弄れてもおかしくない」
「つまり、どれだけ分かりやすい痕跡を残していようとも、部長による記憶操作から問題ないってことなのか? でも、俺たちはこうやって普通に発見できたぞ?」
「そこら辺は、部長とやらの『フェア精神』じゃねぇのか?」
フェア精神。
俺は、あの日、部長が怪しげに語っていた言葉を思い出す。
確かに、そうだ。結果的に、あの部長の思惑とは外れた方向に進んではいるが、それでも、『何もできずに死ぬ』姿を見るのはつまらないと思う感性の持ち主のはず。あれは、どうせならば絶望的な状況に抗いに抗って、その果てに勝利を掴むか、敗北して死ぬか、そのどちらかであって欲しいと考えている。恐らく、途中で諦めるのが一番つまらないからだ。
だから、態々俺と、そして俺の協力者である敦に対して、認識阻害を解いたのだろう。
彼女たちの痕跡を調べさせるために。
「そんで、分かったことだが…………その三人が文芸部に揃ったのは三十年前に限定されるが、個人で文芸部に所属するということも結構あったみたいだな。例えば、ここ……十五年前」
「あ、飛鳥の名前だ」
「八年前」
「天音先輩が居る」
「五年前」
「…………普通に居るなぁ、早枝先輩。あの、こんなに頻繁に同じ名前の奴を出しても大丈夫なのか?」
「大丈夫だからこその、土地神様なんだろうよ。末恐ろしいね、まったく」
「同感だね。敵じゃなくて良かったぜ」
「完全なる味方だとは思わない方がいい相手だがね」
「それも、同感」
うちの学校の文芸部は特別。
そういう意識は皆、頭のどこかに持っていただろうけれども、それに対して具体的な違和感を抱くことは出来なかった。そういえば、そうだ。さらっと流していたが、学校内で何度も、一定の条件で気絶する人間が多発するなんて事件が起きた過去があるのだ。今時、そういう話題はネットに流れていてもおかしくないというのに、誰もそれをやらない。否、出来ないように行動を制限されているのかもしれない。
どうやら、俺が思っていた以上に、怪人……いいや、土地神様は恐ろしい存在のようだ。
「ともあれ、そいつが敵に回っていないおかげで、なんとか手がかりは掴めそうだ」
「でも、作中で態々自分の弱点を晒すほど馬鹿な人たちではないと思うけど?」
「そりゃそうだ。でも、言っただろう? 情報が必要なんだ。一つでも多くな。よく出て来るキャラクターの造形。物語の舞台となる場所。お気に入りの台詞。そういう情報が多いほどプロファイリングは捗る。そうすれば、見えてくるはずだ。どこで生まれて、どこで育って、どういう経緯でこの土地に来たのか? 何のために存在していて――――何を起源としているのか?」
「起源?」
敦はPCのデスクトップ画面に、様々な妖怪、化物の画像を展開しながら説明する。
「例えば、この豆腐小僧」
「なにこのマスコットみたいな妖怪?」
「実際、マスコットみたいな存在でな? 豆腐マスコットキャラクターとして、古い書物……料理本の表紙になっていたりする。んでもって、どういう経緯で生まれたかは知らんが、起源は創作。つまり、フィクションであると考えられているんだ」
「ほうほう」
「こういう、作られた妖怪や都市伝説ってのは結構多い。口裂け女とかも、一説によれば、塾帰りの子供が寄り道せずに帰るように、わざと怪談として流した、とか」
「マジで!? じゃあ、俺たちが小学生の時に戦った、あの怪人は!?」
「あいつはただの狂人だっただろが」
マジかァ。ずっと、口裂け女をボコボコにして倒したと思っていたのに。
大人になってから初めて分かる真実って、意外と虚しいもんだなぁ。
「後はこの、ひだる神って怪異。山道や坂、峠を歩いている奴に憑りついて、脱力させて動けなくさせるって怪異だが……これは熱中症やら、低血糖症状による体調不良が原因と現代では考えられている。ひだる神対策として、日陰で休んだり、食べ物を口にするという伝承があるからこそ、現代医学から推測して起源を見抜くことが出来たわけだ。ま、その中に本物が居た可能性もあるが」
「ええと、つまり?」
「お前が殺すべき三体の化物共が、部長が言うところの『大物』であったのならば、必ず、この土地以外にも足跡を残している。その足跡は伝承となって、現代まで伝えられている可能性が高い。その伝承を集めていくことによって、直接的な弱点ではないにしろ、どういう存在なのか? って推測を立てる手助けにはなるだろ? そんで、そいつらの伝承を集めるのに、お前が持ってきた過去の部誌が役立つわけ」
なんだ、こいつ? 本当に俺と同い年? 頭良すぎない? 何かしらのチート使っていない? 思えば、こいつは昔から人よりも遥かに勉強が出来た……はっ! ひょっとして、人生二週目!?
「お前が真剣そうに悩んでいる時は大抵、クソくだらないことを考えている時だ」
「敦…………教えてくれ、今、何週目だい?」
「この手のやり取りは、お前が転生モノやループモノに嵌ってから五回目だ、馬鹿」
「だって、ずるいじゃん。同学年に比べて、遥かに頭が良いし、色々なことが出来るし……この天才め!」
「お前だけには言われたくねぇ」
俺の言いがかりに対して、不本意そうに呟く敦。
なにおう? この俺はあれだぞ! 女の子の前でヒーローになることぐらいしか取り柄が無いナイスガイだぜ!?
「純粋な運動能力はさほど特化していない癖に、生まれて一度も喧嘩に負けたことが無いのはちょっと異常だぞ?」
「この平和な世の中で、誰かと戦うということ自体が珍しくない?」
「年一の割合で騒動に巻き込まれていたお前が言っていい台詞じゃない」
「あれは、主にお前のおかげで助かった面が大きいと思うんだけど……まぁ、基本、不意打ち決めれば誰にだって勝てるよね?」
「その前提で、格闘技をやっていた不良を一撃で殺すんだもんなぁ」
「殺してない! 後頭部に金属バッドを叩き込んだ時は、『ふぅ! 初体験ぅ!!』とちょっと人殺しになることを覚悟したけど、セーフだったし!」
「あの不良、その後、記憶を失って真面目な好青年になったらしいぞ」
「俺の一撃は命を奪わない! ただ、お前の悪を裁くだけだ!」
「その台詞を裁判で言えないからこそ、あの時は必死に証拠隠滅した思い出」
「懐かしいねぇ」
思えば、俺は幼い頃からこんな事ばっかりだった気がするというか、敦と出会ってからこういう事件に巻き込まれる頻度が加速したような? はっ! つまり、こいつが全ての原因!?
「いや、お前が原因だぞ、明らかに。だって、お前と離れている時はすげぇ平穏だし、僕の日常」
「嘘だ!? というか、心読んだな!?」
「表情が分かりやすすぎるんだよ、お前は。つーか、この現状が何よりの答えだってーの」
「ぐうの音も出ねぇ!」
どうやら、トラブルメイカーは俺だったらしい。いつもお世話になっています、悪友。
「…………で、話を戻すが」
「はい」
「お前はとにかく、情報を持ってくることを優先に考えろ」
「はい」
「無理はするな。踏み込み過ぎるな。ただ、お前から見て、そいつらに対してどんな印象を持ったのか? どういう奴だと感じたか、そのレポートはしっかりと書いて、僕に提出しろ。主観で構わん。お前の勘は良く当たるからな、大分参考にさせてもらう」
「ふふふ、惚気が混じるかもしれないぜ?」
「一度、食い殺されかけた化物に対して、惚気を感じられるお前の精神性ヤバいよな」
「なにおう!?」
「まぁ、お前の精神があれなのは昔からだから置いといて…………不死のギミック攻略は僕が何とかしてやる。でも、実際に相対するのはお前だ。だから、心配はしていないが、一応聞かせて貰う。退魔刀と、魔力を扱うための訓練、その進捗はどうだ?」
敦は麦茶を飲みながら、気軽に尋ねてくる。
やれやれ、その態度はドライだからなのか?それとも、俺を信頼してくれるからなのか? でも、いいぜ? 俺はいつだって進化と覚醒を繰り返す男。今日も、お前の度肝を抜いて、麦茶を噴き出すという古典的なリアクションを取らせてやる!
「ふっ、聞いて驚け!」
「おう」
「今朝、熊と遭遇して斬り殺しました」
「おう?」
「その時に、なんかこう、飛ぶ斬撃みたいな技を覚えました」
「……えぇ」
「熊の肉体を縦に両断してしまったので、これはヤバいと思い、その後、軽く肉体を刻んで山にばら撒いたんだよ。でも、その作業を朝っぱらにやった所為で危うく遅刻しかけてさぁ」
「…………きもっ」
「悪友!?」
なお、余りの覚醒っぷりに悪友にさえドン引きされてしまったという。
やれやれ、ナイスガイは辛いぜ。
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