第7話 悪友
高校生が自由に出来る時間なんて物は限られている。
朝から夕方までは、学校。夜は外に出て歩けば補導の危機。というか、このクソ田舎の町では、夜に営業している娯楽施設なんて存在しないので、大抵の学生は大人しく自宅に居るしかないのだ。
稀に、不良を気取ったごく一部の学生が、比較的都会を目指して電車で遠征。
夜遊びを観光……からの地元よりも離れた場所で補導を受けて、現地の警察、地元の警察と二重に怒られるという羽目になったりするのだが、それはさておき。
高校生が多少なりとも自由に外を動けるとしたら、それは休日。平日だとしたら、早朝に限られるだろう。
ただ、時間の少なさに関して、現状でもかなり切迫している俺が、休日のみ訓練したところでたかが知れている。加えて、休日こそ彼女たちの情報を探るために色々と動きたいところなので、自然と平日の早朝に訓練を行うという発想になった。
もちろん、家の庭だったり、ご近所で真剣を振り回したら『模造刀! 模造刀!』と証言しても、普通に怪しまれてしまう。そこから、巡り巡って文芸部の彼女たちに情報が渡るのは避けたい。
「ということで、山ですよ」
そのため、俺は早朝五時に裏山に登るというナチュラルハードコースを選んだ。
幸いなことに、裏山は我が家の敷地からそう遠く離れておらず、また、裏山自体も我が家の土地なので、ちょうどいい訓練場所を探すことに関しては何も問題ない。家族に疑われないための代償として、軽く山菜を調達してこなければならないが、この手のお使いミッションは子供の頃から慣れ切っているので、手間というほどでも無いのだ。軍手を嵌めて、適当に安牌の山菜を籠一杯に摘めばそれでオッケー。
「さて、現れろ」
山の木々が拓けた場所で、俺は訓練を開始する。
周囲には、動物の気配はうじゃうじゃあるが、人の気配はない。よしんば、人の気配があったとしても、大抵が山菜泥棒なので、そのまま切りかかっても問題ないまであるぜ。
「――しっ! ふっ! …………んんんー」
退魔刀を鞘から引き抜き、何度か振るってみる。
刀身は鈍く銀色に煌めき、朝日を弾き返して綺麗だ。だが、重い。想像の三倍ぐらいは重い。正直、漫画やアニメの真似をして振ってみたが、どうにも上手く行かない。なんというか、体が流れている感じがする。刀に振り回されているというか……下手に力を入れると、体の筋を痛めたり、変なところに刀がすっぽ抜けそうで怖い。
「だけど、今更、剣道を習ってどうにかなる相手でもない。そもそも、人間の武術が通用する相手なのか? や、でも、昔話だとよく、妖刀や守り刀の類が活躍…………していたけど、最初に思い浮かんだのは、主が寝込んでいる時に、ぶっ飛んで妖怪に突き刺さった奴だわ」
参考にならねぇ。
誰か一人ぐらい、退魔ハウトゥー本出版していてくれねぇかな? 長い人類史の中に、一人ぐらい居てもおかしくないと思うのだけど。
「仕方ない。地道に慣らしていくしかないか」
結局、近道など無いことを悟った俺は、とりあえず素振りから始めることにした。
正しい素振りの方法なんてわからない。
なので、一振りごとに必死で頭を捻って、最善を探っていく。心と体が最も違和感なく動けるやり方を探して、何度も、何度も、呼吸と共に刀を振るう。
「ふむ?」
その内、俺の素振りは思わぬ方向に成果を上げた。
呼吸を整えて、素振り。それを繰り返しているうちに、何故か、両手にじんわりと温かい感触が集中してきたのだ。
何だろう? 妙に結構でも良くなったのか? と首を傾げるが、ここでふと部長の言葉を思い出す。
魔力。
そう、魔力だ。
部長曰く、俺には十万人に一人というぐらいの規格外な魔力があるらしい。今まで意識してなかったから使えなかったらしいが、こうやって自覚した今ならば、あるいは?
「…………せいっ!」
俺は魔力という、ロマン溢れる力に期待を寄せて、とりあえず、近場の木を殴ってみることに。木の幹に向けて、温かな感触をそのままぶつけるみたいに、一応、本気でやると拳を痛める可能性を考慮して、殴りつける。
――――みしっ。
なんか、木の幹に俺の拳の形がくっきりとめり込んだ。
やべぇ。
「こ、これが俺の秘められた力…………普通に危ないなぁ、おい!」
これはひょっとして、扱い方を間違えたら、人体が『ごきゃっ』と砕けてしまう類のあれなのでは?
「練習……しないとなぁ……」
こうして、魔力の利用価値を確認した俺であるが、同時に、魔力操作の会得という新たな課題も生まれてしまったのだった。
●●●
俺には悪友が居る。
どれぐらいの付き合いかと言えば、小学四年生ぐらいから。
そいつは、都会からの転校生で。明らかにこちらに対して興味がないという風に、何もかもつまらなそうに見下している嫌な奴だった。
何故、そいつと俺が曲がりなりにも友達として付き合うことになったのか?
簡単に言ってしまえば、波長が合ったのだ。奴は人を見下して、嘲ることを全然止めない屑みたいな性格の持ち主だが、外道ではない。それに、俺の足りない知性を補ってくれる優秀な能力の持ち主なので、隣に居てくれればとても助かったのだ。
また、奴からすれば、俺はいくら罵倒や嘲っても全然へこたれないメンタルの持ち主なので、ちょうどいいストレス発散相手として付き合っている内に、いつの間にか情が湧いたのだろう。
…………まー、ちょっと小学生の頃から年一単位で共に騒動に巻き込まれて、それを解決していたので、否が応でも信頼が高まるというか、互いに信頼しなければ危うい場面が何度もあったというか。
ともかく、この手の常識外の出来事について、悪友は頼りになる奴なのだ。
「そういう訳で、美少女と恋愛フラグを立てているつもりが、死亡フラグだったわけ」
「ついにエロゲーのやり過ぎで頭がいかれたか?」
「だったら、もうちょっと良い妄想にするわ」
「確かに」
それがこの、安川 敦(やすかわ あつし)という男だった。
「となると、いよいよお前も年貢の納め時か。残念だよ、悪友。お前の葬式には、きちんと隠してあるエロゲーを全部棺に入れてやるから、あの世で楽しめよ?」
「あの世にPCあるかなぁ?」
「案外、光ファイバーすら通っているかもしれねぇけど…………ま、冗談はここまでにしておいて。お前のことだから、一発で異常を証明する方法ぐらいあるんだろう?」
二十万円以上すると、かつて俺に自慢した機能性PC椅子に背中を預けて、敦は俺に尋ねてくる。ぼさぼさの髪。ぎょろりと動く大きな瞳。痩せ気味の体。機能性さえあればいいと、まったく他者の目を気にしない、上下灰色のフリース。
これだけの説明であれば、敦は生活力皆無のギークに見えるかもしれないが、実際のところはその真逆だ。
敦が根城としているこのマンションの一室は、異様に物が整頓され、塵一つさえ床に落ちていない。加えて、大型冷蔵庫には適量の食材が常に補充され、広々としたシステムキッチンには、大量の香辛料が綺麗にラベルで分けられているのだ。
ぞんざいに見えて、妙に繊細なのが敦という男である。
よって、これを披露する時も、細心の注意を払ってやって見せた。
「はい、離れて、離れて、離れて……ヨシ! 現れろ」
「うぉっ!? マジか!? 刀!? 完全犯罪が可能になったじゃん!」
「第一声がそれなの?」
「くそっ、日本刀召喚とか、格好いい真似しやがって……だったら、僕はいつか合法的に拳銃を持てる立場になるさ。警察官以外で」
「警察官以外で合法的に拳銃を所持している奴なんて居たらこえーよ」
猟師ですら猟銃だろう? しかも、狩猟免許を取る時に、近所の評判とか聞かれるんだぜ? 俺はともかく、敦の場合は絶対に免許を取れそうにない。
「だがまぁ、これでお前が洗脳攻撃を受けて残念な脳みそになっているというわけでもなさそうだ。それで、美少女揃いの文芸部に入部した癖に、気付いたら不死の化物を殺さないと死ぬ定めになってしまった柊剣介君、今のご感想は?」
「とても辛い」
「超受ける」
「言葉には気を付けろよ? 今の俺には完全犯罪可能な武器があるんだからな?」
「いや、この場で僕を斬り殺したら返り血が付いて、凶器が見つからなくとも、お前がアウトになるわ」
「その時は、涙ながらにお前の遺体を抱えて通報するよ」
「最低の返り血の誤魔化し方だ…………っと、いけねぇ。お前と僕が揃うと、いつまでも減らず口を叩けるから困る」
「本当にな。全然、話が進んでないぜ」
とりあえず、俺は退魔刀を消して、改めて詳しい事情を話すことに。
不死の化物が三体。
それらの封印を司る部長という怪人。
タイムリミットは一か月。
ただし、不死のギミックはまだ全然解明できていない。
「なるほどねぇ。お前が持っていた刀は、物騒な気配を漂わせて於いて、ただの時間稼ぎ用ってわけか」
「おうとも。しかも、時間稼ぎになるかどうかは、一か月みっちり特訓しても分からないという、ね? おまけに、魔力操作の訓練もしないと……」
「魔力ってどんなん?」
「こんなん(林檎を素手で砕く)」
「やべぇじゃん。操作に慣れるまで、僕に触れるなよ?」
「流石に悪友がぐしゃっとなるのは見たくないから、気を付けるさ」
俺が現状までの説明を終えると、敦は「ふんふん」と何度か頷く。
「不死の化物……条件……部長……法師……現代社会……魔力……」
とんとんとん、とリズミカルに指でテーブルを叩き、敦は思考を加速させる。こういう時、余計な言葉を発してはならない。静かに、神託を待つ神官の如く、静かに待つのだ。
「まず、剣介」
「おう」
「結構高い可能性で、この世界には『魔力を持つ人間を管理する組織』が存在する。そうでなければ、いくら自覚しなければ覚醒しないからといって、表社会で魔力の存在が認知されていてもおかしくないはずだ。でも、僕たちの世界では、魔力なんてエネルギーが、本当に存在すると知っている奴は限られている。これは、その組織が魔力の存在を隠匿していると考えていいだろう」
敦は何でもないように、さらりと推論を展開する。
この世界に、異能バトルモノに出てきそうな組織は、存在すると。
「組織の善悪、モラルまでは分からん。だが、そういう物は存在するとして動いた方が良い。あまり魔力を使った行動を派手に行うと……例えば、さっきの例みたいに『自由に消したり出したり出来る凶器での犯罪』だとその組織が敵対するかもしれん。いつも以上に慎ましい生活を送っとけ」
「うい。でもまぁ、そういう組織がありそうってことは、なんとか接触することが出来れば、ひょっとして、協力しながら攻略も――」
「それは難しいな」
「えっ?」
とととん、とリズミカルに机を指で叩くと、さらに説明が付け加えられた。
「部長とやらの言動からして、三体の化物ってのは、相当強力な存在だってことが推測される。仮に、組織にそれら三体を討伐可能な戦力があったとして、実際に行動に移せば、被害はゼロに抑えられない。当然、一般人の被害は出るだろうし、組織の人材も失われるだろう。だが、封じられている化物たちは幸いなことに、三十年にたった一人の人間しか消費しない。つまり、下手に突っついて被害を受けるよりも、見逃した方が圧倒的に効率的な平和を得られる。なら、手を出すはずがない」
「うげぇ」
「ま、あくまで推測だ。もしかしたら、『魔を根絶すべし!』って組織かもしれんし。そういう組織を探すのはありだが、それよりも先にやることがある」
「やること?」
「ああ」
敦は両手を胸の前で組み、にやり、と不敵な笑みを浮かべる。
「不死の化物――文芸部の美少女たちと、もっと仲良くなるんだよ」
「……はい?」
疑問の声を上げる俺と、『楽しくなってきた』とばかりに笑みを深める敦。
さてはて、この悪友は一体、何を考えているのやら?
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