第8話 同人誌を作ろう
「んんー、部誌を作りたいのー?」
「はい!」
「別にいいのだけれどー、うちの部活は大抵、年に一度、文化祭で部誌を出すという慣習になって居るんだよー」
「じゃあ、部誌じゃなくて同人誌作りましょう!」
「いつにないやる気……」
俺は六時限目の授業を終えた後、真っ先に部室へと向かい、天音先輩へと頭を下げていた。
早枝先輩や、飛鳥が来る前に、なんとしてでも、副部長である天音先輩からのオッケーを貰いたかったのである。
「同人誌って……エッチな奴ぅー?」
「それも捨てがたいですが、俺が飛鳥に殺されてしまいます!」
「あらあら、そんなこと無いわよ? あの子はなんだかんだ、骨折ぐらいで許してくれると思うわ」
「冗談に対してガチ考察で返された……え? 骨を折って来るの? あいつ?」
「折る時は折るわよー」
「そんな『やる時はやる』みたいなノリで返されても……俺にやっても普通に暴力沙汰になるから自重して欲しい……停学になったらどうするんだ?」
「その時は一緒に、庇いましょう。とりあえず、階段から落ちて来た体でね?」
「偽装工作! ちくしょう、愛が無ければやってられないぜ!」
と、いかんいかん、天音先輩との会話を楽しむのは良いのだが、本筋からずれてきている。命に係わることなのだから、きちんとせねば。
「まー、そんな風に皆様に愛を振りまく俺ですが」
「主成分が下心の愛ね?」
「でーすーがっ! 一か月の間、部活をしていた俺は思ったのです!」
「何をー?」
「文芸部なのに、こう…………部活動をあんまりしないで、いつまでもだらだらしていていいのかな? と」
「あー」
部員の行動に心当たりがあるのか、副部長である天音先輩は気まずい笑みを浮かべる。
そう、我らが文芸部なのだが、その活動の実態はほとんどサボり部なのだ! いや、活動はしているよ? 小説を読んだり、感想を言い合ったり、たまにショートショートなどを書いて互いに批評もしているよ? でもね? 化物関係を抜きにしても、部内の空気が緩み切っているのだ。
何せ、クソ真面目な飛鳥ですらも時々、部活動よりも課題を優先しているぐらいなのだから、大分緩んでいる。
「んんー、基本的にぃー、文章を書くって、個人活動だからねぇ。色々教えるにしても、手取り足取りというのは、難しいのよー」
「普通に、『この通りに書くように』と文章の作法とか、基本となることを学んで、後は自由に! みたいな感じの指導でしたよね? 大体、三十分ぐらいで終わりでした」
「教えられることなんて、そんなにないからねぇ。それともー? 私と、そういう『手取り足取り』したかったのかなー?」
「はい!」
「力強い肯定」
そりゃあ、胸が大きなおっとり系先輩が居たら、そういうことを妄想するのが男子高校生である。仕方ない。生命の定めだ。
「…………ただ、その、ですね?」
「んんー?」
「そういう下心以外にもですね…………まぁ、あれですよ。青春? みたいな……この四人で一緒に一つの物を作るようなことがしたいなぁ、って。そう、思ったんです。実績というか、形になる物が欲しいというか」
「あらあら」
俺の言葉を聞いて、嬉しそうに微笑む天音先輩。
ちなみに、提案自体は敦が考えてくれたし、これは不死攻略のために必要なことでもあるのだけれど…………それを抜きにしても、俺は前からこういうことをやってみたかった。
たった一度切りの高校生活。
のんびり過ごしていれば、きっと、何の成果も、思い出も残すことなく終わってしまう。
なので、下心満載で文芸部に入った俺であるが、恋愛とは別に、本気で文芸部として取り組んで、青春を楽しみたかったのも事実なのだ。
きっと、あの日、あの時、彼女たちに襲われなくとも、いずれ、似たようなことを提案したんだろうな、と思う。
「そうねぇ、剣介君の言う通りかもしれないわ。確かに、文芸部での創作は個人作業だけれども、『皆で一緒の本を作る』というのは、共通の目的意識を持てて、しっかり部活動している気分になれるかもしれない」
「それじゃあ?」
「うん、よろしい。副部長の権限で、皆で一緒に同人誌を書くように呼び掛けてみるわ。ふふふふ、こういうことは久しぶりで、ちょっと楽しみ」
「いやったぁ!」
だから、天音先輩が認めてくれた時は、本当に嬉しかったんだ。
例え、天音先輩たちを殺すために必要なことだったとしても。そのための策略だったとしても。罪悪感が後から来るとしても。
俺は、純粋な喜びでガッツポーズを取った。
その様子を見ていた天音先輩が、くすくすと笑って、俺は我を取り戻して、赤面する。
「可愛いところがあるのね? 剣介君」
「は、はぁ!? むしろ、可愛げしかない男子高校生として、地元では有名ですがぁー!?」
「照れ隠しの時、よくわからない嘘を吐くのが貴方の困った癖ね?」
「何のことやら」
「ふふふふ、じゃあ、素直になれない後輩に、ちょっとしたご褒美です。ほら、こっち、こっちー」
「え? なんですか? その手招き。え? 近づけばいいんですか? もっと? もっと!? 近い近い、えっと…………その、照れ隠しなんてレベルじゃなくて恥ずかしいのですが?」
「いいの、いいの」
天音先輩に手招きされた俺は、恐る恐る近づいて……肩が触れ合ってしまいそうなほど近くまで来たところで、そっと頭を撫でられた。
いつになく上機嫌な天音先輩が、「良い子、良い子」と頭を撫でてくるのである。
なにこれ、恥ずかしい。
尋常ではないレベルで恥ずかしい。え? こんなに? こんなに顔が熱くなるほど恥ずかしい物なの? 頭なでなでって? おかしいな。漫画やアニメでは『ちょっ、止めてくださいよ、恥ずかしい』とそっけない態度をする姿をよく読んでいたのだけれど、そんな態度を取れる余裕がないぐらい恥ずかしい。
「あらあら? 顔が真っ赤ですねー、剣介君?」
「この状況で毅然としている奴が居たら、それはそれで嫌でしょう?」
「そうねぇ。うん、私は剣介君ぐらい、初心な反応をしてくれた方が楽しいわぁ」
「人の良さそうな顔をして、結構良い性格していますよね?」
「そうよー、実は、とっても悪い奴なのかもしれないわよー?」
「人の頭を撫でながら、自称悪い奴宣言はアホ過ぎません?」
「んもう、先輩に対して失礼なー」
天音先輩が満足するまで、俺はからかわれ続け、なんとか、他の部員二人が来るまでには解放されることが出来た。
なんというか、正直、意外だった。
天音先輩はいつも、俺たち部員の悪ふざけを遠くから、穏やかに見守っているという印象があったから。こんな茶目っ気が隠されているとは、思いもしなかったのだ。
「んー、久しぶりに面白い反応をする子をからかえて満足」
「悪い人ですね?」
「言ったでしょ? 悪い人なのよー? でもねー? 悪い人が、悪いことばっかりするとは限らないでしょー? そういうこと、大人になっても忘れないようにね?」
「ええ! 胸の大きな先輩にからかって貰うのは最高だったと、覚えておきましょう!」
「おっとぉ? 距離を取ったら随分と元気になったねー?」
「ぐふっ!」
にまにまと、嗜虐的に笑う天音先輩の姿は、色っぽくて可愛い。
駄目だ、色んな意味で勝てねぇ!
俺は敗北宣言の代わりに、しばしの間、茶目っ気たっぷりの天音先輩にからかわれていたのだが。
「あーあ、こんな日がいつまでも続けばいいのにねぇ?」
ふと、どこか寂しそうに目を細めて、窓の外へ視線を向ける天音先輩の姿に、胸の奥が、じくじくと痛む感触を覚えた。
知らない姿ばっかりだ。
俺はきっと、天音先輩も含めて、彼女たちのことをまるで何も知らないのだろう。
●●●
昨夜のことである。
いきなり妄言を吐いた悪友に俺は驚き、とりあえず、頭のどこら辺を叩けば治るのかな? と拳を構えていた時のことだった。
「おい、止めろ! 今のお前の力だと、洒落にならねぇんだよ!」
「洒落にならないのはこっちもなんだよ! 迂闊に好感度を上げて、うっかり死亡確定ルートに入ったらどうする!? 前回は飛鳥っていう女の子に二人きりの呼び出しを受けて、そこからバッドエンド直行だったんだぞ!? 俺じゃなければ、死んでたぞ!?」
「だからこそ、って意味合いもあるんだけどな?」
「んんんん?」
首を傾げる俺に、敦はため息交じりに説明を始めた。
「はぁ、いいか? よく考えてみろ、馬鹿。まず、お前はなんだ?」
「ちょっとお調子者だけれど、いざって時は決めるナイスガイ」
「そうだな、色気に弱い馬鹿野郎だな」
「男子高校生は誰だって色気に弱いんだよ!」
「そんな色気に弱い男子高校生に朗報です。お前は、恐らくそいつらにとって、とてつもなく貴重な『御馳走』だ。多分、今回を逃せば食べる機会なんて滅多に回ってこないぐらいには」
「あー、そういえば、そうだった」
「お前が説明したことだぞ? もっと意識しろ。良いか? 現状、お前が飛鳥という奴にアタックをかけていて、『明らかに一番に好意を向けられている』と分かっているからこそ、順番を譲られているに過ぎない。本当だったら、他の二人もお前を食べたいはずだ。何せ、他の同類と争ってまで、お前を食おうとしたんだ。なら、お前の価値は少なくとも、『隙あらば抜け駆けでもして食べておきたい御馳走』という扱いになる」
つまり? と俺が言葉を促すと、敦は意地悪く笑って言葉を続けた。
「お前が他の二人とも仲良くなれば、三人の間で牽制し合う状況を作れる。互いにマウントを取り合って、お前から一番好意を寄せられると口論し、互いに抜け駆けをしないように警戒し合う状況になる。一種の冷戦状態にな」
「部内がとてもギスギスしそう」
「大丈夫、お前の分からないところで暗闘してくれるさ。女子は得意だからな、そういうの。 もっとも、何百年も生きた化物にもそれが適用されるかは知らんが」
「…………でも、飛鳥に対して一生懸命にモーションをかけていた俺が、いきなり他の二人にも言い寄ったりしたらその、不自然に思われない? 後、普通に屑男だと思われるのは嫌なのですが?」
「後者は我慢しろ。んでもって、前者に関しては案がある」
こうして、敦から部誌製作というか、同人誌製作の提案を受けたのである。
部内全体で、共同作業をするのであれば、自然と普段よりも距離が近くなっても不自然ではない。さらに、後輩である俺は、先輩二人に対して色々なことを聞きやすい立場に居る。これにより、普段の部活動よりも圧倒的に交流を増やすという作戦だったのだ。
「あちらさんも、獲物であるお前の好感度を上げる機会があったら、是非とも利用したいと考えているだろうからな。断られることは無いはずだ」
「おお! 流石、悪友! 頭が良いな!」
「お前の頭が悪いだけだ。部誌を作るための共同作業、そのもう一つの目的に気づいていないようだしな」
「もう一つの目的?」
「ま、こっちは達成できればラッキー程度の、努力目標だが…………いいか? 剣介。人間であれ、化物であれ、創作をするのであれば、その内面は創作物に反映される。例え、自分の感性を切り離して、機械的に物語を書く人間だろうとも、『そういう風に物語を書こうとする人間である』という情報が得られるわけだ」
文芸部の美少女たちと交流を深めると共に、より多くの情報を彼女たちから引き出す。
敦が立てた作戦とはまさに、一石二鳥の物だった。
……もっとも、石を投げる相手は鳥どころか、鬼みたいな相手だけれども。
「良いか? 完全無欠の存在なんて居やしない。生きている限り、何かしらの弱点や、不得意な分野ってのが存在している。それを探れ」
「弱点が存在しないパーフェクト化物だったら?」
「その場合だと、どう足掻いてもお前は死ぬしかないぞ。考えるだけ無駄だ」
「うへぇ」
「それに、完璧なんてあり得ない。少なくとも、部長とやらが言っていただろう? 謎のクソつよ法師によってボコボコにされたって。そいつだけが例外かもしれないが、前例があるんだ。なら、いくらでも方法があるだろうよ……それに」
敦は鋭い。
そして、容赦がない。
例え、相手が化物だったとしても、きっと、いいや、必ず対策を見つけてくれるだろう。
「お前の場合は、殺すなら、きちんと相手を知ってから殺した方が良い。相手の事情をしっかり知って、その上で、覚悟を持って殺さなければ、いざという時に迷うだろ?」
ただ、その鋭さは遠慮なくこちらも刺してくる物だ。目を背けて、誤魔化すことは出来ない。敦の力を借りるのであれば、きちんと自覚しなければいけないのだ。
己の中の、弱さと。
「精々、苦しんで、苦しんで、悩んだ末に殺せよ、剣介」
「お前は、本当に性格が悪いなぁ、敦」
幽鬼の如き笑みを浮かべて言う、敦。
これで、割と真剣に心配しているというのだから、度し難いひねくれ者だと思う。
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